覇王セリス


「冒険者になるのに町へ向かい、そこでダービーとローレンの二人と出会いパーティ組んだんだよ。

 最初の依頼からランクに見会わないような化け物が出てきてね、今の私なら雑魚も良いところだけどシードラゴンなんて普通は化け物だよね」


「そうですよね、普通はそうですよ。

 ……というより良く生き残れましたね」


「ふふ、私は死ぬほど運が良かったからね」


「そもそもそんな状態に陥る時点で良くは無いんじゃ……」


「だよね。だからあのパーティ、私ら四人の誰かは絶対疫病神だって話を何度した事か………

 それでも、生きているって実感を持てて楽しかったんだよ、この頃はね。

 戦うのが辛くなったのはコレと対峙した時からかな」


 セリスが取り出したそれは、大きなルビーの付けられた豪華なネックレス。


「それは……人を食べるネックレスでしたっけ」


「そう、人の魂を喰らい続け、美しさを追い求め神になろうとした皇女のネックレス……」



 ・



 これが使われたのは他国で行われた国をあげての祝で城下町は完全に祭り状態だった。

 依頼で偶然立ち寄り礼の1つとして参加をしても構わないと持ち掛けられて私以外は皆乗り気で有力者側のパーティーに参加する事になった。


 その会場に参加して私は一人の少女に出会った。

 金髪の髪をした、私と違ってとても美しい女性だった。


 え?ちょっと、セリスより美人って想像……私と違ってってそれだと私かなり不細工じゃありませんか?


 この頃私は普通の魔法使いでヒューマンだったからね。

 体に傷痕とかがあって美しいとは言い難かったんだよ。


 というのも、あまり知られていない事だけど強さとは美しさなんだよ。

 凡人には絶対にできない荒々しい破壊の力、生物として成り立っていなさそうなグロテスクな存在になる代償で得る力、そして……私のような力。

 それらは全て共通して美しさを持っている。

 力あるモノはその力をより適した活用ができるよう体が力に合わせて変化する。


 な……なるほど?


 無理に理解しなくても良いよ。

 それで、その少女の姿をチラリと目撃して、見失った。

 見た瞬間何か感じるものがあってそちらを見ていたのに、人の影に遮られた瞬間姿が消えたんだ。


 それを合図にしたかのように舞台は動き出した。

 皇女の演説が始まろうとしていた。


 パーティーの内容は皇女の継承と呼ばれる国の代表の交代を意味するモノ。

 もちろんそんな事は表向きだけどね。


 先程も言ったが私達は有力者としての参加であり、VIP席という事で大商会や貴族といった存在と同じように城の中で近くから見る事ができる。


「……長かった、本当に長かった。

 我が国が設立された時より途方もなく長い時間を経て我々の目的が成し遂げられる時が来た!」


 演説の変わりにそれを合図としてこのネックレスが掲げられた。


 紫色の光が町全体を照らし、人々の肉体から青い光、魂が抜け落ちネックレスへと吸い込まれる光景を目にして魔法で防御を試みた。

 しかし、弱かった私に守れる範囲は当然狭くてね、パーティメンバーの三人しか守れなかったんだよ。

 その光が止んだと思い魔法を解除したら私達はダンジョンの中にいた。


 ダンジョンって……ダンジョンですか?


 うん、たぶんメリルの思っているダンジョンだよ。

 皇女のネックレスはね、一種のダンジョンでその中身は初代皇女、ティナ・ムーン・レイクシアルの魂の住まう器になっているんだよ。

 皇女の目的は人工的に永遠の寿命とドラゴン等の存在を容易に越える力を得て神になる事。

 皇女は表向きは皇女を継承していたけが、次期皇女候補を育てるにあたって自分が持ち得ていない技術を極めさせるんだよ。

 知識だろうか剣だろうが魔法だろうが何でも良い。

 継承の儀でネックレスを渡し、新たな肉体を得て元居た魂を同調させ同じ存在へと変えてしまう。

 そうやって力を蓄え続けた。


 けれど、その長い長い道程の中で誤算が生まれていた事にティナは気付いていなかった。

 同調しきったと思っていた魂の1つが同調しつつも自我を残していたんだ。

 それが、継承の儀の前に見た少女。

 少女の名はマリア。

 マリアは自分を見付けられないように魔法を掛けながらあの場に居て、自分を見つけてくれる逸材を探していた。

 最低でもそれくらいできなければ皇女の計画を破綻させる事はできないから。


 ダンジョン内でその話を聞かされ、皇女を倒す。

 できなければ封印する事に協力する事にした。


 しかし、私はこの戦いで初めて戦いには大きな代償が伴う事があると知った。

 それだけでなく、私達はけっきょくティナを倒すことすら叶わなかった。


 私達の前に立ち塞がったかつて無い程の強大すぎる強者。

 ありとあらゆる武術を扱い、膨大な魔力と本来特殊な血族でしか扱えない魔法の数々を一人で複数同時に扱う魂の集合体。

 ソウルキメラ、ティナ・ムーン・レイクシアル初代皇女。


「ライトスフィア」

「ディスティニーブラッド」

「ファイアストーム」

「フォールダウン」


「うおおぉ!!ディメンジョンブレイク!!!

 セリスゥッ!!!」


「ムーブウォーク」


「空間移動!?」

「まさかその若さで……」

「化け物が……」


「あんたにだけは言われたくないよ」


 最後の決め手となったのは自身にも多大な負荷の掛かる仲間の一撃。

 その一撃により突破口が開けムーブウォークが決まり皇女に霊王の宝珠を押し当てる事に成功した。

 ただ宝珠を押し当てるだけ。

 それだけだと言うのに今までのどんな戦いよりも苦戦させられたものだよ。


「ありえない!こんな事あってはならない!!!」

「こんな小娘に我等の長年の計画が!!!」

「おのれ………おのれマリアアァァァァァッ!!!」


 ティナ達は各々の呪詛を叫び散らしながら封印されていく。

 そんな中、1つだけ違う事をした存在が居た。


「あっはははははははは!!!

 マリアァッ!セリスゥッ!忘れないぞ!

 例え消滅しようが決して忘れない!

 我等の野望の叶わない世界など要らない!

 貴様らの愚かさを噛み締めながら死ね!

 ワールドコラプス!!!」


 ティナの一体が使ったその魔法は継承の儀で採取した全ての魂と自身を生け贄として使用された。

 世界が崩壊へと進めるお呪いまじないの魔法。


 ……これは魔法を深く知ろうとしない者は勘違いしやすいところなんだけどね、呪いまじない呪いのろいも言ってしまえば同じものなんだよ。

 その目的が、誰かを祝福するモノであるか、誰かを傷付け殺すモノであるか。

 その程度の違いしかない。


 確かに私達は生き延びる事はできた。

 しかしその結果は、数十万の命が奪われ、世界はティナの怨念により呪われるといった勝利とは口が裂けても言えないような内容でこの事件は幕を下ろした。



 ・



「その後、呪いの影響で人類の種としての存続を掛けたような出来事が続けて起きるようになった。

 海底深くに眠る神の復活を目論む組織が表に出て行動し始めた………

 宗教国家の全ての命を捧げ、殺戮の天使達への世界へのトンネルを作る行為…………

 異世界から来た魔王の覚醒と暴走………………」


 どれもこれも思い出したくないのでしょう、セリスはうつむき掠れたような言葉で語る。


「そして……鏡の世界からの襲撃……

 これが………これが一番辛かった……………」


 突風が吹き抜けた。

 実際には吹いてないけど、そう錯覚してしまう程に暗く、重い感情に潰されると錯覚してしまうくらいに強い感情。


「セリス」


「………メリル?」


 私はセリスの背後に移動して覆い被さるように抱きついた。


 セリスが不安で押し潰されそうな子供のように見えてしまって深く考えずそうしてしまった。


 けれど、結果それが良かった。


「大丈夫です、大丈夫ですよ」


 私が大丈夫だと言い聞かせながら頭を撫でてあげるとセリスの感情は落ち着いていく。


「ありがとうメリル。

 ……できればそのままでいてくれると嬉しいんだが良いかい?」


「はい、これくらいお安いご用ですよ」


 返事は無かったけれどコクリと頷いて口を開く。



 ・



 話の続きをしよう。

 私の世界には表の世界と裏……というより鏡の世界が存在するんだよ。

 鏡の世界とは文字通り鏡の中の世界でね、鏡の世界から出てきた侵略者により国のトップは人知れず入れ替わっていて町や村はメチャクチャになって……


 この頃には私は覇王と呼ばれ、種族も魔法使いになっていた。

 覇王である私は自分の国を既に持っていてね、それなりに使える人材が急に変貌して大変だった。


 仲間を連れて私の魔法で鏡の世界に乗り込んだまでは良かったんだが、魔法が完全なものでなかったのが原因で四人とも離ればなれになってしまった。


 そんな中、私に問いかけてくる声がした。


「あんな国にいったい何があるんだい?」


「……なるほど、入れ替わりの仮説が正しかった訳だね」


 鏡の世界をさ迷う中で私に声を掛けてきた存在は私と同じ姿をしていた。

 ただ、鏡合せにしたように目の前の私は左利きだった。


「仮説ねぇ……つまらない事を考えて、らしくない。

 それよりそんなモノ抱えて何が面白いっていうんだい?」


「そんなモノ?」


「国だよ国。

 そんなモノ抱え込んで何を守るつもりなんだい?

 ミィちゃんも見殺しにしたアンタがさ!!!」


「セリス!!!」


「ダルク……っ!待て!!!」


 コレが始まり。

 ダルクと合流できたから奴は逃げ出した。

 けれど、相手が私自身だというだけあって私の嫌な事沢山知っていたよ。


「守るモノが沢山あって大変だね覇王様!」


「そうやって何でも抱えて今度は何を殺すんだい!?」


「アンタはいずれダルクをも見殺しに、いいや、アンタ自身が殺す!」


 態々会うたびに幻影魔法で光景を見せられながら投げ付けられる言葉に私は酷く翻弄されて、心を砕かれそうになった。

 どれもこれも私の心に深く刺さっている鋭利な刃物であり、今まで受けてきた攻撃の何よりも痛かったのを覚えている。


 そして…………


「……なっ!?カハッ!?」


 私は私である事を止めた。

 最後に勝つのは覇王。

 目の前のセリスじゃなくて覇王が勝つんだ。


「あ……ぃやぁ……は…………し……ぃたく……ない……」


 覇王に敗北は無い。

 相手がどれだけ強かろうが、どれだけ早かろうが、何度攻撃を仕掛けてこようが最後に立っているのは覇王。


 お互いに魔法を使えない結界に閉じ込め馬乗りになるようにセリスの首を強く握り締めた。


「お……父さん……………」


 最後には子供のように涙を流しそう呟いたセリスにヒビが入り、鏡が割れるように砕けて消えた。


「私は……私は覇王………私に……私は必要無い…………アンタも……要らない……この心も……感情も要らない…………」


 セリスが砕けた瞬間、私の中の何かも完全に砕け散ったような感じがした。

 正気を保つ為に私は覇王になる事を選び逃げた。

 感情の全てを魔力で押さえ付けて、全てから逃げたんだ。


 私は、この事件を境に涙を流す事ができなくなってしまった。


 その後も変わらず事件は起きた。

 ただしどの事件も今まで起きていたモノと比べてしまえばとても小規模で、普通に人類同士の戦争なんかが主だった。


 そして、私は戦争相手、他国を徹底的に、理不尽なまでの力で潰してきた。

 覇王として女子供関係無くその全てを。


 今にして思えば、今まで起きていた事件が起きなくなったのは、起きてないんじゃなくて、既に起きていたんだろうね。


 ……起きていた?それはどういう意味です?


 どういう意味も何も、私だ。

 私自身が次の人類の存続を掛け倒すべき相手になっていたんだろうね。

 だからそんな事件起きる必要が無い。

 そんな事を起こして私の行動の邪魔をしてしまえばティナの世界を滅茶苦茶にする目的が少し遠退いてしまうからね。


 しかし当時の私はそんな事気づきもしない、視野が狭いったらありゃしないねぇ。


 そして気が付けば私に歯向かう個人や団体は居なくなっていた。


 王と言うものはもっと華やかな物だと思っていたのだが地味で退屈だった。


 その退屈がとにかく気にくわなくて何かと理由を付けて戦いを仕掛けた。


 一年、二年……いくら時間が経とうと今まで満たされていた何かが全く満たされない。

 当然だ。

 満たすための器に穴が開いて水が漏れだしてしまっているんだからね。

 それでも覇王は気付かない。

 それがどれだけ大切であったのかを。


 そして、つい先週の出来事なんだけど私が眠りに付いてる時に一人の人物が暗殺しようと襲いかかってきた。


 かなりの手練れだったが対象の心臓を握り潰す魔法により撃退する事に成功した。


 最近は全くと言って良い程無くなっていたが、少し前まで暗殺者が来ること事態は珍しくなかった。


 その為か、普段は気にもしない久々の暗殺者の顔が気になり殺したその人物の顔を見ることにした。


 私が殺した暗殺者はダルクだった。

 鏡の世界の私が言っていた事は現実として起きたんだよね。


 私はダルクが殺そうとしてきた事に理解が追い付かず数秒硬直してしまった。

 少しずつ現状を理解し始め真っ先にした行動はダルクに蘇生魔法を施す事だった。


 しかしダルクは蘇生魔法を受け付ける事は無かった。


 ダルクには蘇生魔法を無効化する魔法具が植え付けられていた。

 けれどダルク程の強者が誰かによって付けられたなど考えられない。


 私はダルクの部屋を物色して何故こんな行動に至ったかのヒントを探す事にし転移魔法で部屋へと移動した。


 その答えは直ぐに見つかった。


「馬鹿じゃないの……」


 ダルクが残した手紙を読んで思わずそう言ってしまった。


 昔からやたらとお節介だとは知っていたがここまでとは思ってもみなかった。


 私は可能な限り覇王らしくあるよう振る舞っていたが、ダルクは私がつまらいと思っている事に気が付いていた。


 手紙の内容は、私が覇王らしくあろうとして私らしさが、私が望むものから離れていないか?という私に問いかけるような内容だった。


 そんな事直接言えば良いじゃないかと思ったが、最後の最後にセリス……私が不器用だからやったと書いてあった。


 私は意外と不器用らしくてね、ここまで来てしまったならば普通に話しても聞く耳持たないだろうからあんな事をしたと書いてあった。


 その手紙を読んでから私はとにかく考えた。


 自分が何をしたいか、どうしたいか。


 そして1つの結論を付けた私はダービーとローレンを呼び出した。


「……と言う訳で何をするにも覇王という称号が重すぎて私がしたい事は何もかも上手く行きそうにない。

 だが、それもこの世界までの話だろ?

 だから私は異世界から追放されてきた魔王同じく異世界に行こうと思う。二人はどうする?付いてくるかい?」


「……セリス、お前はここまでの事をしておいて全部放置するのか?

 勝手すぎるだろ」


「何を今更。私は、それこそ私らしいと思うぞ」


 満面の笑みを二人に向けてそう答えたが、1分、2分と無言を貫き二人とも何も答えてくれる事はなかった。


「……そうかい、二人とも義理堅いね。

 まぁ、それこそ今更だ。

 私はね、私達は一周廻ってスタートラインに戻ったんだと思うんだ。

 そこから目指す先は違うだけ。

 私は二人みたいにずっと遠くを見て走るのは向いてないし面白いなんて思えないみたいだとやっと分かったんだ。

 だから、今までありがとう。

 じゃあね、それなりに楽しかったよ」


 転移魔法で私は封印の祠へと移動し魔王が封印されていた場所へ行き、力を封印する部分を取り外し次元の穴を開いた。


 この世界に戻ってくるつもりなど一切無い。


 故郷の村を消した時と同じ軽やかな気分で自ら穴へと落ちていった。



 ・



「そして……」


「えっ?」


 いきなり浮遊感に襲われる。


 気が付けば体が宙に浮いていた。

 目を閉じて衝撃に備えて反射的にギュッとする。


 確かに衝撃はあったけど思ってたよりずっと弱く、セリスの腕に落ちた私はそのまま包容される。


「そして、メリルに出会えた。

 ドリーミーは私の世界には居ない種族でね、その羽を見た時、異世界に来なかったらメリルには絶対会えなかったと痛感させられた思いだったよ。

 話を聞いてくれてありがとう。メリル」


 目を開ければ猫のような笑みを浮かべていて、とても安定した魔力を纏うセリスを腕の中で感じられて私はホッとする。

 セリスからは開き直ったような清々しさが感じられた。

 自信に道溢れているのは違わないけど色の違う、落ち着きのある自信の現れではなく、少し強気な感じの自信の現れのような…………そんな色をセリスから感じられた。

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