魔法契約


「メリル!」


「え?」

「おおっと」


 背後からした大声に私が振り向くとターニャは腰の剣に手をかけとても怖い顔をしていた。


「いや~、まさかナイフを首に当てられてたのに振り向くなんて、君は命知らずなのかなぁ~」


「え……」


 おどけたような口調で話す銀髪の魔法使いの方を見れば、軽い調子でナイフを手の平で回していた。


 その様子を見て思わず自分の首に手をあてる。

 さっき首筋に感じた冷たいものはもしかして……

 そこまで思い至ってしまうと血の気が退いていく感じがした。


「ところで、すまないが今さっき魔法を使ったばかりでね。

 最初の方に何を言ったのか分かっていなんだよね。

 もう一度言ってくれないかい?」


「何訳の分からない事を!

 メリルから離れろ!」


「ふ~ん、メリルくん……いや、メリルちゃんだよね」


「え、あ……はい、よく分かりましたね。

 こんな格好ですが……私は女です。

 女性だけの旅は色々危険なので……」


「そうかい、ごめんね」


 と、彼女は人懐っこい笑みを浮かべつつナイフを仕舞い言葉を続ける。


「私はセリス・アルバーン。セリスで良いからね。

 言葉を聞けば分かると思うけど私は遠い国から初めてこの地へやってきたばかりでね、何も告げず近づいてくるものだから警戒していたが……ナイフを突き付けられた時の反応からしてどうも盗賊じゃないみたいだって分かったよ。

 だからすまなかったね、許してくれないかな?」


 言われて気が付いた。セリスさんの言うように耳から聞こえる言葉は聞いたことの無い言語だ。

 だというのに不思議と理解できている。


 そして、セリスさんの魔法を通して彼女の感情が伝わってくる。

 本当に申し訳ないと思っている。

 反省や後悔をしている時に感じるのと似た魔力を強く感じる。


「………?」


 だけど私は不思議とその感情の中に違和感を感じた気がした。


「あ……こちらこそ、そう言う気が回らなくてすみません」


 ただ、その違和感は敵意ではない事だけは分かる。


「それじゃお互い様って事で」


 ニッ、とまるで猫のような笑みを向け、内心ではホッと安堵の息を吐いている。

 商談の最中に何十、何百と関知してきた感情の変化だけあって安堵による魔力変化は絶対に外さない自信がある。


「おい!良いのかメリル!」


「良いも悪いも殺す気であれば私はもう死んでますよ」


「そうかもしれないが……」


 それに、何となくセリスさんは憎めない感じの雰囲気をしている。


「色々話す事もあるだろうけど、とりあえず火を起こすとしようかね」


「……え?」


 セリスさんが軽く腕を振ると再び火を灯した。


「無詠唱だと……?」


 詠唱の部分省略なら珍しくもないけど、無詠唱で、それもここまで自然に魔法が使えるものなのでしょうか?


 それに、私の羽が微かに魔力の変動を関知できた時には魔法が発動していた。


「へぇ、すごいね」


 私の全身がビクリと跳ねた。

 焚き火へと目を向けた一瞬で音も無く背後に回り込まれていて、首筋を指で撫でられるまで全く気がつかなかった。


「フフ、まさか私の魔法が出る前に気付けるなんて誇って良いよ、メリルちゃん」


 楽しそうにクックッと笑いながら帽子を外して腰をつける。


「……どうしたんだい?そんなボーっと突っ立って。座らないのかい?」


 セリスさんの言葉を聞いてようやく硬直がとけてターニャの様子を確認する。

 うん、分かってたけどすごく不機嫌そう。

 護衛対象で友達の私が危険な目に遭ったのですから当然ですね。

 たぶん一番は実力のある冒険者としてのプライド的に………


 なら……私から座るしかないか。


 ターニャの仕事を気遣って焚き火を挟んで前にセリスさんが来るようにすれば間にターニャが来るからたぶん護りやすいですよね?


「えっと……改めまして私はメリル・ダンウィルと言いまして行商人をしています。

 彼女はターニャ・ルキンシス。

 私の護衛をしてくれている冒険者で、私達はフォンドの町へ岩塩と釘を売りに行く途中です」


「メリルちゃんにターニャちゃんね。覚えた」


「……それよりあんた何者だよ。

 何でこんなところに一人で居るんだよ、何が目的だ」


「ちょっとターニャ!」


「フフフフフ、いや大丈夫、私はこれくらいハッキリしてる奴は嫌いじゃないから」


 うぅ……さっきのはお互い様って事で解決したじゃないですか。

 ここまで露骨に嫌って質問するなんて普通なら嫌な思いさせるだけですよ。


 でも、セリスさんから感じる感情は楽しいというもので私は心の中でホッと胸を撫で下ろす。


「う~ん……そうだな~……私が何者かね~…………覇王かな?」


「……ふざけてんの?」


「ま、まあまあ」


「フフフフ、ジョークの通じない奴だね。

 さっきも言ったが私の名前はセリス・アルバーン、ヒューマンの冒険者……なんだけど、この冒険者ライセンスを見てくれないかい?」


 パチンと指を鳴らし、気が付けばセリスの指に長方形の鉄のプレートが挟まれていた。

 なんだろう、セリスさんさっきからしてることが魔法使いじゃなくて奇術師のようなんですけど……


 なんかもやもやした気持ちでプレートを受け取る。


「……見たこと無い言語ですね。ターニャはこれ読める?」


「あ?………駄目だ、分かんねぇ」


「とまあ、かなり遠くから来てそのライセンスは効力を発揮しないからこの国では何の組織にも所属してない……だけなら良かったんだけど身分証はそれしか無いから町に入れるかも怪しいんだよねぇ。

 それ以前にここらに来たのは初めてでね、ここ数日道に迷ってるし人生にも迷ってる状態になってて困ったものだクククッハハハハハハハ!!!」


 ヤレヤレと困ったものだとポーズで愚痴を言ったと思ったら片手で顔を抑えて演劇の悪役がしそうな高笑いをしだした。

 やっぱりセリスさんって奇術師か何かじゃないんですか?


「……馬鹿じゃないの?」


「ん?馬鹿に決まってるだろ?今更気が付いたのか?馬鹿じゃないの?」


「あ?」


「まあまあまあまあ落ち着いてターニャ!」


 私がターニャを抑えている間にもクックと笑う。


 かと思えばスッとセリスさんから笑みが消え、また違う色の笑みを浮かべる。


「冗談は置いといて、利口な奴は御偉いさんに尻尾振って今頃裕福に暮らしてるだろうさ。

 好き好んで旅をする奴はみんな大馬鹿だよ、覚えておきな」


 急に真面目なトーンで正論を言われ、ターニャも怯んだ様子で下がった。

 普段のターニャならこんな事じゃ怒らない。

 セリスさん絶対分かって怒らせてからかっているでしょこれ………


「話を戻す事になるのだが、そんな訳で二人に頼みがあるんだが良いかな?当然礼は出すよ」

「私は嫌だ!」


 即答って……怒らせたセリスさんにも問題ありますけど。


「ターニャ、話聞くだけでも良いんじゃないかな?ねっ?」


 たぶんターニャが断る事も私がこう言う事も計算してるんだろうなと思いながらも私は興味を抱いている。


 奇術のようだったけどセリスさんの使っていたのは間違いなく魔法。

 あんな高度な事を呼吸するかのように自然にやってのける大魔法使いを私は見たことがない。

 そんな魔法使いがお礼をしてくれるなんて言うなら興味が湧くのは当然ですよね。


 ターニャも納得はしていない様子ですが、「聞くだけなら」と言い話を聞く体制に入ってくれました。


「まず初めに、このお願いは出会ったモノにしていることなんだが……と言っても今回で2回目だけどね。

 私のお願いは二つ。

 一つ、町や村に入って身分証を発行するのを手伝ってほしい。

 二つ、私が物を売る手伝いをしてほしい。

 一つ目は言葉通り身分を明かす為のちゃんとした証明書を手に入れられたらそれで良い。

 二つ目は私が買い叩かれたりしないよう物価などを簡単に説明してくれるのも『物を売る手伝い』の中に含まれている。

 このお願いを聞いて成功した場合は私が物を売って得た金額の2割は払おうと思っている。

 割り切れない分はそちらに渡すよ」


 2割……身分証発行すると言えば冒険者に登録させるのが手っ取り早いですが登録料を考えると………

 いや、しかしこの魔法使いが売る物となるとマジックアイテム?

 だとしたら2割でも十分すぎる気も………


「なるほど……しかし何を売るつもりなのでしょうか?

 二つ目は聞き入れる程の利益が出るのでしょうか?」


 ですがセリスさんの身振りからしてふっかけても問題ないでしょうから不快にならない程度に強気で攻めましょう。


「う~ん……物価が分からないからそう言われると参るんだけどねぇ………」


 腕を組み悩んだ風に言うくせに、次には猫のような笑みでニッと笑う。


「そうだね、こう言うのはどうだい?」


 取り出したのは鉄の棒……インゴットのようですね。

 インゴットに触れた時、私の体を巡る魔力がそのインゴットに繋がったかのような感覚を感じました。


「これは……もしかしてミスリルですか?」


「よく分かったね、大した目利きだよ」


「なっ!?」


 目利きと言いますか、種族特有?

 この辺は私がドリーミーだから分かったのが強いですね。


「お前……こんな高価な物を何処からか盗んできたんだよ……」


 気持ちは分かりますよ。

 ですがさっきから失礼すぎます。

 セリスさんが楽しんでますから良いですが、戦闘になればこの人にはたぶん勝てそうにありませんよ?


「ん?人聞きが悪いね、メリルちゃんもそう思うかい?」


「私は……」


 ターニャの気持ちも分かりますし、正直信じられないけど……

 こうやって実際に手にしてるんだからありえると認めるしか無さそうですね。


「このインゴットには国や教会、ギルドなんかの印が付いていませんので窃盗の可能性はかなり低いかと思います。

 他の金属ならともかくミスリルを加工するにはそれだけしっかりとした設備を用意しなければできませんから。

 そうですよね?セリスさん」


「フフフ、さあ?どうだろうね?

 もしかしたらお友達の言う通り盗んだ物かもしれないよ?」


「何でそんな嬉しそうに自分を追い込んでるんですか……」


 セリスさんは猫のような笑みでべっと舌を出しておどけたように私の言葉を否定するような事を言い出した。

 そんな事してなんの特も無いだろうに……


 呆れつつもセリスさんから漏れ出る柔らかな魔力を感じ、何となく私も楽しくなってきました。


「とはいえ、ミスリルは窃盗を疑われるのか。

 また一つ賢くなれたよ。なら他の物を売るとしようかね」


「他にもあるのですね、何を売るつもりなのでしょうか?」


「だぁ~め、教えてあげません」


「ふふ。あっ……」


 指を口元に近付けてバッテンを作るセリスの子供のような仕草につい声が漏れてしまい慌てて口を抑え真面目な表情を作る。


 けど少し遅かった。セリスさんはより笑みを深めて楽しそうに、言葉を転がすような調子で語りだす。


「ここからはちゃんと契約した協力者でなきゃお教えられないかな~。

 今の様子なら私と組めばそれなりの利益があると理解してもらえたようだしね~。

 だからここからは契約の話に入ろうか。

 とりあえずこれを読んで見ておくれ」


 セリスさんが2つの羊皮紙を出現させて1つを私に渡す。


 今まで楽しい雰囲気をしていたセリスさんの魔力が急に色を変え、重々しいものになり緊張が走る。

 若干震えていると自覚しつつ羊皮紙を広げ内容に目を通していく。


「……なんでしょうこれ。

 不思議ですね……見たこと無い言語で書かれてるのに内容を理解できます」


「そう言う魔法だからねぇ」


 セリスさんの言葉を耳にしながら羊皮紙の内容を読んでいく。


 セリス・アルバーンとの契約


 1、汝は術者の売買を安定化させる為に如何なる手段を使おうとも成功させる事が義務付けられる。

 1度この義務を全うされた場合この義務は無効となる。


 2、術者は万が一にも汝が1を失敗させぬよう、契約が続く限り如何なる事態からも汝の命を守る事が義務付けられる。


 3、売買が成功した場合術者は汝にその利益の2割を5時間以内に差し出す事が義務付けられる。

 利益を差し出した時点で3の契約は破棄される。


 4、契約が持続する限り双方は互いに対しこの契約に関わる嘘を付いてはならない事が義務付けられるが、契約成立後120時間後に4の契約は自動的に破棄される。


 5、双方が契約は完遂されたと認めればこの契約書に記された全ての契約は即座に破棄される。


 6、術者の望む新な身分証を手に入れた場合6の契約は破棄される。


 7、術者が望む新な身分証を入手できず、契約を完遂されなくとも契約成立後720時間後全ての契約は自動的に破棄される。


 8、双方のどちらかが上記の契約による義務を放棄した場合、その者の命は即座に奪われる。


「……命を?え……なんですかこれ?」


「私は種族魔法使いだからねぇ……って、あぁ。

 なるほど、そういうことね。

 二人とも、契約書にサインする云々の前に魔法使いの価値観をどこまで理解している?」


「魔法使いの価値観ですか?」


 というより種族魔法使い?職業魔法使いの言い間違え?

 ……っていう雰囲気じゃ無さそうですね。


 う~ん……完全に専門外ですし魔法使いとパーティ組む事もあるターニャなら………あ、駄目そうですね。


「その様子じゃ知らないようだね。

 二人は親しい関係のようだけど、剣士の価値観と商人の価値観はそれぞれ違う事くらい理解できているだろう?

 それと同じで魔法使いの価値観も違う」


 セリスさんがいきなり立ち上がり、魔法を使うとクリスタルの立派な椅子が出現し足を組んで座る。


「一流の商人にとって利益とは命よりも重い。

 目先の数億などと言う小さな利益より未来のより大きな利益に投資し、時に自らの命も掛け金とするのは当然のこと」


 言葉を言い終え片手を大きく挙げると、どこから落ちてきたのか、大剣を掴み振るい、ザンッ!……と、音がするほど強い力で剣を地面へと突き刺す。


「一流の剣士にとって己のプライドは命よりも重い!」


 堂々とした佇まいで声を発すると、背後の椅子が真っ二つへと遅れて裂けていく。


「己が研ぎ澄まし続けた力と技を何よりも誇り、たとえ勝てぬと確信できる戦いを前にしようとも、己の剣の如く固く鋭いそのプライドは命が尽きようとも折れる事はない!」


 突き刺していた剣の輪郭がボヤけ、気が付けば杖になっていた。

 その杖に腰をかけたセリスさんが浮かび上がっていく。


「それでは、一流の魔法使い、魔法使いにとって命より重いものとは何か?」


 猫のような笑みを浮かべそう聞いてくる。

 けれど返事は求めてないのか先に答えを口にしだす。


「それは契約だ。

 魔法使いにとって契約は絶対。

 何故なら魔の深淵を覗くには何かしらの契約を通さねばならないからだ。

 契約を破ると言う事は魔に呑み込まれるも同意義。

 この世の裏には最早恐怖など忘れてしまう程の恐怖があり、それを契約と言う鎖を使い、より深くまでのぞきこむ存在が種族魔法使いだ。

 例えどんな些細な契約だろうが契約を甘んじる者は魔法使い足り得ない。

 故に魔法使いにとっての契約は絶対」


 杖から飛び下り地に足を着ける瞬間風の魔法でフワッと減速し元居た場所に座り直した。


「そんな訳で私は契約に関しては魔法使いの誇りに掛けて嘘は付かないよ。

 ただ、今回はメリルちゃんを引っ掻ける事で私にも損失が出るだろうから教えるけど、契約に対して嘘は言わないが本当の事を言わないのも魔法使いにとって当たり前だから覚えておきなさいな」


「つまり……今回の契約も言ってない事があると言うことですか?」


「ええ、全部は話してないよ」


「セリスさんだけが得して私が不公平になるなんて事ありませんよね?」


「いや~……それは現在進行形で不平等になっているとしか言えないかな」


「現在進行形で……?」


「そうさ、だからこそサービスとして魔女の価値観を商人や剣士の価値観と比例して教えてあげたんじゃないか。

 この考え方は私ら魔女より商人寄りの損得だと思うけどね」


 商人寄り……商人……………


「……もしかして情報ですか?」


「おお、気づいた。メリルちゃんは察しが良いね~。

 君はなんで行商人なんてしてるのか分からないくらい察しが良い」


「……聞きたい事が沢山できました、聞いたら答えてもらえるんですよね?」


「契約に関係する事ならば全て」


 その後私は二時間程質問を続け、契約を結んだ時の利益とリスクを天秤にかけ承諾する事にした。

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