天使の機械音

どりゅう

プロローグ「廃棄場」

第1話

 ここが、違うのはわかった。


 目を覚ます。自分は倒れている。頭が重たく、くらくらとする感覚。体勢が真っ逆さまになっているのがわかった。

 視界には、赤い水玉。

 おかしい。空は青かったはず。


 「いてて……」


 軋む体を無理やり起こした。手にひんやりとした感触が伝わった。金属の塊や破片がたくさん落ちている。体を動かすたびにバラバラと谷底に落ちていった。

 よっぽどの時間、同じ姿勢で倒れていたのか、関節を動かすとガチガチとなる。これじゃあまるで──


 「ロボット……」


 顔をあげると目の前に、無機質なロボットが赤い傘をさしている。傘の赤に照らされて、赤紫をしたロボットだった。


 「傘は……雨の時に使うんだよ」


 声をかけると、彼女は──ツインテールをした少女の姿に見えたから──傘と、曇り空を交互に見て首を傾げた。そして、もう一度傘を見ると、そのまま放り投げた。

 傘はふわりと瓦礫の中に落ちていった。

 ここは機械の廃棄場の跡地だろうか。今、廃材の山の中間地点にいるようだ。


 ぼんやり考えているとロボットはおもむろにこちらに顔を向けた。


 「アナタ、ダレ?」


 ロボットの瞬きをしない赤いレンズに捕らえられそうになる。単調な音に耳をすますとジジジ……と機械音が聞こえる。


 「わたしは……」


 さて、なんて名乗ろう。地下都市では40番だ。職員からはシオってあだ名をつけられた。どっちも気に入ってない。


 ──それなら、つけてあげようか? 名前。

 ツバメの声が耳の奥で響く。

 ──僕も39だからサクって呼ばれてるけど、気に食わないんだ。だって、職員は名前を持ってるのに僕らは番号だなんて。


 「わたしはね、トキコっていうの。昔、絶滅した鳥からつけたの」


 ロボットはトキコを食い入るように見ている。ロボットなら、一瞬で見て解析するんじゃないのだろうか。

 しばらくの沈黙が流れた。微かに機械音だけがじわじわと響く。

少し緊張し、体が強張っていくのを感じた。


 「情報……足リナイ」


 何の脈絡もなくロボットは呟いた後、トキコから少しだけ離れて、瓦礫の間を跳ねるように登り始める。

 地下都市の小さな子もこんな感じに歩く。

 トキコも少しよろめきながら転ばないように廃材の上を歩いた。

 ロボットはトキコの数メートル先で静かに待っていた。


 「トキコ……ココカラ、キタ。オチテ、キタ」


 ロボットが指したのは、廃材の中から突き出ているカプセル型の箱だった。人間が一人くらいなら入れそうな箱だ。


 「なにかな……これ」


 「転送。危険……」


 トキコはゆっくりと廃材の上を更に登る。

箱に触れると、それは無機質にひんやりとしていた。嫌な感じだ。


 「転送って……転送装置? たしかあれは、転送されたものがバラバラになったりするから使用は禁止されているはず……」


 「人体……粒子、変換……危険……ダカラ、禁止……」


 細かい原理は知らないけど何年も前に、禁止されたことは知っている。


 「三十回やって、二回しか成功しない。それ以外は粒子になって消えてしまう……」


 誰かが教えてくれた。だから危険。物ならともかく、人体や生物で行うなんて倫理に反する。


 「でも、わたしたちに倫理なんてないから」


 トキコは記憶の中に浮かび上がる言葉を適当に呟いた。最近、そんな話をした気がする。


 「だめ。わたし、混乱してるみたい。少し、頭の整理がしたい……。キミ、ちょっとだけ話を聞いてくれる?」


 「了解シタ」


 トキコが座るのにちょうど良さそうな平たい鉄の板を見つけて座ると、ロボットもキョロキョロし始める。結局、彼女はゴツゴツした廃材の上に直に座った。


 「そうだ。キミ、名前はないの?」


 「……Cタイプ、I-400型」


 「んー……アイにしようか。可愛いし」


 「アイ……」


 アイは、何度か自分の名前を呟いてから黙る。

 トキコはアイが静かになった時点でゆっくりと話し始めた。

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