第5話 お手製

 愕然とした泉はワーズの顔をまじまじと見つめ、わななきそうな唇で問いを口にする。

「わ、ワーズさん…………サイズは、どうやって……?」

 搾り出した声は上擦り震えていた。

 最悪、意識のない時に――と、本当に最悪な場面を思い浮かべていれば、いつものへらりとした笑みを取り戻した男は、立ち上がるなり黒いコートから一枚の紙片を取り出した。

「ああ、君が昨日不幸にも遭遇した変態中年からこの紙を」

 言い終わりを待たず、白い紙を引ったくる。

 と同時に、覗かれぬようワーズへ背を向けては、震える手で広げた。

 目の前で行われていたやり取りが、まさかそんな……。

「目測りだから正確じゃないかもしれないけど、大体合ってたみたいだね」

 大体どころの騒ぎではない。

 紙には何から何までピッタリな数値が書かれていた。

 数字だけは泉にも分かる算用数字が使われているだとか、そんなことにも気が回らなくなるくらい、衝撃的な羅列だ。

 一つ、難があるなら、それは――――

「うそ……増えてる……」

 若干であろうと、乙女の大敵の増した数値に青筋と汗が浮かんだ。

「目測りだから少しの狂いは仕方ないよ。でも、これのお陰でクァンに色々使いっ走り頼めたんだから、あの変態もたまには役に立つよね」

 確かにお陰かもしれないが、友人にだって知られたくない、目測りとはいえ正確なサイズを、性癖はさておき中年男に知られるとは。

 と、ここで「いや、でも」と思い直す。

 ワーズがクァンの持ってきた物を買ってきたら、ショックは更に大きかったはずだ。

 それこそ本当に死にたくなるだろう。

 そっと、緩くもきつくもない服に触れる。かなり良い素材が使われており、着心地も良い。これは、仕方ないと諦めるべきかもしれない。

 しかし、ここでふともう一つ、重大な疑問が浮かんできた。

「あのぉ、ワーズさん……? この紙の内容、見ていませんよね?」

 一瞬、何を言われたのか判らない、きょとんとした顔になるワーズ。

 しかしてすぐに得心いったなら、血の赤さを見せて軽やかに笑う。

「もちろん」

「良かった、そうですよね、もちろんですよね」

 変わらぬふらふらした様子に、自分の失態を知って泉は顔を赤くする。

 ――が。

「だって見ないと作れないからね、服」

(て、手製!?)

 二重の衝撃に眩暈を覚える泉へ、ワーズは満足そうに笑いかける。その、他意のない、もちろん悪意もない笑顔に、しかし泉は余計気恥ずかしさを覚えて叫んだ。

「ふ、服くらい、自分で買ってきます!!」

 半ば悲鳴に近い声に対し、ワーズは笑顔から一転、少し困ったような顔をした。

「試着室とか密室で一人になったら、命の補償がないんだよ? 鏡の裏に引き摺りこまれる、なんて良く聞く話だね」

「うう……じゃあ制服で我慢します!」

 ずっと着続けているのを想像しては鳥肌が立つが、こうなるとほとんど意地だ。

 デザイン云々に文句はない。替えの服があるだけでもありがたい。

 ありがたいが――目の前の男が、己のサイズが事細かに書かれた紙片と、睨めっこしながら作り上げた服なんて!

 だが、泉の恨み混じりの訴えに、ワーズは更に眉根を寄せて言った。

「露出が多い服はね、危険を誘うんだよ? ここでは特に、ね」

「…………」

 ワーズの言葉に、昨日の男たちの姿が過る。

 意図的に濁しているのか、それとも一般論として語っているのかは分からないが、ワーズの言いたいことは、つまりはそういうことなのだろう。

 知らず忘れかけていた怖気に、泉の身体が一度震えたなら、少し寂しそうに笑ってワーズは続けた。

「ボクが作った服が気に入らないならゴメンね。でも、君の身を守るためなんだ」

 ワーズの殊勝な言葉に、泉は自然と申し訳ない気分になった。

(……そうよね。わざわざ作ってくれたのに、私ったらなんて失礼なことを)

 第一、服をそのまま買うにしても、この服の生地にしても、掛かる費用は馬鹿にならない。あの下着類とて、言うなればワーズの好意で用意されたものであって、泉は一銭も出していないのだ。仮に持ち合わせが潤沢だろうと、未だによく分からない場所なのだから、通貨が違う可能性は極めて高い。

 恥ずかしいという理由だけで、ずいぶん図々しいことを言ってしまった。

「ワーズさん、ごめんなさ――」

「それにデザインなら他にもあるよ! 色とりどりで、寝間着もエプロンもほらこの通り!」

 反省した途端、これである。

 わんさかワーズがどこからか出してきた服たちに、泉は察して嘆息した。 


 この人、趣味で作っているだけなんだ、と。

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