第36話 護衛中

 

「しかし騎士というのは大変なものだなあ。私はお遊びで来ているのに護衛をするのか」


「……仕事ですから。貴方様が護衛を連れていれば話は別でしたが」


 ダークブラウンのジャケットの前を整え直しながら龍騎は一歩前を歩く男の背を見た。シワひとつ無く整えられた黒いスーツ。首元からわずかに覗く白いシャツに皮脂の汚れなど見られるはずもない。


 髪は全てを後ろへ流し、固めている。


 異常なまでに堅苦しい外見の男はそれでも親しげに笑みを浮かべ、後ろを歩く龍騎を見やった。不機嫌というよりは無愛想か。見える位置に武器を持たず不安なのかとも思うがそれだけでは無いように思える。


 彼の心情を考えると面白い。


「しかし何故私の居場所がバレたのか。聞きたいねえ」


 黒の瞳を前へと戻す。


 繁盛する大通りから品物を売る声が聞こえてくる。騒がしい中、彼の小さな声は不思議とよく耳に通る。


「学校は重要施設です。そんな場所をうろつかれても困ります。どうせならひと目につかないとこを歩いてください。俺の仕事も減ります」


「人目につかない場所はつまらないからなあ」


「……ホントに、豆爺様によく似た方だ」


 よく知った名に振り返ると彼は笑みを浮かべていて、良い性格をしていると心底思う。嫌っていると知っているはずなのにその名を出して笑う。人の嫌いなことを口にしてようやく笑みを浮かべる。いい性格にもほどがある。


 けれど。


 視線を前に戻すと自分たちの品物を勧める店員の笑顔が目に入る。


 いい性格をして無ければここまでにならなかっただろう。自分がこうしてこの国を訪れることも、通りがここまで賑やかになることも。


 勧められるまま串焼きを買って一本を後ろの無愛想に渡す。


「美味いんだろう? 自国の物は食べ飽きてるか?」


「……いただきます」


「誤解されていそうだから言っておくが、私は今回何の目的も持たずに来ている。まあ、信用はされないだろうなあ」


 再び歩き始めた黒の背広を一歩空けて追う。


「信用されるほどにしてください。俺らが貴方に願うのはそれだけです」


 後ろからの言葉に思わず足を止めそうになる。


 動揺を悟られまいと平静を装い歩いても後ろからかすかに笑い声が聞こえてきて動揺を隠しきれていないことがわかり、舌打ちが漏れる。


 舌打ちが聞こえているはずだろうが龍騎の笑い声が止まない。


 アレと似ていると感じてしまうあたり自分も毒されているのか。堅い格好の男は視線を前方へ戻した。足を進める。後から聞こえてくる足音が軽やかに聞こえる。


「あれから、俺達も変えましたし変わりました。王を立て、他国からの防衛と、国内防衛の勢力を完全に分けた。貴方達も知るようにこの国は変わったんです」


 お前たちも変われ、と暗に言われている気がしてため息が出てしまう。


 黒い布地が悲鳴を上げるのにも構わず両手を空に向かって目一杯押し上げる。


「あーあ! お前のせいで遊ぶ気も失せた。明日にでも帰らせてもらう」


 不機嫌どころか気分が良い。彼にもそれは伝わっていることだろう。


 振り返ると龍騎が笑っている。本当に性格がいい。相性が良いのか。いや、もともとこの国も、騎士たちも嫌いじゃない。嫌いといえば。


「警兵どもは何をしてる」


 龍騎よりも憎らしい性格をしている奴らの方が嫌いだ。外交に一切かかわらない立場のくせに何故か話す機会が多い。本当に嫌いな奴らだ。


 目の前の龍騎のように嫌味を言ってきたりと人らしい一面を見せることもしない。淡々と事実だけを言っては仕事を進める。


 効率の良さを重視して動く彼らは好きになれない。嫌悪感を隠さずに話しかけると龍騎は目を伏せるように目を細め、あからさまに視線を逸らした。今になって目を合わせられないような間柄では無い。


 背後を確認しようとしているようにも見える。だとしたら背後に居る何かを確認している。


 今話していたのは警兵たちの話。


「真面目なお前が報告を怠りはしないか」


「……、俺自身が思うことと彼らの思惑は違いますから」


「ああいや、別に責めているわけじゃないさ。国はそうあるべきだ。お前のことは嫌いじゃないが、警兵は嫌いだ。国内事情は逆のようだがなあ」


 嫌味ではなく単なる感嘆。けれど嫌味ではないからこそ彼の心には強く響いてしまう。


「致し方ないことです」


「ぷっ、はは。くそまじめだなあ、相変わらず。お前だけのせいでは無かったろうに」


 くすくすと笑われ龍騎はそらしていた視線を戻して笑い続ける男を睨んだ。


「国境までお送りしましょうか?」


 幾分か低い声。流石に怒らせたか、男は片手を振った。気に障ったなら謝ろう。


 男の言葉に龍騎は表情を緩める。怒ってなど居ない。そもそも、分もわきまえずに怒れるような度胸はない。誰かと勘違いをしているのではないか?


 龍騎の言葉に男は笑い、歩みを止めた。


「そういえばお前にも子供が居たな」


 唐突な質問に首を傾げながら頷く。


「子は手間がかかるが可愛いものだろう?」


 ゆるく振られた男の左手には銀色のリング。


「仕事がなければずっと見ていてやりたいくらいなんだがなあ。俺の子は逞しくなってしまった。親としては悲しいくらいさ。なあ、お前の子供は逞しいか?」


 問いかけられ龍騎は口をつぐんだ。


 思い浮かべられる子供はよく働く。けれど、逞しいかと聞かれれば。特にそんなことはない。


「ちゃんと見ていてやることだ。時間がなくても、たとえこの国が平和だとしても、な。後ろの監視が居ることだしもうお前はどこかにいけ。いくら俺でも夜までお前のような男と二人で歩くつもりはない」


 子供にでも会ってこい。そう言って男は龍騎の肩を強く叩いた。


 何の意図があって雑談し、何の意図があって子供の話をしたのか。龍騎はその意図を図りきることが出来ないが、目の前の男はひらひらと片手を降り続ける。


 何を聞いてもきっと答えが返ってくることは無いだろう。そういう男だ。初めて会った時からあの男は。


 余計なことを考えた。


 一度軽く頭を振り、龍騎は深く頭を下げた。


 

 大通りに一人残る形となった男は人混みの中に龍騎の背中が消えるのを見届けてから建物の密集する影、路地裏へと入った。


 黒い制服を身につける誰かが何食わぬ顔で男の後に続き路地裏へと足を進める。大通りの騒がしさとは打って変わって静かで薄暗い通路には誰の姿も無く、制服の彼女は思わず舌を打った。


「忍びで来るとコレだから面白いな」


 彼女すらも視界から消えてから、男は建物の影で笑った。

 

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