『パレット』二次創作

ななみの

わたしのだいすきな

「ん、夏菜目覚ましたか」


 仰向けのまま視線だけを向ける。聞いた声のまま、優しい声音の元ちゃんだった。


「熱出したって聞いたからよ。夏菜大丈夫なのか?」

「う、うん。へいき」

「あー、ダメだダメだ。起きるなって。まだ顔赤いぞ」


 起き上がろうとする私を元ちゃんが制止した。そのままそっと布団をかけてくれる。

 よく見てみると、元ちゃんの顔にはちょっと砂がついてる。さっきのさっきまでサッカーしてたのかな。ジャージ姿だし。シャワーも浴びずにそのまま急いで来てくれたのかな。だったらちょっと嬉しいかも。

 そこまで考えたあたりでまたぼーっとしてくる。なんだか頭の中がすっごい熱い。また熱が上がっちゃったのかな……。さっき計った時は37度近くまで下がってきてたはずなんだけど。


「眠れねえか?」

「ん、そういうわけじゃないんだけど。でも元ちゃんが来てくれたから」

「あー、そっか。なら、俺帰った方が寝れるか?」

 

 ちょっと考えようとして、でもすぐに答えが出る。多分それは考えるまでもないことだったみたい。


「かえらないで」

「わかった。夏菜が寝るまでな。ちゃんといるからな」

「うん」


 あぐらをかいて座り込んでる元ちゃんと目が合う。いつもは誰よりも騒がしくて、名前負けしないくらい元気で、底なしに明るい元ちゃんだけど、時たまこうして元ちゃんの甘優しい瞳を覗くことがある。そういう瞬間は何かを独り占めしているような気がして、少し心が痛む反面、なんだか胸が暖かくなる気もする。ちょっとだけ、不思議なおとこのこだと思う。


「元ちゃん」

「なんだ」

「元ちゃん、どこもいかない?」

「行かねえよ。夏菜が寝るまではここにちゃんといるし。明日も明後日も、来年も再来年もちゃんといるよ」

「そっか、ふふっ」

「なんかおかしいとこあったか?」

「いや、なんか……うれしくて」

「そこまで言われるなら、俺も飛んできたかいがあったもんよ」

「え? 元ちゃんお空飛んできたの……? ……ほうき?」

「だー、ちげえって。流石にまだ空は飛べねえよ。いずれは空くらい飛んでやるつもりだけどな」

「そ、そうだよね。元ちゃんお空飛べないもんね……って、いつかは飛んでっちゃうの?!」

「おう、そうだぞ。夏菜も一緒に飛ぶか?」

「私は……無理だよ。元ちゃんならできるかもしれないけど」

「そうかなあ。夏菜でもできると思うけどなあ…………って、こんな話してる間に熱上がったか夏菜?」


 あぐらから身を乗り出して、私の前髪をかきあげる元ちゃん。そのままおでことおでこがぴたんとひっつく。

 ……元ちゃんの顔が目の前にあるのがすごくこそばゆい。なんか恥ずかしい……。


「やっぱまだ熱いなあ」

「そ、そう」

「そうだそうだ。寝た寝た。寝れば大抵よくなるからな、な?」

「うん、わかった」


 元ちゃんの息が顔にかかりそうな距離、あの距離感が頭から離れてくれない。もしかしたら熱上がっちゃったかも……

 頭も熱いし、心臓もどくんどくんいってる。けど、あれだけ突然顔が迫ってきたら、誰だってびっくりする……するよね? 私だけなのかな。

 それでも、時々びっくりさせてくるおとこのこだけど、それでも隣にいると落ち着くし、近くにいるとぽかぽかするから。


「ねえねえ、元ちゃん」

「おう、なんだ」

「はい」

「ん、手がどうかしたか? 何も持ってねえじゃん」

「にぎって」

「別にいいけど。これで最後だぞ? ちゃんと寝るの約束できるか?」

「うん。する」

「よし、わかった」


 布団からごそっと出した右手を、そっと包んでくれる左手。外はもっと寒いからなのか、だから元ちゃんの指はちょっと冷たい。

 外は寒かったのかな。なんて聞こうとして、やっぱり止めた。寝るって約束だもんね。私が寝ないと元ちゃんが安心できないし、どこにも行けないだろうし。

 でも、もし私がねむったら、元ちゃんは遠くに行っちゃうのかな。お空とか……はないかもしれないけど。

 だったらこのまま起きてたらずっと元ちゃんと一緒かな、とまたもや自分の中の悪魔が出てくる。だめだめ、約束は約束だし。

 それに、元ちゃんはどこにもいかないって約束してくれたから。私が約束を守れば元ちゃんも約束を守ってくれる。ずっと元ちゃんはそばにいてくれる。だって、元ちゃんだもん。

 安心した途端、なんだか眠くなってきちゃった。

 

 おやすみ元ちゃん。またね。



***


「…………ん」

「おう、夏菜起きたか。珍しいな、夏菜が学校で寝てるなんてよ」

「……う、ん。そうかも」

「夜遅かったのか?」

「そういうことでもないけど」


 夢、だったみたい。もう何年も前の昔話。いくつの時だったかも今や朧気な記憶。

 夢だけど、夢じゃないみたいだった。だって、指の感覚があんなにもリアルだったから。だから。


「元ちゃんは元ちゃんだね」

「お、おう。俺は俺だぞ?」

「うん、そういう約束だもんね」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもないよ!」


 このタイミングで思い出したのは、多分あの時と寸分違わぬ気持ちを今も持ち続けてるから。むしろ、今の方がどんどん強くなってるから。

 そして、今もそんな気持ちでいられるのは元ちゃんがちゃんとそばにいてくれるから。


 朗らかに笑う元ちゃんの顔をちらりと見て、それからまた机に顔をうずめた。

 今年でちゃんと伝えるって決めたもん。だから、今更うじうじ考えたりとかしないもん。

 それでも、それでも今くらいは。


 あったかくてなつかしい想い出を抱きしめてもいいよね。


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