買い物


 メリルとセリスの出て行く姿が見えなくなったのを確認したところで深い溜息を吐いた。


 セリスというあの強大な魔法使いがあんな弱い姿を見せるなんてね……目の前で見たにも関わらず信じられない。


 私と模擬戦をした時のセリスは正に芸術と言って良い程に美しかった。


 対峙していたからこそ思ったことだが、まるで未来余地でもしてるかのようにこちらの一振りよりもワンテンポ早く動いていた。

 それが分かっていても対処できなかった。


 恐らくだがセリスは私の体制から行動可能な動作を予測し、自分のさせたい行動へ誘導し他の動作ができない状態を常に作り続けていたのだと思う。


 相手の動きを敏感に察知して動きを予測するのは基本だし、それに特化した戦いにくい奴ってのはいるが、その究極形なのではと思わされたね。


 アウルのおっさんとの戦闘も同じ動きだったが、あの蹴り一発ではとてもあんな威力出ない勢いだった。


 私なりに考えてみたが、恐らくメリルが言っていた魔力操作。

 メリルが言うには守りの魔法が壊れないようにしていたと言っていたがそれだけじゃないだろう。


 それだけの魔力操作ができると言うのに、あの美しすぎる体捌き。


 本当に魔法使いかどうか疑わしいと思うが初手のあの魔方詠唱だ。


 発動までは至らずどんな魔法かは分からない。

 だがアウルのおっさんくらい軽く消し飛ばす大魔法であった事なんて想像に固くない。


 あれ程までの力ゆえの自信に満ち溢れた振舞い。

 その振る舞いは自分こそがこの世界で一番強いと疑っていないのではないかと思わされる程で、私の思い描く力の集大成は何かと言われたらセリスとしか答えられなくなるような光景だった。


 そして、そこまで思わせた魔法使いが見せたあの弱い姿だ。

 いったいどんな残酷で悲惨な過去を持っているのか分からない。


 だが、セリスというあの魔法使いがどこから来たのかという事も含めてもうどうでも良い。


 問題はこの世界にあれだけ卓越した魔法を使用でき、尚且つ暗殺者のように自分の気配を絶ち、戦士のような戦いができなければ生き残れないような物騒な場所がどこかにあるということ。


 だとすればここら周辺国家は平和ボケしすぎている。

 セリスはとても友好的だが、もし悪意のあるセリスのような存在一人でも来てしまっただけで何万なんて少ない被害では済まないかもしれない。


 だが、そんな事考えても私に何ができるか…………



 …………うん、何もできるわけがねーな。


 確かにそれなりの家の出ではあるがそれだけだし、家出娘の発言なんかに何の影響力もねーよ。


 良し決めた、もっと強くなろう。

 それで私はメリル達と生きる。

 できればセリスの弟子になって色々教わろう。


 ……って、あ~……そういやこの後どうするかな……部屋には戻りにくすぎだろ………

 とりあえず明日になったら戻るとしよう。

 今日はこの後他の宿取って、それで……どっするかなぁ……


「……走るか」


 弟子入りする前に今日からトレーニング量を増やす事にし私は店を出て走り込みをする事に決めた。

 体力作りは大切だ。



 ・



 セリスに過去の出来事を話してもらってから少しして、私達は外に出る事にしました。

 重たい話ばかりでずっと部屋に閉じ籠っていたら暗い気持ちになってしまうと考えて町を見て回ろうと提案してみたらアッサリ良いよと言ってくれた。

 時間も15時頃と暗くなるには時間もありますし丁度良かったですね。


「そう言えば冬の服をもう少し買っておかないといけませんね」


「ん?既に暖かそうな格好してるじゃないか。

 メリルは可愛らしいんだからもっとオシャレすれば良いのに」


「そう言うメリルは夏場の村娘みたいな格好で寒そうですよ?」


 私は大きな帽子に長ズボンに長袖とコートにマフラー手袋で固めています。

 ドリーミーは冬眠はしませんが寒さに弱い部類なのでヒューマンより固めておかないと風邪を引いてしまうんですよね。

 男みたいな格好なのは、この後時間に余裕がありそうなら荷馬車に乗せる物の調達をする為です。

 なので当然セリスが付けてくれた帽子のリボンは外しています。


 セリスの方はブーツに灰色の安いワンピースのような格好で、本当にありふれた服装。

 どこの平民も1着どころか3着くらい持っているような服です。

 同じデザインの子供服なら家族同士や近所同士でお古の使い回しされて当然の服な訳ですよ。

 そんな服でもセリスが着ると服のボロさと比較して美しすぎる美貌がどことなく神秘的な雰囲気を感じさせている気がします。

 まあ……それ以上に寒そうという感想が先に来ますけどね。


「はい、メリル」


「ん……いつ買ったんですか?」


「それは私がセリスだからね」


「答えになってませんよ」


 ずっとセリスと二人で歩いていたはずなのにいつの間にか蜂蜜がたっぷりと塗られた白パンを購入していて、それを渡そうとしてきます。


「でもありがとう………セリスの分は?」


 外した手袋をポケットに入れ、受け取ろうとした所でパンは一つしかない事に気が付いた。

 半分に分ける素振りが無い事に気が付いて聞いてみると不思議そうな顔されてしまいました。

 今回は確信を持って言えますけど私変な事言ってませんよ。


「ん?いや私はいらないよ。

 メリルが食べたそうにしてたから買ったんだけど余計だった……

 あぁ、なるほど。はい、半分」


「ありがとう……え?私そんな顔に出てました?」


 確かに視界に入った時に食べたいなとは思いました。

 しかし今は冬時で宿で夕飯が出されるのが少しだけ早い。

 ですのでパンを食べてしまうと夕飯を食べきれないと思い当たり服の買い物をどうするか考え始めていた。


「こう見えて私は人を見る目があるんだよ。

 これくらいできなきゃとてもじゃないけど生き残れなかったからねぇ」


「え……むぅ、もうちょっと他の言い方できなかったんですか?」


 なんで自分から追い込むような言い方するんでしょうか?

 あ……でも魔力の感じは安定してますし冗談のつもりかも?

 冗談だとしてももうちょっと言い方とか……ね?


「でも確かに凄いですね。

 セリスの洞察力相手じゃ大商人も痛い目にあってしまうでしょうね」


「そう言う人種は私に特があるって思わせとけば特がある限り裏切られる事も無いんだけど……相手したくない人種ではあるかな」


「む……相手したくないって、私も一応商人なんですけど?」


「残念ながらメリルは商人として二流だよ」


「む……今回の事で自覚しましたけど、そんなにズバッと言われてしまうと少し傷付きますよ」


「フフ、ごめんね。

 でも、熱い意思を持つ二流なら冷めきった一流より良いと思うんだよね。何故なら、熱がなければそこから進歩は無いからね」


「進歩は無い……ですか。

 何かしらの進歩は誰かが起こしたモノですからね。

 皆が冷めきって現状に満足していたら確かに進歩は無くなりそうですね」


「ま、そうなんだが言いたい事から離れてしまったね」


「?」


「メリルは私を騙さないし裏切らないだろ?」


「そのつもりですけど……そこまで言い切られるとは……

 はむ……ん……甘くて美味しい………うん、そう言われると……なんというか少しプレッシャーを感じますね」


「そんなの感じる必要無いだろうに。

 自分で言うのもどうかと思うけど、私は面倒くさい性格してるからね。気楽に付き合ってれば良いんだよ。

 敬語も外してくれて構わないんだけどねぇ~」


「この喋り方に馴れてしまって……でも、そういうなら崩すようにしてみます……っ!?」

「あっ」


 横に並んで歩いていたはずのセリスが目の前にいて、何故か人差し指で鼻をプニッと押された。

 ビックリして鼻を押さえたら蜂蜜が鼻に付いてしまった。

 鼻に甘い匂いがするのは良いとして、ベトベトで指を離すとほんの少し糸を引いた。


「……ヒドイ」


 自分でやってしまったとはいえいきなりは驚く。


「ご、ごめんよメリル。

 そんなつもりでは無かったんだ。

 ほ、ほら、少し顔前に出して、ついでに手も洗おっか」


 慌てた様子でお湯の球体とタオルを出現させてくれたので言われたように顔を少し前に出して洗ってもらう。

 程よい温度のお湯に触れられて気持ちが良かったので許します。


「それで、いったい何がしたかったんですか?」


「えっと……楽しませようとして……」


 コホンとわざとらしく咳払いしたセリスは先程と同じように人差し指で触れ、猫のような笑みを浮かべる。


「フフ……そういう所だよ。

 だからメリルは一流にはなれない。

 この世界の動き全ては等価交換で説明できてしまったりする。

 二流から一流になる動きも何かを差し出さなければなれない。

 そして、なる為に差し出すモノを日頃の生活や環境で差し出せるかどうか変わってくる。

 私は覇王になる為にこんな弱い自分は要らないと差し出した。

 それの価値も分からずにね。

 つまりそういうこと、覇王だろうが商人だろうが剣士だろうが極めるには大きな代償が必要。

 一流の商人は膨大な利益の為に死なない限りは何だって差し出すよ?

 例えそれが、己の腕だろうが何だってね……」


 それはもう演劇の語り部のような口調で、唄うように美しく、それでいて妖しい雰囲気を漂わせて語る。

 それがとてもとても美しいだけに………


「それ……一回で決められたら格好良かったですね」


「分かってる、分かってるよもう。

 むう、もしかしてメリルは少し意地悪なのかい?」


「そんな事初めて言われましたよ。

 しかし……自分である事を棄て、商人であり続ける事で初めて一流ですか。それは私にはできそうにありませんね」


「知ってる。だからメリルを選んだんだよ。

 提示した甘い餌の危険性を見抜いて切り捨る事で自分であり続ける事を選んだメリルをね。

 メリルは私が取り返しのつかない失敗をして初めて気が付いた事を見据えていたんだよ」


「…………なるほど」


 しかし……なんというかそれだと喜べない……

 いえ、セリスに気に入られた事は嬉しいですが気に入られた理由は詰まる所が臆病だったからですよ?

 何故断ったかって、誰かが死んでもおかしくない程膨大な利益を生む可能性を秘めた商談に触れるのが怖かったからだけですからね。


「メリル。怖いっていう気持ちは生物として当然の防衛本能であって直感とも呼べるもので大切なモノなんだよ」


「え…………」


 え?……えっ?今言葉に……いや……してない………はず…………


「ふふ……もう一度言うけど、私は人を見る目には自信があるんだよ」


 自分の目を指し猫のような笑みをする。


 セリスは本当に凄いなぁ……


「ドリーミーよりも相手の心を見据える人なんて初めて見ましたよ」


「これくらいできなきゃ生きられなかったからねぇ」


 とても楽しそうにクックと笑いながらそう言った。

 だから重いですよ。


「……あ、見えてきましたよセリス。そこの店で服を買いましょう」


 少し先の方に見える店を指す。

 壁を大きく開け、窓口のような形で店員と接客する形のお店は相変わらず渋くて格好良い雰囲気だと思います。

 こういうのを見ると将来店を持つ時に取り入れてみたいな。なんていろいろと悩んでしまいそうになります。


「最初からここって決めていたのかい?」


「ここの人はドリーミーだからと差別しないので……」


 セリスの言う通り最初から目的地を決めて歩いていました。

 服屋なら他にもありましたし前は他の店に訪れましたが、あの時は求め服がまた違うものだったので。

 今回のような機能性かつ安価を狙うとなればここ意外ありえません。

 こことはそれなりに良い関係を築けていますからね。


「こんにちは、お久し振りですジョニーさん」


「ん……これはメリルさんお久し振りですね。

 いや失礼、そこまで厚着をして顔が隠れてるとすぐに出きませんな」


 あ~……前に会ったのは夏頃でしたし当然ですよね。

 冬場は仕方ないんですよ。


「いえいえ、覚えていて下さっただけでも光栄です。

 それに私のこの格好は種族的なところもありまして……」


「なるほど、ドリーミーはヒューマンより寒さに弱いというのは本当なのですね。

 今日は何着かお求めでしょうか?」


「ええ、私ももう少し用意しておかなければ種族的に不味いので……」


 この町に来てセリスが強制的に買ってくれた服もありますがおしゃれを目的としていて少し薄着なんですよね。


「ですがメインは彼女の服です」


「ん?私には必要無いよ?」


「見ているだけで私が寒くなるので着てください」


「ん……メリルがそう言うならそうする」


 セリスが指を鳴らすと一瞬で服が変化します。

 誰がどう見ても高そうで暖かそうな黒のロングコートに黒のローブ、黒のブーツに黒のグローブ帽子まで真っ黒黒です。

 ロングコートの胸元とローブには見たことの無い赤い紋章があります。


「すまないね、暖かそうな服はこれしか持ってなくてね。

 後は変装に使うもので……こんな物騒な装備で固めていったいどこに戦争仕掛けるんだろうね。

 ……メリル、それよりどうかなこれ?」


 ローブを軽く摘まんでいろんな角度から自分の服装を見せてくれる。

 ロングコートの背中の部分には胸元と同じ紋章がある。


「すごく格好いいと思いますけど、それ1着なら買わないといけませんね」


「そういう事が聞きたいんじゃ……もう。

 それに、この服は汚れないし破れようが燃えようが時間と共に再生する特殊な作りになって……………いや、やっぱり買おう。

 ということですまないねジョニーさん。

 私が着れそうなのを2、3着見繕ってくれないかい?」


「い……いやぁ~お客様程のお方に提供できるような高価な品は当店には~……」


 あ……ですよね!

 目の前であんなの見たら私だって同じ反応になりますよ!

 セリスの凄さを感じすぎて少し麻痺してました。

 初めからセリスに話してどうするか決めておけば良かったと後悔しても遅いですね。


「いやいや、最初の格好見ていただろう?

 メリルや町にあわせてああいう格好するのは必要なんだよ」


「わ、分かりました。只今ご用意いたします。」


「あ、ちょっと待っておくれ!」


 ジョニーさんが店の奥の方へ行こうとしたのをセリスが止め、店に飾ってある1つに指を指す。


「あの1着を譲ってくれないかい?

 良いものだって事は分かるから値段はあまり気にしなくても良いよ」


「あれは……お目が高い。

 あちらの服は……しかし、お客様には少々小さすぎるかと……」


「いやいや、メリルに着せるんだよ。絶対似合う」


「え?ちょっとセリス?」


 言われてからセリスが指差しているのを見てみる。

 一目で高価だと分かる黒のケープです。

 おそらく……レヴィエ共通銀貨7枚程でしょうか?

 だとしたら昨日買ってもらった服全て足してもケープ1つの方が高いです。


「あれ?似合うと思うのだけど……嫌かい?」


「嫌ではありませんが……そんな、昨日もなんやかんや流されて買われてしまいましたし悪いですよ」


 金貨1枚で半年は不自由無く暮らせ、銀貨40枚程で金貨と同等であり、銀貨1枚で6日は暮らせるので銀貨7枚は大金です。


「う……そうか………」


「……もしかしてセリス、そうやってセリスを側に置いとけば特だよなんてアピールしていたりしてませんか?」


「なっ!?そ……そんな訳………」


 そんな話したばかりですし疑うのは当然です。

 違うだろうけど、目をそらさず友達として向き合うと決めたからには半端な関係にはしません。

 普通の人ならそんな覚悟は必要無いのでしょうがセリスは別です。

 私も少ない時間ながらセリスを好いているのでセリスが本気なら私も本気で答えたいと思う。


 だからこそハッキリ言う必要がある。

 私は、損得でしか関係を築けない物は友人とは呼べないと思うので少しでもそう感じたら強めに言います。

 でないとセリスの為にならない。


「……いや、私が見たいから買う!私の趣味で私がそうしてほしいから買う!買ったらメリルは着てくれるかい!?」


「え……えっ?……別に構いませんけど」


「ありがとう!

 それでジョニーさんや、それは幾らなんだい?」


 ……なんか思ってた事と違う返事が来た。

 セリスの趣味……?

 ……そういえばちゃんと聞いていませんでしたね。

 私の趣味も話してませんし……というより私に趣味って絵くらいしか無いような……あれ?

 もしかして殺伐とした世界を生き抜いた覇王にも趣味くらいあるのに、比較的平和な世界を生きてきた私には趣味が少ないの?

 なんか複雑……


「え……えぇ、こちらはさる貴族様がお召しになられていた逸品でありまして。しっかりと縫られておりまして破れる事もそうそう無いでしょう。

 銀貨11枚になりますがどうでしょうか?」


 ぎ……銀貨11枚!?


「あ、あのセリス……」


 これはやり過ぎと判断して止めようとしましたがセリスは大丈夫と言いたげにウインクしてくる。


「ん………そういえばジョニーさん、実は私はつい最近紹介ギルドに登録しましてね、その際にイザベラ商会と少々ご縁ができましてね」


「おお、それはそれは」


「そうだね……そこに積み上げられているのも20買うとしよう」


「それだけ買って頂けるのであればこちらは銀貨9枚お譲り致しましょう」


「ふむ………そうだね、私は実は冒険者もやっていてね。

 少なくともこれくらいのモンスターなら狩れる実力があるんだが、これ買い取ってもらえないかい?」


「ツインヘッドベアー!?」


 セリスが取り出したのはツインヘッドベアーと呼ばれるこの辺では最も強いモンスターの毛皮、それもとても状態が良い。


「でも……赤ですね………」


「ふふん、私の実力を見直してくれたかなメリル。

 ほら見てごらん、何処を見ても解体で切り込まれた部分以外切り傷も刺し傷も無く、魔法により毛が燃えた様子も無い。

 これ程良い状態の毛皮はそうそう御目にかかれない」


「確かに綺麗ですよね」


 しかし赤ですか……レッドツインヘッドベアーは似た系統の中でも毛皮の色と臭いが特徴です。

 更に固すぎて重すぎると服にも防具にも向いてないんですよね。


 特殊な加工をすれば良いとは聞きますけど、それなら他の素材を使って同等の防具を作った方が値段を抑えられます。

 服として作り売ったとしても、加工の代金と同じ値段くらいでしかまず売買が成立しないほどに需要が低い。


 いくら臭いが消せてもワービースト等嗅覚に優れた存在からしたら完全には消えていないらしく、何よりも臭いを知っている人が多過ぎてどうしても印象が……


 ま……まあそれは置いておきましょう。

 それよりもこれをターニャでも一人ではこれ程綺麗に倒せません。

 私の援護もあれば綺麗に倒せるとは思いますけど、ここまでと言われれば首をかしげるくらいです。

 これ程綺麗に解体できるとなると最上位ランクの冒険者にでも頼まなければ無理でしょう。流石セリスです。


「これはこれは……では、銀貨2……いえ、5枚出しましょう」


「ん、十分だよ」


 お互い同意となり握手を交わす。


「私は最近冒険者と商人登録をした遠い異国の魔法使い、セリス・アルバーンという。

 そこらの冒険者じゃどうしようも無くなったら指名してくれれば優先するかもしれないね。転移魔法も使えるから」


「それは凄い。

 しかしそんな事が無ければ越した事はありませんけどね」


 その後も雑談をまぜつつ最後には無事に終わりました。

 ただの買い物だったというのに完全に商談になってましたね。


 セリスは少しでも安く買いたいけれど、既に値段を表示されている。

 値引きさせるよりも何か出して高く買い取って貰った方が良い結果が出せると判断したんでしょう。

 自分の価値、大商会とのコネクションがあると言い、コネの証明にはならないもののレッドツインヘッドベアーの毛皮を見せることで自分にはこれ程の価値があると証明してみせた。

 セリスが狩ったとは思ってないでしょうけど、少なくとも上位冒険者に依頼を出すだけの財力がある等の様々な解釈はできるはずですから。


 何故なら上位冒険者はツインヘッドベアーを狩るなんてしません。

 上位の冒険者は基本どの人も放浪の旅をしていて珍しい素材や新な土地を目指し切り開く等、モンスター専門の傭兵ではなく本当に冒険者をしています。

 なので毛皮を狩ってもらうとしたら中位ランクになるのですが、ここまで綺麗な毛皮を持ってくるなんてできません。


 上位冒険者に依頼できる人物であると思うのが自然で、大商会とのコネというのも嘘とは思えない。

 となれば少しくらい無理してでも高く買い取って良い印象を与えようとするでしょう。


「セリスは商談もできたんですね……」


「これくらいの値切りなら誰だってできるだろう?」


 商談中は愛想笑いばかりしていたけれど、今のは否定しながらもとても嬉しそうに、何度目かの猫のような笑みを浮かべていた。

 こんな凄い人が私にだけこんな笑顔を向けてくれるのが誇らしくて、少しだけ嬉しくなりました。

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