怪盗カラスのめくるめく日常

Nico

第一幕

日常の終わり × 物語の始まり?

作戦どおり × 絶体絶命

 深夜の都心をサイレンがつんざいた。赤色灯が至るところで夜の帳を赤く染めている。


 ミヤマはアタッシュケースを脇に抱え、交差点を足早に折れた。路上の駐車スペースが空いているのを見て、舌打ちが漏れる。そこに一台の黒い国産のセダンがタイヤを軋ませながら滑り込んだ。車が静止するよりも早く、助手席に乗り込む。


「『迎えに来る』んじゃなくて、『待っている』はずだったと思うが?」

「たいした違いはないじゃない」

 運転席のホシがバックミラーに視線を投げながら言う。「誰かさんので警察車両が多くて、時間がかかったのよ」

「これも作戦どおりなんだから、せめて『おかげ』と言ってほしい」

 来た時と同じようにタイヤの軋む音を残して、発車する。


「そこを右だ」

 ミヤマの言葉と同時に、ホシがハンドルを切る。交差点に進入しようとした対向車が、驚いたようにつんのめった。右のタイヤがわずかに浮き上がる感覚がある。

 二つ目の交差点を越えた時、反対車線の先頭で信号待ちをしていた車が突然Uターンして追いかけてきた。サイレンの音と赤色灯の灯りが、また一つ増える。

「ちっ、警察か」

「これも、作戦どおりでしょ」

「次を左だ。首都高に乗る」


 赤信号を無視して左に曲がる。首都高の入り口が見えたところで、二人は思わず息を呑んだ。ETCゲートよりもはるか前方で三台、いや四台の警察車両が待ち構えていた。やむを得ず、速度を落とす。後ろからも、刻一刻と追っ手が迫ってくる。

「どうする?」とホシが口早に尋ねる。

「しかたない。左折で海側を回ろう。一つ先の……」


 突如、前輪のあたりで激しい爆発音がする。と同時に、車はコントロールを失い、左右に揺れた。ホシが堪らずブレーキを踏む。

「いったい、なに!?」

 ミヤマは前方に目を凝らした。赤色灯の横で銃口をこちらに向けている警官の姿が見える。

「タイヤを撃たれたんだ」

「日本の警察って、こんなに簡単に発砲するんだっけ?」


 ハウリングの耳障りな音が闇夜に木霊する。

『犯人に告ぐ。武器を持たずに、車の外に出て、両手を上げなさい』


「言われなくたって、武器なんか持ってないわよ。どうする?」

「このまま車にいても袋の鼠だ。とりあえず出るしかないだろう」

「はぁ、外寒そう……」

 ホシがドアを開け、外に出る。ミヤマも助手席のドアは開けずに、空いた運転席に一度体をずらし、ホシと同じ運転席側から降りる。一旦は車が盾になった格好だが、後ろの覆面パトカーとの距離は見る見る縮まっていく。囲まれるのは時間の問題だった。


「カラス始まって以来の危機ね」とホシがため息とともに呟く。

「危機には違いないが、絶体絶命ってわけじゃない」

「そう? どのへんが?」

「希望のカケラはまだあるさ」

「どこかで聞いたようなフレーズね。で、策はあるの?」

「あったら、いつまでもぼさっと手なんか上げてない」

「絶体絶命じゃない」


 ついに、追っ手の覆面が目と鼻の先に停車する。中から三人が降り、射撃の構えのまま、じりじりと歩み寄ってくる。

「絶体絶命だな」


 その時、警官の一人が何かに驚いたように銃口をわずかに下に逸らした。何事かと思い、ミヤマは自分の足元に目をやる。警官がそのあたりを狙っているように見えたからだ。


 ミヤマは一瞬自分の目を疑った。マンホールの蓋が音もなく動いていた。ゆっくりと横にずれていき、やがて地面にぽっかりと黒い穴が開いた。




<続く>

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