4月8日(月) 委員決め
休日も明け、新学年になってから二日目。
まだ部活の朝練も休みの時期で、俺の隣には眠そうに目元を擦るかなたの姿がある。
そのため、小学校の集団登校よろしく、こうして手を引っ張って連れているのだ。
その様子は電車に乗っても変わらず、そして運の悪いことに座席に空きはなかった。
「うーむ、眠い……」
つり革に指先をかけて自分の腕を枕代わりにするかなた。
しかし、電車の揺れのせいか満足な体勢をとることができないようで、元々不機嫌そうだった眉はさらにひそめられる。
「うあー……」
「……おい、読書の邪魔だ」
重みを感じ手元から顔を上げてみれば、抱きつくようにして身体を預けられた。
本を持つ腕ごとガッチリとホールドされているため、かなり鬱陶しい。本人は居心地の良さそうにしているが、そんなの関係ない。
身内だろうと自分以外に厳しい俺は、腕力に物を言わせて無理やりに引き剥がすと、クルンとかなたと立ち位置を入れ替えて壁際に寄せてやり、肩を貸してあげる。
そうして彼女の安置が生まれたことで、ようやくささやかな平穏が訪れた。
走行音とペラペラとページを繰る音だけがしばらくの間、場に満ちる。
「……今思ったんだけどさ、何で金曜に始業式をしたんだろうな」
「んあ? ……知らんわ、そんなの」
気の抜けた返事。
ドアのガラス部から差し込む日光に目を細めるその姿は、まるで日向ぼっこをする猫だな。
「いや、だってさ……どうせその後に二日間の休みが入るわけだし、だったらキリよく月曜から始業式をした方が気持ちがいいだろ」
「…………そだなー」
返ってくるのは生返事だが、こちらも半分独り言のつもりで話している。
ボーッとしているのもいつものことだし、今更気にしたりはしない。
「それに、宿題の提出期間が延びるしな。三日あれば一教科分くらいの量は終わらせられる」
「…………確かに」
「だからさ、学校は結構面倒――というか、謎の日程を組んだよな」
そう結論づけ、パタンと本を閉じ鞄へと仕舞う。
アナウンス、そして電光掲示板を流れる表記は学校の最寄り駅を示していた。
♦ ♦ ♦
「――ってな話を電車の中でしたんだけど、翔真はどう思う?」
朝の
そのタイミングを利用して、今朝の会話を後ろに座る親友にも話していた。
なお、ローテンションだった俺の幼馴染みは現在、その前に座っている菊池さんと仲良くおしゃべりしております。
「まぁ、真面目な回答をするなら土曜日に入学式があったからだろうな。じゃないと、仮に始業式を行うことになっていた月曜日に新入生のすることが何もない」
「んなもん、休みにすればよくね? 休日に入学式をしてんだから振替くらいするだろ」
「いや、それだと入学式に参加してる生徒会の人たちが可哀想だろ……。それに、入学した一発目から振替休日とか一年生もやるせないわ」
……なるほど、理にかなった答えだ。
「確かにな。さすがは、学年一」
「いや、それ関係ないから……」
雑な返しに苦笑で流す翔真。
ともすればチャイムは鳴り、同時にガラガラと引き戸式の扉は開かれる。
「は~い。先程お伝えした通り、今から委員決めを行いますね」
教壇に立ったのは我らが担任。
ウェーブをかけた茶髪セミロングと目元の泣きぼくろが特徴的なほんわかとした女性だ。
英語を担当しており、留学経験があってか発音はネイティブ。
その雰囲気通りに怒っても然程怖くはないそうだが、その分だけしっかりと評価を下げていくらしい。
……なにそれ、余計に怖い。
「というわけで、去年も同じことをしましたし説明はしなくても良いですよね? 黒板に役職は書いていくので、自薦・他薦好きなようにして皆さんで決めてください」
ニコニコ笑顔で手を合わせそんなことを言うと、慣れた手つきで書き綴っていく。
まず始めに書かれたのは『学級委員』。
言わずもがな、クラスをまとめる役割だな。
続いては『美化委員』。
これは……なんか色々。説明が面倒。教室のゴミ箱の中身を捨てる役目とかもある。
次が『図書委員』。
各クラスが持ち回りで本の貸し出しの受付を担当する。
四つ目は『保健委員』。
具合の悪くなったクラスメイトを保健室に連れていく。それだけ。
あとは『文化祭実行委員』。
その名の通り。パリピか陽キャがよく立候補する花形。
最後は『選挙管理委員』。
活躍のピークは十月末の生徒会選挙。なったことがないから噂でしかないけど、ただ投票用紙を数えるだけらしい。
以上、六つの役職。
それが男女一名ずつ必要なため、犠牲者は十二人だ。
一方でウチのクラスは男女比八対七の計三十名。
およそ六十三パーセントの確率で一般市民としてやっていけるな。
……ふぅ、特進クラスで良かった。おかげで計算が速い。
律義にも各役職の横に男女それぞれの名前を書く欄まで設けた担任は、チョークを置くとニコニコと笑みを浮かべてただひたすらに待つ。
異様で異常なまでの静けさ。
その居心地の悪さとプレッシャーに耐え切れず、生徒は自主的に男女分かれたグループを作り、話し合った。
そうして問題になるのは、やはり『学級委員』の存在だろう。
コミュ力の高い奴らが率先して話題に上げ、内輪ノリよろしく軽い気持ちで他薦を始める。
となれば、標的になる人物はただ一人。
我らが学園の貴公子――畔上翔真だった。
曰くこうだ。
翔真、頭良いし向いてるって! それな、安心して任せられるわ! 一番リーダーシップあるしな! 頼む、お前しかいないんだ!
何と他人任せで、醜い光景だろう。
褒めて断りづらい空気を作り、同調圧力で押し通す。
そんな親友が食い物にされる様子を眺め、俺はもちろん――何もしなかった。
……いや、だってたかが委員決めだし。
そりゃ、これがカツアゲだったりイジメだったら文句の一つでも言ってやるけどさ。そういうのじゃないじゃん。
あと、変に口出して飛び火が来ても嫌だ。
こういう場合は慌てず騒がず、空気に徹するべきなのを俺は知っている。
なんか、親友に睨まれているような気がするけども、そちらは知らない。
自己保身、大事。
そのまま場は流されて翔真は学級委員の座を手に入れ、なんのフォローか「詫びに俺らも他の委員になるぜ!」とばかりに、他のメンバーも自薦で決まっていく。
汚い。頭が回る奴らばかりなだけに、手口が汚い。
陰湿。さすがは特進だ。
そうして早々に仕事を終えた男子組は各々の席へと戻っていく。
「おい、何で止めてくれなかった?」
案の定、後ろからは文句が。
「それをすることで、俺が学級委員をさせられるが嫌だったから。有名税みたいなもんだろ、諦めなって」
素直に答えると、不貞腐れたように頬杖をつき顔を逸らす。
「そんなの知らねーよ。一生懸命に物事に取り組んで、結果残して……それの何が悪いんだ」
雰囲気的には軽い冗談のような悪態のつき方だが、それは彼が持っている紛れもない本心なんだろう。
一年も過ごしたんだ。何となく、それくらいのことは分かる。
「……んじゃ、俺も有名税を払ってやるよ」
そんなことを言うと、キョトンとした顔を向けられた。
「飲み物で良いか? 好きなのを言い給えよ」
「……じゃ、今度スタバの一番高いやつな」
…………昼休みに自販機で、のつもりだったんだけどなぁ。
追伸。
女子の学級委員決めはすごい時間がかかった。
その理由はとある一名の生徒を除いた、女子全員によるじゃんけん大会が開かれたから。
……翔真の人気、恐るべし。
ちなみに、女子委員長は菊池詩音さんに決まりました。
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