そして 恋になった
露月 絃結
第1話
「クルクルもしゃもしゃ鳩さん、あちこちピチピチ雀さん、ツヤツヤぴかぴかカラスさん、初めまして、こんにちは。
隣町から引っ越してきて初めてやって来た公園で、寄って来た鳥たちに挨拶をしていると、サッカーボールを蹴って遊んでいた同い年くらいの数人の男子たちから「変なヤツが居るぞ」と笑われた。
言われ慣れてはいるけれど、引っ越して来たばかりなのに、もうこの地でも言われてしまった。
「
「うん」
二つ上のお兄ちゃんに促され、その公園を後にしようよと振り向いた時。
「あのさっ」
不意に、その中の一人が近くまで駆けてきた。
(また、何か言われちゃう)
慣れてはいるけど、やっぱり気持ちは良いものじゃない。
「オレ、
少し明るい色の真っ直ぐな瞳がこちらを向いていて、そんな視線は初めてで、少し緊張する。
「おまえ、スゴイな!」
「え?」
途端に花が開くように満面の笑みで、「スゴイ、スゴイ」と褒められて戸惑った。
「そんなに鳥がいっぱい集まってるの初めて見たっ」
自分の身には当たり前で、普段は気味が悪いと言われるのに、目の前の子は喜んでくれる。
「カラス、かっけぇ! こんな近くで初めて見たしっ」
「カラスさんは一番頭が良いから……」
「オレ、カラス好きになった!」
その言葉に、遠巻きに見守っていた男の子達が再び笑いだす。
「怖いだけだって」
「翔利のキャラに合わないし」
「早くサッカーやろうぜ」
口々に言われて、ほんの少し目の前の子が眉を寄せた。
ただ好きになったものを好きだと言っただけなのに、こんな顔をさせられてしまう。笑われてしまう。
「好きなものを好きだと言って、何が悪いのか分からないのだけど?」
心のままに呟いた言葉に、再び光が差すような笑顔が広がっていく。
「面白いなぁ。オレ、おまえと友達になりたい!」
――ドクン。
その言葉と笑顔に、何かが体の中で弾けた。
初めての事ばかりで、どうしたら良いのかが分からない。
「えっと……」
いつもは避けられるか、からかわれるかしかない。トクトクと中から続けて響く音は、何だろう。
戸惑いながら、隣りに立つお兄ちゃんを見上げた。
「友達になっておけば?」
それこそ、いつもは私の事に何も言わないのに、友人になれと言っている。
「じゃ、お友達ね。ゆげクン」
慣れなさに固くなりつつ呼びかけると、明るく笑われた。
「翔利で良いよ。皆そう呼ぶし」
「うん、またね。……翔利」
「うん、じゃぁな、また明日、陽芽」
そう言いながら手を上げて、仲間の元に戻って行く後ろ姿を眺めていると、隣でポソリと「呼び捨てにしやがった」と呟く声がした。
「メェちゃん?」
「何でもない。帰ろうか」
ほかほかと温かい心を抱えて家まで帰ったあの日から、流れた年月が変えたものは、二人の姿形だけでなく――。
天気は快晴。雲のような綿菓子の甘い香り。食欲をそそるカレーや焼きそばのスパイス漂う賑やかな模擬店。
中庭ステージでは軽音部やダンス部の楽しそうな声が響く。
大学付属の学園だけあって、中等部といえども規模の大きな文化祭は、学生たちの楽しいお祭り。
青い空には優しく見守る、白い月。
薄くのばした純白の真綿で作った様な、昼間の白い月には澄んだ水色の空が良く似合う。
「
「あの二人、付き合いだしたって?」
「うっわ、お似合い過ぎでしょ」
屋上に繋がる管理棟最上階の渡り廊下。
下界の賑わいとは切り離されたように、静かな空気に満たされている。
廊下だけでなく、重たい扉にも大きなガラス窓が嵌め込まれ、大勢の人が集まる中庭と、広い空が眺められる。
薄く開いた窓は、僅かな風と共に、階下からの喧騒や噂話を運んできて、眺めていた空から視線を離した。
見下ろした中庭では、大勢の人の中、生徒会長となり文化祭の取り仕切りに追われる翔利が、副会長の涼花ちゃんと話している。
――翔利。
その姿を捉えただけで、ふわりと熱に浮かされた様に体温が上がり、とくとくと走り出す鼓動が全身に熱を送り出す。
真剣に話しているかと思えば、その側から誰彼構わず、翔利は話しかけられ笑顔に溢れる。
中学に上がり翔利は、急激に伸びた長身と、人当たりの良い笑顔、物怖じしない明るい性格を備えて、常に多くの友人たちに囲まれる存在になっていた。
中学最後の文化祭。
「この時期ホント、付き合う子増えるよね」
数日前から付き合い出したと噂になっている渦中の二人。
ほんわり柔らかに微笑む彼女と、くるくる表情の変わる明るくて人気者の彼。
眩しい光の中に居る、自分にないものを持つ二人。
「これで弓削くん“黒い姫”から解放されるのかな」
「あの子と一緒に居る方が違和感ハンパないよ。ただの同小出身ってだけで、弓削くんの面倒見が良かったとしか思えないもん」
「その面倒見の良さを買われて生徒会長になったらしいけど、副会長として支えてる涼花ちゃんとくっついてくれて私らは逆に安心」
「言えてるぅ」
階下の明るい声は軽やかに笑って去って行く。
「“クロイヒメ”だって」
先ほど聞こえて来た言葉に、自然と零れた笑みはどこか苦い。
腰まで伸びたサラサラの漆黒の黒い髪。同じ色をした瞳。飾ることも、彩ることもしない表情に、やはり、家族や翔利など数人の友人たちしか慣れてくれず、いつしか一人で居る事の方が多くなった。
管理棟の最上階。時にこっそり屋上へと出ては、鳥たちと過ごす。大概そんな高い所まで気ままに来てくれるのは黒い艶を纏うカラスで、いつしか私に付いた名前は“黒い姫”。
音は同じなのに揶揄交りの呼び方。
そんな揶揄される自分を気に掛けてくれる翔利が、周囲から色々言われていたのは知っていた。
――変わらないと。
ずっとそう思っていたのに、どうしたら良いのか分からなかった。自分を変えたいのに、変えられない。変え方が分からない。何から始めたら良いのか。どこから手をつければ良いのか。
もっと柔らかく笑えば良いの?
もっと明るくなれば良いの?
鏡を前にしては笑顔を作ってみたり、髪型を変えてみたり。でもそのどれもが、自分とは違う気がして。せめてもと、痛まないように髪をケアし、肌を整え、爪を磨くのが精いっぱい。
そうして流れた時間で育てたのは自分の想いだけ。
焦っても進めない。変われない。遠くなっていく背中には追い付けないまま、隣に寄り添う女の子が現れていた。
柔らかくて、優しくて。誰とでも仲良くなれる。翔利に似合いの彼女。
生徒会長という立場上、噂のネタにされる事の多い翔利は、事実と異なる事はハッキリと否定する。しかし今回の噂の事については、一切否定しなかった。
だから本当なのだろう。
「本当にお似合いだ」
見たくないのに、その姿を追ってしまう。
「翔利」
彼の名前を音にしただけで全身が痺れる。
好きで、好きで。
行き場のないこの想いをどうしたら良いのか分からない。
――隣りに立つには、何が必要でしたか?
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