4章 三ツ世善悠の休日(2)

 張られている、と思ったのは早朝五時前のことだ。

 早くも蝉の鳴き出す夏の朝、昨日の夕方に休業予告を貼り出したドアを開け、自宅兼事務所からのそりと出ようとした瞬間に察知した。

 一瞬迷いはしたが動きは止めず、そのまま何事もなかったかのように外に出て一度伸びをする。

 肩の緊張をほぐしながら、ゼンユーはどうしたものかと思いを巡らせた。

 彼が経営する賃貸物件稲荷町ミッセは、一階部分を大家であるゼンユーが使っている。三分の二は共用部分としてエレベーターや集合ポストが占めている上、事務所の半分も管理人室として使っているため、実質的には半分ほどの面積だけを専有している。

 自宅と事務所と管理人室を一体にして使っているため、外へ通じる出口は一つ。さっき出てきたこのドアだけだ。分かりやすく休業予告を貼っていたのもあって、完全に囲まれていた。

 わざとらしくゆっくりと背中を伸ばし、左右にストレッチをして考える時間を作る。

 そして右に二歩、戻ってきて左斜め前に五歩進み、探偵気取りの坊を二人、捕まえた。

「早起きだなマナカナ、俺をつけようだなんて十年早いわ」

 隠れきれていない物陰からつまみ出されたのは真人まなと奏人かなと、一卵性双子の小学三年生である。

 稲荷町ミッセの四階に暮らす母子家庭のやんちゃキッズ。名前の読みと双子であることから、某タレントと同じ愛称で呼ばれているが、二人はそれが気に入らない。

「マナカナってよぶな、ゼンユー!」

「そうだぞ、ゼンユー!」

 わざわざ買ってもらったのかサングラスにマスクをして、双眼鏡やら虫取り網やら色々とリュックからはみ出させている。

「どうしたんだお前ら、なんの用だ?」

 大体意味は分かるのだがあえて聞いてやれば、マナカナは胸を張って答える。

「いっせいいちだいの自由研究だ!」

「ゼンユーのじったいをちょうさするんだ!」

 多分漢字では書けないんだろうなという発音で言われたのに吹き出しそうになるのをこらえて、とりあえず二人から手を離してやった。

「俺の調査? 面白いのか?」

「みんな、ゼンユーが休みのときになにをしてるのか知らなかったから」

「グリーンキッチンのしゃちょーも知らなかったんだぞ」

「ああ、そうかもな。別に言う必要もないし」

「だからしらべるんだ」

「みっちゃくするんだ」

「あ、そう……うーん、お母ちゃんには言ったのか?」

「言ったし」

「これ渡せって言われた」

 奏人の方が押しつけてきた封筒を見れば、中には双子の母親ハルノの丸っこい文字。

「ちょうど学童も休みなのでよろしく、って……丸投げかい」

 信用されているのはありがたいのだが、なにぶんゼンユーは休暇なのであって。

「……お前ら、俺の言うことちゃんと聞けるな?」

 すぐそこに保護者がいるのだから突き返すことも可能だが、そうはしない。

 ゼンユーは期待に応える男だ。



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