第7話 店主の接客術

 白い上着と濃紺の袴を身につけた史歩は、なるほどワーズの言う通り美人であった。

 ただし、全体的に荒くれ者の空気がついて回る。

 艶のある黒髪は襟足から切られており、しかも乱切り状態とでも言うべきか、切り口が一定していない。まるで、邪魔になったところを刃物でただ削いだような髪型だ。目元は単体であればたおやかな黒い瞳なのだろうが、終始釣り上がった眉と刃と評して余りある眼光の鋭さが、近寄りがたい雰囲気を作り上げている。

 加えて、姿勢の正しさに反し、横にした片足を椅子に乗せ、左手は常に刀を掴んだまま、据わった眼で湯呑みを口にする様は、時代劇の狼藉者を彷彿とさせた。

 湯呑みの中身がお茶と知っていても、気安く声を掛けられる人種ではない。

 そんな風に泉が思っていれば、飲み終わったと思しき湯呑みを食卓へ乱暴に打ちつけた史歩が、考えに耽っていた顔をソファに向けては目を剥いた。心底驚いた面持ちで固まった姿は、すぐさま動きを取り戻すなり、台所に身を寄せる泉を凝視する。ついついワーズを盾にした泉は、軽く唸る声が「いつの間に……」と呟いたのを聞いた。

 どうやら考えに没頭するあまり、周りが見えていなかったらしい。

 バツの悪そうな顔をした史歩は、これを払拭するようにぶっきらぼうに言った。

「飯」

「へ?」

「飯だ飯、昼飯! 食べないのか?」

「え、でも、さっき朝ご飯食べたばかり――」

「ん? そういえば、もうそんな時間だねぇ」

 自分より多く食したワーズの、呑気な言に主張を掻き消され、泉はおもむろに腹へ手を当てた。ソファに腰を下ろした時とは違い、食後の感覚が綺麗さっぱり消えている。

(さっき食べたばっかりなのに)

 そんなに食い意地が張っていたかと半ば呆然としてしまう泉。

 すると史歩が、黒髪をがしがし掻いて言う。

「お前……まだ感覚が慣れてないんだな」

「感覚?」

「そうだ。奇人街の陽は光の変化に乏しいからな。慣れない内はヘタに没頭すると時間の感覚を失う。だから来た当初や、繊細過ぎる奴だと、身体は空腹を訴えても心がついてこない」


ぐぅ……


 肯定するように腹の音が鳴り、泉は恥ずかしさから顔を赤らめた。

 分かったか、と言わんばかりに鼻を鳴らした史歩は、ワーズへ目を向けた。

「で、飯は?」

「作るよ。……泉嬢が」

「うん? 珍しいな、店主。世話好きのお前が人間に調理させるなんて」

「んー、ボクの選ぶ食材が気に入らないんだって。心配しなくても、美味しいのに」

 ねぇ、と同意を求められた史歩は、どう答えたものか迷ったように頬を掻く。気兼ねなしにワーズへ飯と言うからには、彼の作る物に抵抗はないのだろうが、食材に関しては彼女も思うところがあるらしい。

 とにもかくにも、まずは昼飯と動きかけた泉だが、はたと気付いてはワーズを見やった。

「ええと、神代さんの分も、ですか?」

 目の前でする話ではないと思いつつ、流れで作っても良いのか尋ねると、返事は史歩の方から返ってきた。

「ああ、私の分も頼む。元々そのつもりだったしな。猫があんまりにも懐いてたから、ちょっと我を失ってしまったが」

 たかりに来るのが目的というのも何だが、危うく首を刎ねられそうになったのを“ちょっと”で済ますのも何だ。あれで“ちょっと”なら、本気だとどのくらい凶暴なんだろうか、この少女は。

「それと、私のことは史歩で良いぞ、綾音。苗字で呼ばれるのは慣れてないからな」

「はあ。それなら、私も名前で――」

「いや、いい。私にとってお前は敵だ。馴れ合うつもりなぞない」

 座ったまま、鞘越しに刀の先端を突きつけてくる。敵とはどういう意味か察せずにいると、食卓の上で猫が伸びと欠伸をし、これを横目で捉えた史歩が、泉の存在を忘れて恍惚の表情を浮かべながら、そちらへ熱い視線を注ぎ出す。動物が好きというより、恋い慕うに似た風体に引きつつ、奇人街ではこれも普通なのかもしれないと思い直した。

 それでも、ふと疑問を口にする。

「ワーズさん、猫って雄、ですか?」

「んー……無性だよ。正確には違うけど。まあ、無性だから、史歩嬢の想いも届かない」

「どっちかって言えば、なんだか面倒臭そうですけど」

「だろうね。猫は束縛嫌うから。だから史歩嬢、余計に君が妬ましいんだ。猫が君を気に入ってるからさ」

「はあ……」

 どう考えても恋愛対象になり得ない猫を巡って、恋敵と宣言されても、曖昧な返事しか出てこない。

 カップを回収する黒い背と前足で耳を掻く猫、それをうっとりと見やる袴姿へ溜息をついた泉は、昼飯の用意に取り掛かった。


*  *  *


 大鍋に水を張り、沸騰するまで薬味を作る。

「そうか! 猫はお前の唄と料理につられたんだな!?」

 もう少し、人目を気にした方が良いのかもしれない。

 猫の一挙手一投足に感動していた史歩が、葱モドキを切るリズミカルな音に乗せた鼻唄を聞き、わざわざこちらまで来て断定してきた。

 すぐさま口を閉じ、羞恥からだんまりを決める泉に構わず、、勝手に納得した様子の史歩は、「ならば、私も歌が上手ければ……」と握り拳を作る。

 が、時を要さず項垂れてしまった。

 どうやら歌は苦手らしい。

 意気消沈して去っていく背を見送る暇のない泉は、鼻を啜って涙目を袖で拭った。

 タマネギではなくとも、やたらと多い葱の量は、相応の刺激を与えてきた。

 終えてはそぼろを作る。

 ミンチ状で差し出されたそれは、しつこいくらいワーズに確認し、住人の物ではないとお墨付きを貰った物。肉の全てがイコール住人とならないことに、ほっとした。

 エゴとは知りつつも、やはり言語を操る相手を食したいとは思わない。

 限りなく人に近い姿では、なおさらだ。

 そうこうしている内に沸騰した湯へ、猫を入れても絶対四人分では済まない量の乾麺を投入。自棄気味に、湯に踊る細い麺を掻き混ぜては、溢れそうになるところへ水を入れつつ、シンクに置いたザルへあける。

「ぐっ……ど、ぅりゃっ!!」

 腕が引きつる重さに掛け声で勢いをつけ、襲う蒸気を回避して鍋を置き、すぐさま白く細い麺に水をかけた。水をきり、冷たくなった麺を適当な大きさに丸めて盛りつけ、食卓へと叩きつける。

「そ、素麺です」

「見りゃ分かる」

 ぼそっと吐かれた言葉に睨めば、史歩が目を逸らした。

 幾ら料理が一通り出来出来るとは言っても、一人でこんな量を刻んだり茹でたりしたことなど、ほとんどない。腕だってつりそうなのに、と怒りが込み上げて来る泉だが、史歩の顔がいじけていることに気づいた。

 視線の先には床に下り、皿を咥えて飯を待つ猫の姿。

 気を惹けないのが悔しいらしい。

 溜息も出ず、無言で台所へ戻り、薬味を運ぶ。

 席については額の汗を拭い、猫から皿を受け取ると、薬味をつけた山盛りで戻した。

 途端、殺気立つ眼に怯える気力もない泉。

 ようやく一息ついては、合わせて挨拶。

「「「いただきます」」」

「なぅ」

 さあ食べよう、と思った箸が、隣の黒い姿に気付いて止まった。

 次いで向かいを見れば、史歩が大口を開けて頬張ろうとしているところ。

「なんだ?」

「いや……史歩さん、さっきそっち座ってたじゃないですか。それにそこ、ワーズさんの席なんじゃ……」

 ソファを背にした店に近い空席を指せば、史歩が眉根を寄せる。

「席は決まってないだろう? 私はただ、店主の真正面で飯を喰うのが嫌なだけだ」

 本人を前にして、あんまりな言い草。

 対し、泉の隣へ席の移動を余儀なくされたワーズは、へらへら笑いながら、

「あと、隣も嫌だよね。ふらふら鬱陶しいって」

「そうだな。だが勘違いして貰っては困る。視界に入った時点で、店主は充分、鬱陶しい」

「……なのに、ご飯食べに来たんですか?」

 見目の麗しさそのままに微笑む史歩へ尋ねれば、一転、むすっとした表情になった。自分に話しかけられるのがそこまで気に食わないのかと思うと、少しだけ泣きたくなる。

 と、ワーズの方から凄まじい音が届いた。素麺を啜っているのだと、見るまで判別できないような、形容しがたい耳障りな音をひとしきり立てた後。

「昼飯は目的のついでだよ」

「じゃあ、買い物に?」

「いやいや。泉嬢の様子を見に――」

「店主」

 脅す低い声が史歩から発せられた。

 けれど泉は不思議がり、渋面の史歩に目だけで先を促す。

 様子を見る。つまり、泉がここにいたのを前々から知っていた、ということだろうか。芥屋で目覚めてから袴姿を見た覚えはないため、目覚める前に訪れたと考えられる。

 じーっと口を開くのを待ってみる。

 しかし、逆にじろりと睨むだけで、これ以上話をする気はないようだ。

 沈黙を保ったまま、重苦しく素麺を啜り出すのを見て取り、泉は諦めて自身も食事に専念する。


*  *  *


 最初に茹でた量だけで満腹になった泉と史歩に対し、ワーズと猫は足りなかったらしく、同量の二回目を彼らが平らげ、昼飯は終わりを迎えた。

 後片付けも全て済んだ直後、店側から来訪を告げる声が上がり、面倒臭そうにワーズが出て行く。磨りガラスの戸はその際閉められたため、来訪者の姿は分からない。

 ――が。

「げっ、店主!? じゅ、従業員がいるんじゃないのか?」

「お前に関係ないだろ? ほら、選べ」

 届く声には多分に笑みが含まれているが、客相手とは思えないほど粗雑な受け答え。ガラス越しにも分かるうろたえる気配へ、「遅い」だの、「それは売らない」だの、好き勝手にからかう様が聞こえてきた。

 食後に座るのが習慣づいてしまったソファに腰掛けた泉が、やり取りに唖然としていれば、客が買う物を決めた声が聞こえてきた。

 若干疲労が滲むその声に、殊更楽しげな店主の声が言う。

「じゃ、料金はその腕ね」

「はっ!? ちょ、ちょっと待て!」

「ククク……冗談さ。しめて九千ちょい」

「冗談キツい! 相場の五倍以上じゃねぇか!」

「分かった分かった、じゃあ、手首から先で五千にまけてやるよ」

「っ!……九千、だな。くそっ、足元見やがって!」

「ボクがお前の小汚い足元見ただって? やっぱり一万五千にしようか」

「おい、ふざけるな!? ぶち殺すぞ!?」

「いいけど、踏み倒しは猫を呼ぶよ? 買わないなら別に構わない。ボクとしては大いに結構」

「ぐ……ほらよ、きっちり一万と五千だ!」

「んー、物分り良過ぎて気持ち悪いから、二万に引き上げちゃおうか?」

「勘弁してくれ……クァンの奴……ホラ吹きやがったな」

 仕舞いには泣きそうな声を上げ、ガラス戸向こうの客の影が逃げるように去っていく。

 応対したワーズはふらふらこちらへ戻ると、戸を開けては愉しそうな顔を覗かせ、

「御免よ」

 という新たな声に、へらりとした笑みを固めては、開けたばかりの戸を閉めた。

 途端、磨りガラスの向こう側で展開される、先程と同じやり取り。



「……珍しく盛況だな。クァン、来たんだって?」

 話しかけられて史歩へ視線を移せば、壁を背に、刀を抱えるようにして座る姿に遭遇した。

「はい。昨日ですけど……史歩さん、椅子に座らないんですか?」

「私の居た場所は床に座るのが常識だったからな。椅子やその“そふぁ”とやらは、あまり好かん」

「へぇ……えっ!? 史歩さん、人間だったんですか!?」

「何を今更……おい、ちょっと待て綾音。じゃあ何か? お前、私のことを奇人街の住人と勘違いして?」

 多少なりとも傷ついた視線に、つい目を逸らしてしまう。

 ネコやその他動物を可愛がる人間は分かるが、真剣を振り回して嫉妬の情を呼び起こすほど、強い恋慕を抱く人間は、泉の常識の範疇にはない。奇人街という特殊な場所の、特殊な住人ならあり得ると思っていただけに、珍しいと評される自分と同じ種とは考えていなかった。

 取りなすように愛想笑いを貼り付けた泉は、別の話題を振ることにする。

「じゃ、じゃあ、史歩さんも従業員……だったり?」

 ヘタなはぐらかしにじろりと睨まれはしたものの、それ以上文句もなく、史歩は軽く頷いた。

「そうだ。三日も持たなかったがな」

「三日?」

「ああ。元々接客に向いてないせいもあるが……私が今住んでいる住居の前の住人が、妙な言いがかりをつけて来てな。しかも仕舞いに私を殺そうとしたから――斬った」

「え」

「正当防衛とはいえ、さすがに客を殺した手前、居続ける訳にもいくまい? 丁度、部屋も空いたことだし、引っ越して従業員を辞めたんだ」

 事無げに、もの凄いことを言う。

 明確な殺意を持つ相手に、手加減無用はこの際置いておくとしても、自ら殺めた相手の部屋に居を構えられる神経が信じられない。

 そこで気付いたのは、史歩のいた場所というのが、泉のいた場所と同じではない可能性だった。平行世界――口に出すのも馬鹿らしいが、今現在がそんな状況なのだからあり得ない話ではないだろう。ここまで来ると、実は同年代に見える史歩は、泉の居た場所では過去とされる場所から来た、などと想像が膨らむものの、その根拠となり得そうな袴姿は、泉の知るそれとは少し異なっていた。

 距離を置けば、単なる真っ白な上衣と濃紺の袴だが、近くで見ると奇妙な紋様が純白の中に埋め込まれている。見た印象をそのまま表すならば、鎖。まるで鎧のように刻まれた鎖の模様は、素人目にも異質と分かる代物だ。

 泉のいた場所とは決して相容れない、不可思議な模様に気圧される形で、今度は別の疑問を口にする。どちらかといえば、こちらを先に聞きたかった。

「ええと……じゃあ、あの、ワーズさんて、いつもあんな接客を?」

「ああ。店主は人間以外は嫌いだそうだ。猫は別らしいが……それすら食料として、だ」

 猫と言った眼が不穏に鈍く煌く。

 当の猫は食卓の上で丸くなって寝ている――ようで、その実、時折こちらを見つめていた。

 史歩側では完全に眠っている様子は、どうやらソファで寝そべりたいらしいが、泉を狙う史歩がいるため動けないようだ。たとえ泉が移動した後、猫がソファへ向っても、史歩は気に入らないと喧嘩を吹っ掛けてきそうである。

 それも、即・死が待つような……

 身震いを溜息に変え、

「それなのに、人間の少ないっていう奇人街で店主なんて、よく勤まりますね」

「だろう? そこが不思議なんだよ。奇人街じゃ、一夜で犯罪が軒並み揃うってのに、あの接客態度で死なないばかりか、客を選ぶ割に潰れない。まあ、芥屋の食材は他の食材店とは比べ物にならないくらい美味いから、客もそうそう手放せないだろうが」

「軒並み……盗まれたりはしないんですか?」

「猫がいるからな。盗んだら最後、奇人街じゃ、まず、生きていけないだろう」

 史歩の言葉に一昨日の猫の強さを思い出す。

 確かに戯れの力は、ただ払うだけでも有り余る威力だった。あれに狙われて、生きていくのは難しい。

「へぇ……ご主人思いなんですね、猫って」

「みぃ!」

「はあ!?」

 ぽつりともらした呟きに、寝たフリをしていた猫が頭だけ起き上がらせ、史歩にいたっては立ち上がり恐ろしいモノを見る眼でこちらを見てきた。

 質の悪い冗談を聞かされた二人(?)の様子に、呆気に取られていれば、

「あ、綾音! お前、なんてことを……!」

 摺り足のくせにどしどし足音を立てて近付いた史歩は、泉の両肩を掴んでソファの背に押し付ける。痛くはないが突然のことに戸惑っていると、猫までもが食卓から史歩の肩へへばりつき、抗議の声を上げた。

「にゃー」

「っ! ほ、ほら見ろ! 私がどれだけ愛想を振りまいても、撫でるどころか触れさせてもくれない猫が、こんな風に肩にくっついてくるほど嫌がってるじゃないか!」

 言いつつどこか嬉しそうな顔に、内心で末期だと思う。

「史歩さん、言ってて哀しくありませんか?」

「ぐ……う、うるさい! とにかく取り消せ! 猫は芥屋の猫だが、店主に飼われてる訳ではない! 猫の主人は猫本人だ! あんな得体の知れない、自称・人間の奇怪なぼんくらが猫を飼うなんて、そんな馬鹿げた発想は取り消せ!」

 店主に対する暴言は泉もつい頷いてしまいそうだが、幾らなんでも酷くはないだろうか。泉と同じように別の場所から来たなら、少しくらいは世話になっているはずなのに。

 思い出すのは、複雑な紋様の服を20着作れという話。

 理由も知らず、芥屋にいる現状は納得できないが、それでも居候の身である。

 猫云々は了承しても、店主のために少しは反論しようと開きかけた口は、しかし。 


「ざけんじゃないよ、こんのっっ糞ガキっ!!」 


 瞬間、真っ赤に染まったガラス戸向こうに、ぴったり閉ざされてしまった。

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