第5話 聖夜

 今日はクリスマス。聖夜とも呼ばれる日。過去、数千年前に神が降誕した日を祝う日だ。

 もっとも、この世界には現実に存在する神が数年前に降誕している為、神の生誕を祝う日というのは間違っている。


 意味をなくした祝日だが、この世界の人はこの日を祝う。降誕した神が最悪な者だったことも少なからず影響しているだろう。だが、サンタという存在も大きな影響を与えているのだろうと思う。


 善行を重ねた子供の下にだけプレゼントを持って現れるという白いひげに赤い暖かそうな服を身につけた男。トナカイという動物の引くソリにプレゼントと自分を乗せ、一夜にして世界の子供たちに夢とプレゼントを配る。


「ホントに居たらすごいよね。りんごでも世界を回るのに十日はかかるのに、トナカイ程度で回るとか」

「しっ、黙ってろ。まだ琉斗寝たばっかりなんだぞ」


 楽しげに笑う遥と黙るように叱る龍騎。


 聖夜。クリスマス当日の明け方、日付が変わったばかりの時間。二人は琉斗を寝かしつけ、こそこそと準備をしていた。龍騎は琉斗が絶対に入ってこない自分の部屋に隠していたモノを手元へと持ってきて、遥は自分の洋服タンスに隠していた服を持ってきた。


 プレゼントらしく包まれた拳ほどの大きさの箱がいくつかと、その箱よりふたまわりほど大きな箱が一つ。


 普段食卓としている机の上に箱を置き、遥がおもむろに服に手をかけると勢いよく脱いだ。


「遥! 何急に脱いでるんだ!」

「は? 脱がないと着替えられないじゃない」

「着替えるなら目に付かないとこに行けっていつも言ってるだろ!」

「いまさらでしょもうめんどくさいなー」


 脱いだ服を片手で振り回し、遥は自分の部屋へ入っていった。深くため息をつき、頭を抱える。何故あんなに何事もないもののように言うのか。


 こんなことをしている原因は息子の発言にあった。


 良い子にはサンタさんが来るんだ。だから僕のところには来ないかもしれない。


 龍騎と遥最愛の息子琉斗は昨日不安げに呟いていた。それを聞いた遥が珍しくクリスマスらしくプレゼントを用意しようと言い始めたことが事の発端。


 机の上に置かれたプレゼントは遥が仕事を抜け出して買ってきたものだ。中身は龍騎も知らない。まともな事を買っていると信じている。


「おっまたせー」


 着替えたらしい遥が大きな声を上げて勢いよく扉を開く。


 龍騎は思わず噴き出した。汚いと声をあげる遥を無視して彼は自分の鼻と口を手で覆う。


 パーカー形になっている赤い服。丈は短く見事にへそ周りが露出している。ふわふわとした白い裾がお腹周りをくすぐっているらしい。ふわふわした部分が肌に当たらないよう、留めるボタンを一つにすることでお腹周りにゆとりが持てるようになっている。


 下も上と同じデザインで赤と白のミニスカート。膝上十センチほどだろう。短さから端は緩く外を向いて広がっている。黒のベルトがアクセントとなり服の鮮やかさを際立たせる。


 こつこつと音が聞こえてくるのは膝までを覆うヒールの高い黒のブーツを遥が履いているからだ。


 口元を覆ったまま龍騎は精一杯目をそらした。


「あ、何。龍騎帽子だけなの?」


 龍騎の目前まで迫った彼女は龍騎が用意した帽子を見付けると躊躇なく自分の頭に乗せる。

 しかし、龍騎のサイズに合わせてつくられている帽子は遥には少し大きい。ずるずると下がってくる帽子は遥の目元を隠してしまう。


「ばか、何してんだ」


 これ以上は駄目だと慌てて帽子を取り返せば彼女は不満げに眉を寄せる。


「けち。あ、ねえねえ。龍騎トナカイになってよ」


 唐突に、遥が笑った。


 意味が分からず問い返せばサンタが二人なのは面白くないから龍騎はトナカイになれ、ということ。


 というも今からトナカイの衣装を用意はできない。そもそも衣装はおまけのようなもので遥のように真剣には考えていなかった。


 龍騎の様子を見て、遥はまた笑う。


 良いから背中を向けろ。


 彼女はまた唐突に背中を見せろと要求する。今更刺されるということはないだろうが、何の意味があるのかわからないと不安になる。


 迷っていると彼女はしびれを切らして龍騎の腕を掴むと無理やり引っ張って背中を向けさせる。


 見えなくなった遥の姿。ただなんとなく彼女が遠ざかっていくのが足音でわかる。


「遥?」


 不安げに声をかけると背後で遠のいていた足音が急に近づいてくる。


「えーい!」


 どん。


 背中に強い衝撃が加わり、思わず体勢を崩してしまう。


 目の前の机に両手をついて体を支えると背後に何かが乗っているのが重みでわかる。


「遥っ、何してるんだ!」

「おんぶ。おんぶさせてる」

「なんでだよ!」

「龍騎トナカイだから」

「ちが……いや、もういい。よ、っと」


 両手を後ろに回して遥の両足を抱え、軽くジャンプをして後ろの遥を背中で安定させる。


「俺両手使えなくなったからな。ほら、プレゼント取れ」

「命令しないでよ。ちゃんと取るって」


 腰を曲げれば遥が両手を伸ばしてプレゼントを掴む。落ちないよう首に手を回し、強く抱く。


「このまま行けって言うんだろ?」

「うん。大丈夫、琉斗よく寝てるから」


 そういう問題じゃない。


 文句を言おうとした口を閉じて歩き始めた。


 琉斗の部屋のドアノブをひねり、ゆっくりと開く。片手をドアノブに置いているため、心なしか背中の遥のバランスが悪くなる。


 ドアを開けきってからもう一度遥を抱えなおす。


 白の冬用布団をかぶり、眠る琉斗の寝息が聞こえる。近づき見れば琉斗は両手で何かを抱き込んでいる。


 赤と白の縞模様の、大きな大きな靴下。


 サンタさん来てくれると良いのにな。


 可愛いことしてるな。とても俺らの子供とは思えない。

 そうね、サンタ信じるくらい純情なんだもの。


 遥を落とさないように気をつけながら枕元にしゃがみこめば遥がプレゼントを並べていく。ついでに優しく頬を撫でると琉斗は少し身動ぎをするも、深い眠りから覚めることはなく幸せそうに笑って再度靴下を強く握った。


「メリークリスマス、琉斗」


「神様はクソ野郎しか居ないけどね」

「余計なこと言うな遥。ほら、俺らも寝るぞ」

「寝床までおんぶー」

「はいはい」


 立ち上がり遥を抱え直すと今度は二人の寝所に向かって足を進める。


 廊下を歩いていると不意に背中が重くなる。

 横に並ぶ遥の顔を見るとだらしない寝顔が見える。どうやら元々眠かったらしい。


 今日は結構遅くまで任務があったからな。仕方ない。


 起こさないようにゆっくりと抱え直し、自分たちの寝室の扉を開ける。遥が着替えたのもこの部屋。証拠のように服が脱ぎ散らかされている。

 後で洗濯かごに放り込んでおこう。


 遥をベッドに寝かしつけ、服を片付けようと視線を上げた。


 ふ、と。


 白と赤の箱が机の上に置いてあるのが見えた。


 【龍騎用】


 ご丁寧に付箋(ふせん)で名前を貼り付けるあたり、何ともらしいプレゼントだな。これは見なかったことにしておこうか。


 自分宛のプレゼントを机の上に戻し、遥の眠るベッドに腰をかける。



「メリークリスマス、遥」



 そっと髪を撫でてやると遥は琉斗と同じように身動ぎをすると幸せそうに布団を抱え込んだ。




翌日談


「お父さーん」


 朝早くに琉斗の大きく元気な声が響く。

 洗濯物を取り出していた手を止め、琉斗を見やると彼はいくつかの箱を抱え込み幸せそうに笑っている。


「サンタ! サンタ来たよ! ボクいい子だったのかな!」


 無邪気に箱を抱える琉斗は子供そのもの。こうなることがわかっていたとは言え、龍騎も嬉しくなって琉斗の頭を撫でてやる。


 琉斗は嬉しそうに目を細め、母親にも報告すると言って洗濯場を駆けて出て行く。


 そして未だベッドで怠(なま)けているサンタ服の遥の眠る部屋に入ると満面の笑みを浮かべたまま寝ぼけ眼の遥にプレゼントの報告をする。

 龍騎と同じように頭を撫でてくれる遥。


 琉斗は笑みを浮かべたまま思い出したように口を開く。


「あのね、お母さん。ホントはね。サンタさんは一昨日の夜に来て昨日の朝にプレゼントが届くようになってるんだ」


 一日遅れのサンタさんに、世間の常識を伝えるために。


「プレゼント嬉しかった。ありがと!」


 仕事終わりにバタバタと騒ぎながらもプレゼントを用意してくれた大慌てのサンタさんたちにお礼を伝えるために。


 プレゼントを抱え込んだ琉斗は大人な笑みを浮かべていた。


 ホントに、両親に全く似てない良い子だ。


 遥は幸せな温もりの中嬉しそうな琉斗の背中を見えなくなるまで見送った。

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