きみに幸あらんことを。
貴美
~序 章~
ザク、ザク、ザク。
あきは無言で灰の海を歩きまわった。
「もう、やめて下さい」
たまらないといった様子で青年が口を開いた。好奇心で集まっていた人間はとっくに帰路に着き、未だ歩みを止めない少女を見守るのは彼だけであった。
青年の声にピタリと止まる少女。
「全て私のせいです。私を恨んで下さい。もう、探しても、彼女は……」
あきは、うなだれる青年をじっと見つめる。
「こんな、こんなつもりじゃなかった……っ! こんな、ことに、なるなんて!」
そのまま泣き崩れる青年の姿も、この一日で何度目にしたことか。やれやれといった様子で側に寄ると、顔を上げた青年を
「じこけんおなら、よそでやっていただけますか?」
青年はポカンとした。おおよそ十も満たない子どもの言う
「わたしはただ、このけしき、このかんしょくを、目に、はだに、やきつけている、だけです」
「……私を、恨うらんでは……?」
「あの人はかくごしていました。こうなることも。あなたはきっかけにすぎません。けれど」
あきは青年の
「たとえ姉さんのたのみであろうと、わたしをゆうせんしたことだけは、ぜったいに許しません」
「……っ」
それだけ言って手を離す。青年は再び
「き、君は、これから、どうするんですか?」
「さぁ? どうしましょうかね」
というか、そもそも
「どうか、彼女の
今度はあきが
「わたしが死ぬと?」
「……君が、どれほど彼女を慕っていたかを知ってます」
「思いあがらないでいただけます? あなたにわたしを語ってもらいたくありません」
「す、すみま、」
「すぐあやまるのもやめていただけます? 姉さんが見てます。わたしがいじめているようではありませんか」
青年は無言になった。
「そもそも、あととやらを追って会えるかのうせいは? だれかじっしょうなさったのですか」
ハッと、少女は鼻で笑う。
「かんしょうほど、むだなものはありませんよ。だからわたしは、あなたがきらいなんです。泣いてばかりいないで、あだのひとつやふたつ、うてないのですか?」
「わ、私、は……」
「まぁ、姉さんは、あなたにそんなことはのぞんでいないでしょうが」
「……死にたい……」
その呟きに、少女の眉がしかめられる。
「もう、生きていたくない。死にたい。誰か、殺してくれ……っ」
「……」
本音なのだろう。
(こんなつもりじゃなかった、か)
この男は本当に何も知らずに生きて来たのだろう。人の悪意というものにも触れずに。だから安心していた。この男の
(姉さん、うらみますよ)
こんな面倒な置き
あきはもう一度、青年の
「いいでしょう。さきほども言いましたが、姉さんよりわたしをゆうせんした一点にかぎっては、あなたをにくいと思っています。なので」
一呼吸置き、あきは大きな目を細め、うっそりと
「わたしが殺してさし上げましょう」
「わたしに殺されるために、わたしのために生きなさい」
「せいぜい逃げて」
「わたしのかげにおびえ、これからの日々をおすごしなさい」
「そして、心休まらないまま、さいごをむかえて下さい」
息を呑み固まる青年にお構いなく、あきは非道な言葉を
「それが、あなたにはおにあいです」
この時、あきは八歳。とても子どもが言う台詞ではない。が、あきの言葉は十九の若者を生かした。きっとこの時、あきが優しい言葉をかけていたのなら、青年はこの世を去っていただろう。
そして十年の月日が流れ、止まっていた時間が動き出す。
時は幕末。舞台は眠らぬ街、
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