トラウマ


 冒険者ギルドの一階の通路。

 殆どの冒険者が外にいる時間帯であり、更にフロントから離れたこの通路はより一層静かで遠くから活気ある声等が聞こえてくる。

 その通路に置いてある椅子に座る私とセリス。


「あの……セリスが強いのは分かってましたけど、こんなにも強いなんて想像もしてませんでした」


「なんだい?藪から棒に」


「いえ、魔法使いなのに凄いなと」


 殆ど素手で戦闘を終わらせた魔法使いを魔法使いと呼んで良いのかどうか判断しかねますけど。


「魔法の魔に拳と書いて魔拳なんだけど、それも魔法使だからね」


「セリスは魔拳の達人なんですか?」


「い~や、私は呪いまじない系統特化だねぇ」


 えっ?じゃあ魔拳のやり取りはいったい………


「呪い……あの、話が変わりますがセリスは汗をかいてないように見えますけど拭きに行かなくて良かったんですか?」


 冒険者ギルドではお金を払えば女子、男子用の個室を借りて体を拭く事ができます。

 この通路はそういったものがある場所であり、もっと奥の方に行くと討伐したモンスターの解体場があります。

 この場所は初め解体場で働いている人がすぐに体を洗える場所として用意されたらしいです。


「私は種族魔法使いだからね、汗はかかないんだよ」


「???……そういうものなんですか?」


「そういうものだよ、あと汚れないんだ」


 ターニャが体を拭いている間はセリスと雑談で時間を潰していましたが話せば話すほどにセリスと私の常識の違いが浮上してきますね。

 汗をかかない人種なんて居たんですね?

 それに汚れない??

 説明もしてもらいましたけど、付着した汚れは全て魔力になってしまうらしいです。

 ………なるほど???何故???

 その説明は聞いても良く分かりませんでした。




 ・




 冒険者ギルドを出れば時間もお昼時なのでどこの店もそれなりに人がいるようですが、ここら辺は店も多く人の量のわりにはどこもすぐに入れるので歩きながらどの店にするか話し合う。

 けっきょく昨日みたいな居酒屋のような雰囲気のお店に決まりました。


 ターニャは分かっていましたけど、二日続けてとなればセリスもこういう店が好きなのは確定と考えても良いでしょうね。


 ただ今回は昨日と違って少しオシャレな感じの居酒屋で、メニューも蜂蜜漬等があったりと毛色が違いますね。

 そこで私が頼んだのは魚にハーブをふんだんに使って蒸し焼きにした料理です。


 やはり大きな湖が近くにあるのもあって魚が美味しいです。


「なあセリス。

 聞きたいんだがアウルのおっさんはあれでもBランク冒険者なんだが、もう引退してもおかしくない歳なのもあるが……正直どうだった?」


 ある程度食事が進んだところでターニャから質問をしたのですが、ターニャから声かけるのは珍しい……いえ、珍しいも何もまだ出会って3日ですから当然ですかね?

 セリスさんと出会ってからの出来事があまりにも色濃くてもっと長く過ごしていた気がします。


 …………いや、だとしてもやはり少ないですかね?

 ターニャからセリスに話し掛ける事はまだ片手の指の数も無いと思いますし………

 3日も共に行動して同じ部屋で寝てそれは少な過ぎですよ。


「アウル…………アウル?」


 私はそんな事を考えていましたが、セリスがとても真剣な表情をして思考に入るのが見てとれて、私も何かあったのか考える。


「どうしました?」


 しかし思い付かなかったので聞いてみることにしました。


「いや、アウルって言われると私は槍龍アウルしか知らないんだよ。けどメリル達が知るはずないし………」


「槍龍アウル?」


「アウルはドラゴニュートなだけあってとにかく身体能力が高く、その身体能力だからこそできる荒々しくも高度な技術を持つ強者だったよ」


「アウルってありふれた名前ですからね。あとアリスとかミカエルとかも」


「槍龍……そんな二つ名を持つ強者がいるのか……」


 たぶんセリスの世界の話ですからこの世界には居ませんけどね。


「……って、そうじゃない違うって。さっきお前が模擬戦だからってボコボコにしそうになってたろ?ソイツだそいつ」


 セリスは難しい顔をして「ちょっと待ってくれ」と…………


 …………………え?ちょっと待って。

 本当に物凄く考え込んでいるんだけど、えっ?大丈夫なの?

 少し前の出来事ですよ?


「あぁ、思い出した。

 名前なんて覚える気が無かったからどうりで……顔は覚えてないが誰かをあしらったのはまだぼんやりと覚えている。

 それよりそんなのがアウルって名なのかい?

 名前負けも良いとこじゃないか」


 そう語るセリスはどこか遠くを見つめているような気がして、その様子に「セリス?」と無意識にセリスの名を溢していた。


「おい……流石に嘘だろ?」


「嘘って何がだい?」


「ぼんやりとしか覚えてないっていうのがだよ」


 ターニャの言葉にセリスはゆっくりと首を横に振った。

 その表情、魔力の流れからどれほど真剣に答えているか受け取れる。


 ターニャもセリスの雰囲気から嘘だと切り捨てられないと思ったのか私へと視線を向ける。

 私が相手の感情を読み取れると知っているから頼ってきたのだと分かったので「セリスは嘘を付いてないですよ」と断言する。


 今のセリスは重く、暗く、痛々しくて、怖い……


「嘘でも冗談でもないさ。

 私の世界は頻繁に街や国を滅亡させるような厄災が起きたもんだ。

 それを引き起こした相手ならともかく、その道中で殺し合ってる有象無象の苦痛に満ちた死に顔や呪詛なんて一々覚えてたら気が狂ってしまう。

 だからこそ私は生きる為にすぐに忘れる術を覚えた。

 基準は色々あるけど、それに引っ掛かる魅力の薄い奴を忘れるのに1日も掛からないね」


 セリスの声色はその精神を投影するかのようにとても重たい。

 顔を下げ、うつ向き、心が痛いと魔力が叫ぶ。

 叫びながらもセリスの言葉は止まらない。


「逆に……とても大切な、印象に残った奴らは……いくら魔法を使用しても忘れられなかったんだよ………

 たとえ……ソイツがどんな最後を迎えようとも…………」


 セリスはそう言いながら自分の右手で何かを握るような動作を繰り返す。

 それが何を意味しているかは分からないけれど、間違いなく意味があって、より魔力は重く冷たくなる。


「私がこっちに来ると決心したのはそれこそが一番の理由だ。

 私は、私の親友を殺して逃げた。

 真実がどうあれその結果だけは絶対に変わらない」


「……セリス?」


 私はうつ向くセリスに声を掛ける事にした。

 しかし、セリスは言葉を止めない。


「私が弱かったから洞窟に置いていかれて彼等を失った、だから力を求めた。

 なのにけっきょく私は覇王なんて下らないモノにすがって自ら壊した……」


「セリス」


「おいセリス!」


 私は立ち上がり身を乗り出し少し強めな声でセリスの名を呼び、異変に気付いたのかターニャもセリスの名を呼んだ。


 それでもセリスは反応しない。


「彼等は彼等だと判別できないくらいぐちゃぐちゃになっていて唯一判別できる物を見つけるまで私は彼等の死体に何をした?

 何か高価そうな物でもないかと彼等の腐敗し始めた内蔵の散らばる地を踏みながら……」


「セリス!!!」


 バンッと机を叩く。

 周囲の目も集まる事になったが仕方ない。


 セリスはようやく話すのを止めてハッと顔を上げる。

 その目は、普段の自信に満ち溢れたセリスとはあまりにもかけ離れていて、まるで迷子になってしまった子供のような弱々しさを感じさせる。

 そんなセリスの目が合い少しだけ怯んでしまった。


「………セリス、場所を移しましょ。

 その話、ちゃんと聞いてあげますので。

 ごめんターニャ、私先に戻ります」


「……分かった」


 真剣な表情で頷くターニャを確認してからセリスの手を握り席を無理矢理立たせる。


 握ったセリスの手から私の手を通じて伝わってくるその魔力は狂ってしまいそうな程に強い不安を帯びていて、とても弱々しかった。


 私はドリーミーであり、ドリーミーが魔族と呼ばれた最大の由縁は魔力に対して異常なまでに深い理解力を有しているから。


 私がセリスの魔力は暖かいと評価をするのはこの察知能力によるもので、実際にセリスの魔力は側にいるだけで暖かく、絶対と言いたげな自信を感じさせてくれる。

 それがあるからこそ強い安心感を感じさせてくれる。


 この種族としての特性があったから短時間でこれ程セリスの事を好きになれたのだと自覚してる。


 だからこそ、セリスがどれだけ真剣に私と向き合おうと決めたか分かった。

 だからそこ、今セリスが押し潰されそうになっている気持ちに同調して私も押し潰されそうな不安に呑まれかけている。


 セリスは、ドリーミーだからと私が差別された事に冷静でいながらも煮えくり返りそうな程怒ってくれた。

 ドリーミーだと知っても私とちゃんと目を合わせて話てくれて、理解しようと考えてくれた。

 セリスのそのどれもを私はちゃんと理解していて、だから私もセリスの気持ちに答えようと、この人と真剣に友達になろうと考えた。


 だというのに今この手を通じて帽子の中の羽が敏感に感じとるのは、どうしようもない程の不安……


 ついさっきまで祭りの中に居たのに気が付けば真っ暗な墓地に一人立たずんでいる。そんなような……


 恐怖すら感じてくる説明のできない不安。


 どうしようもなく理不尽で気が狂いそうな程の不安をセリスから感じ取れてしまった。それを無視なんて私にはできません。


「メリル、ちょっと待っておくれ。

 ごめんね、少し変な方に考えが向いただけだからもう大丈夫だよ?

 だからもう良いから……ね?」


「良くなんてありません!」


 セリスは笑顔を見せているし身に纏う魔力も普段と変わらないものに戻っている。

 不安などと言う言葉とは無縁そうな安心感のある魔力。

 それでも良い訳がありません。


 人通りの少ない路地に入りセリスに向き合う。

 セリスはとても驚いた顔をしているけれど、目を反らしたりせず私を気遣うように手を伸ばしてくる。


「……メリル、どうしたんだい?

 何故泣いているんだい?

 何か気付かないうちに気にさわるような事をしてしまったのかい?ごめんね。その……泣かないでおくれ」


 セリスに言われ、自分が涙を流している事に気が付いた。


 セリスは私の頬に触れて涙を拭おうとしてくれます。


 その手から感じる魔力は先程とは毛色が全く違う不安。


 言ってしまえば普通の不安です。


 たぶん……私に嫌われたくないけど答えが出ないとかそんな所だと思います。


「セリス、私はドリーミーです。

 ドリーミーは前に魔族と呼ばれていたと話しましたよね?

 魔族と呼ばれていた理由は魔力への理解力の高さです。

 この羽は、私の知る何よりも敏感に魔力の状態を教えてくれます」


 私はたぶん、初めて本気で。

 今やっと、自分から誰かと仲良くなりたいと思っている。

 前からセリスに対してそういう気持ちはあったけれど、その時はあまりにも軽い、ただ考えとしてあっただけで、これ程強く仲良くなりたいなんて思っていなかった。

 たぶん……こういうのを1つの覚悟というのだと思います。


 ターニャの時は……向こうから近づいてきて私を支えてくれた友達。

 やはり私からと言うのは初めての事です。


 だからこそ不安になる。


 私は帽子を外して、嫌われる事も覚悟で口を開く


「私は……セリスが、その……どれだけ不安なのか、魔力を通じて分かってしまうんです……不安な気持ちを感知して私も不安になって……それで泣いてしまって……気持ち悪いですよね……私も……この力は気持ち悪いと思います…………」


 私は不安に押し潰されそうになり、最後の方は声がとても小さくなってしまった。

 けれど、ちゃんと言葉として伝えられた。


 私が何で泣いたのか、これだけ言えばセリスなら分かる。

 私以上にセリスの方が良く分かる。

 これは私じゃなくて、セリスの感情だから……


「……そんな訳がないだろう。

 仮に気持ち悪いなんて思う奴がいるのなら、ソイツが考えている事が気持ち悪いからメリルに擦り付けて言い訳しているんだろ?

 その行動事態は大人だからこそする事なんだと思うけど、私はその行動の方が恥ずかしいと思う」


「うん、薄々セリスはそういう人だって気がついてた」


「ん……それってどういう意味かな?」


「だって……」


 もしかしなくてもセリスって愉快犯みたいな事を嬉々としてするでしょ?

「これが覇王だ」とか高笑いしながら。

 だからそんな影から悪口みたいなのとか、責任転嫁とか嫌いそうですよね。

 と言おうとしたけど頭を振り、止めることにしました。


「……なんでもない。

 それよりセリス、前に私の事知りたいと言いましたよね?

 私もセリスの事沢山知りたいです。

 旅の間にという話でしたが、私はもっと早く知りたいです。

 セリスの言った彼等というのがどういう人で、セリスが何を思っていたか、沢山教えてほしいです」


 セリスは苦笑して「つまらない話だよ」と言うので「私の方がつまらないと思いますよ?」と返す。


「……分かった。私もメリルの事を沢山知りたい」


「ん……それでは宿に戻りましょう」


 私は強く、強くセリスの手を握りしめ、セリスも私の思いに答えるよう、強く手を握り返してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る