第12話 秘祭4

 いつもの巫女服に着替え、足袋を履き、草履に足を通す。いつもより静かな雰囲気の中、いつものようにフードの男の人達に囲まれ祭壇への道を一歩踏み出す。


 イケニエの祭壇へ、一歩一歩足を進める。


 高台となっているその場所は四角く区切られていて、四隅には聖なる炎と呼ばれる青い炎が松明を燃やしている。


 暗い夜の中。青い光が祭壇を照らし、少女の姿を暴き出す。


 祭壇の上で膝を付き、白衣の袖が広がるように大きく腕を振ってから両手を揃えて床につける。


 懇願するような少女の姿が炎に照らされる。


 炎に照らされた少女を見定め、何かが森を分け、這いずり寄ってくる。


 祭壇の前に広がる黒い木々が闇よりも黒い何かによってかき分けられる。作り出された道を這って出てくるのは太く長い蛇。体は黒く鱗は滑(ぬめ)りを帯びている。細められた目は鮮やかな赤色、まるで獲物を見つけたかのように小さく開いた口の中も鮮やかな赤色。


 少女は顔を上げる。


 黒い蛇の大きな顔が近くにある。顔部分だけで少女ふたり分の大きさは悠に超えている。森の中に隠れた体の長さは計り知れない。


 蛇はじっと巫女を見つめる。


 気づけば少女は姿勢を崩して呆然と蛇を見つめ、周りに居た男たちは蛇に向かって頭を下げていた。


 ぐちゃ。


 粘着質な音がする。蛇の口が開かれる。


 少女は明日、旅人に聞きたいことがあった。


 少女の視界が真っ赤に染まる。生暖かな風が吹く。生魚のような不快な臭いが少女の鼻腔に溜まる。


 それはこの秘祭における少女の役割。少女は自分が主役ということは分かっていても、自分の役割がどんな意味なのかを知らなかった。


 蛇は少女を飲み込まんと口を近づける。


 イケニエが何を意味するのか、知らなかった。


 少女は緩慢な動作で首に手を触れる。取り出されたシルバーチェーンを見て、蛇が動きを止める。開きかけていた口を閉じ、不機嫌そうに何度も舌を覗かせる。


 シルバーチェーンに繋がる小さな笛を咥える。


 周りを囲む男たちの中の誰かが叫んだ。生贄を止めろと叫ぶ。


 少女は崩れた姿勢のまま、目一杯の力で笛に息を押し込めた。


 笛は何の音も鳴らさない。


 だが、笛を吹いた瞬間少女の背後、遠くで何かが割る音が響いた。そして黒い蛇は頭を天に向け、苦しむように体をくねらせる。


 周りを取り囲む男の一人が何かを叫びながら少女からペンダントを奪う。あ。少女はか細い声を出し、ペンダントを持つ男にすがりつく。


 それはだいじなもの。かえして。


 男は初めて自分に反抗する少女に驚きながら反射的に振り上げた手で少女を殴った。


 生まれて初めて他人から与えられた痛みに、少女は祭壇に倒れたまま痛む頬を押さえる。


「あーあー。女の子はもっと優しく扱えよ。クソどもが」


 少女の見上げるペンダントを持っている男は上から降ってきた誰かの足に蹴られ、誰かの足の下にいる。


「りんご! お前は時間稼ぎ!」


 男の声に反応したのか祭壇の上空で何かが吼える。


 少女がそちらを向く前に、誰かの体温が少女の頬に当たる。知っている暖かさだ。


 赤い髪の、アメジストのような輝きを持つ目の男を知っている。社の裏で座り込んでいた旅人。自分に笛をくれた旅人。いろいろなことを知っている旅人。


 旅人なら知っているかな。


「たびびとさん、イケニエってなあに?」


 旅人は少女の髪を撫でる。


「知らないな。俺は女子供を犠牲にするような風習に興味ねえの」


 旅人は笠をかぶっていなくて、少女から笑った顔がよく見えた。男の笑みにつられて少女も笑う。腫れた頬と共に笑う。


 痛々しい姿に旅人が眉を寄せる。


「頬は後で冷やそうな。すぐに、終わらせるから」


 よしよし。少女の髪を何度か撫でると旅人は足下に倒れているフードの男の頭を勢いよく踏む。短い悲鳴を最後に男は気を失う。


 男が気を失ったのをまるで合図にしたかのように旅人は祭壇を力強く蹴る。大きく跳躍した先には少女を連れてきたフードの男たち。


 着地と同時に一人を蹴り飛ばす。


 周りが驚いている間に腰につけた刀を引き抜く。音を立てながら刀を手の中で反転させ、峰を外側へ向ける。


 殺すつもりはないけれど、痛い思いぐらいしてもらう。


 ニッ、と楽しげに旅人が笑う。



 少女は祭壇の上を飛んでいく白い何かを見ていた。


 それは鳥のように翼があり、トカゲのような顔で、前足がなくて、強靭な後ろ脚を持っている。真っ白な体を何度も黒い蛇にぶつけ、後ろ脚で何度も蛇の頭を引っ掻く。


 蛇がそれを飲み込もうと体を伸ばしても、白いそれは軽やかに体を浮かせたり沈めたりすることで軽々と避ける。


 綺麗だった。


 白い姿が、動きが。


「俺らが怖いか?」


 少女を囲む男たちを全員地に伏せさせた旅人が右手に刀を持ったまま少女の隣に並ぶ。少女は首を横に振る。


 きれいだから。


 少女の言葉を聞き、旅人は笑った。



 手の中で刀の刃を外側へと向ける。旅人にとっての敵はあとひとつ。

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