男たちのうた(短編集)

武論斗

悔恨 ~ Re:g-Re:t ~

「後悔なんて、ありゃしねーよ」



   ※   ※   ※   ※   ※



 ――俺?


 ああ――

 歌舞伎町のホストだよ。


 JR新宿駅の東口を出たらそこは俺の庭。

 結構人気あんだよ、俺w


 ドコの店かって?

 来てくれるんならリプくれ。

 源氏名げんじなは、“ザン>”。

 漢字が難しいから記号の「>」でおk。

 「>」ってのは、“greater thanより大きい”って意味。

 俺はさ、誰よりもでっけぇ~男になってやる、って思ってる。

 そう。だから、この名にした。

 分かるだろ?

 まぁ、店に来てくれりゃ分かるよ。

 マジやべーから!w

 絶対、楽しませてやんよ!


 そういや、この前、この前っつーか、結構前の話なんだが、Twitterでフォローしてくれたがいたんだけどさ。


 なんか、やたら俺に興味持っちゃって。

 DMで自分の写真送ってきたんよ。

 そしたらマジすっげぇ~かわいい仔でさッ!

 普段だったら店以外で逢うとか絶対しねーんだけど、ま、俺も興味持っちゃったんで逢った訳よ。


 黒とピンクのツートンロング姫カットに病みメイク、それがやたら似合ってんだよね、その仔。

 唇と口許、舌、眉尻、耳…至る所にピアス開けててさ。

 何個開けてたのか知らねーけど、いい感じにハマッてたよ。

 まぁ、見るからに“メンヘラ”だけどな?w


 元々、“相談”、に乗ってたんよ。

 相談内容ってのは、よくある話なんだが、親からの暴力。

 ネグレクトからのDV。

 よくある話じゃん?

 んで、と来た訳。

 コイツ、引っ張れるわ、ってw

 要は、客に出来る、って思った訳よ。


 逢って、てきとーにMacに入り、安く話でも聞いて心配するでもしとくか、って。

 ところが、さ?

 Twitterでは、リプ飛ばしあって、話し合ってたのにさ。

 ロクに喋らない訳。

 もう相談内容なんてもん、あんま興味ねぇーし、大体、全部分かっちゃってるしさ。

 いくらかわいい、っつ~てもさ、全然しゃべらんと、マジツマランのよ。

 どんだけ話題フッてもあんま反応ねーしさ。

 めんどくせーっつーの!w

 店だったらさ?酒飲んでコール入れてガンガン歌でもうたっときゃ、もうそれだけで何とでもなんだけどさ……シラフじゃなぁ?


 まぁ、抱いちまえば何とでもなるんで、一生懸命話して、もっともそりゃなんだけどさ、んで誘ったんだが、ま~、そりゃ即行おk、、、だわな。

 本当はちっとアルコール入れておきたかったんだけど、そん時も店あったんで、さっさとホテル行っとこーってなった訳。


 でもよ?

 驚いちまってさ。

 体中傷だらけ。

 自傷癖あるの知ってたからリスカ痕くらいなら予想してたんだけど、アザやら火傷痕やら骨折痕やら、そりゃもうガチで酷い有様ありさまでさ。

 折角の真っ白な肌が台無し。

 不健康そうなその柔肌に痛々しい暴力の痕が何ともいえなくて。


 下から俺を覗き込む目力がやけに強いわけ。

 デカ目カラコン越しに、異常に強いなんらかの意思を放つかのような眼差し。

 すぐにね。

 コイツ、愛情を欲してる、って。

 しかも、愛情を実感する為に、肌を合わせなきゃダメなんだ、って。


 なんだろーな。

 あれかね?

 DVを受けても家に居続けるのは、ネグレクトで無視されるより、暴力を振るわれる方がマシ。要は、親の歪んだ愛情表現として、それを受け入れているんじゃねーのかな、って。

 自傷癖も自分の存在を実感したいが為に行ってんじゃねーのかな、って。

 俺はカウンセラーでも何でもねーから、こんな事考えても仕方ねーんだけど、そう思ったんよ、そん時は。

 只、今はこう、その強い視線がやたらと気になっちまって。



 ――目隠し。



 別にそんなプレイに興味ねーんだけど。

 こう、見られているのが怖くて、さ。

 俺の、なんつーか、この薄っぺらな感じを見透かされたくなくて、そう、彼女に目隠しをしたんだ。


 まぁ、それなりにキスをして、耳たぶを甘嚙み、息を吹き込む。

 通り一遍のそれだが、“愛してるよ”を表現するには分かり易い。

 思いの外、柔らかい唇。

 プルッとした耳たぶ。かすかに香る甘い香り。ほのかな汗ばみ。

 触れ、甘嚙み、息を吹き込む度に、小刻みに震える体。

 指先を体に這わすと痛々しい傷痕かしこに触れる。


 なんと云うか……ほんの少し、少しだけ、いとおしい――



「…シテ」


 頰と頰が触れ合った時、微かな吐息に紛れ、何か言葉の断片が聞こえた、ような。


「…コロシテ」


 ――コイツ。

 被虐性を求めてやがる。

 受動的に、しかし、暴力を自ら欲している。

 痛覚でしか実感出来ない。

 破滅願望。


 コイツ、壊れちまってやがる。


 冗談じゃねーよ!

 いくら俺が軽薄なクソ野郎でも、こんなにも存在を壊す訳ないだろ。

 その仔の願望の言葉に、俺はなんと返答したのか、覚えていない。

 只、確かなのは、<俺のところに来い>、だ。


 コイツは、俺が匿ってやるしかない、そんな気がした。


 その日、仕事に行くのを止め、その仔を俺の家に連れて帰った。

 んで、約束したんだ。

 もう、家には帰るな、って。

 俺の家に居ろ、って。

 俺が助けてやるし、俺が喰わしてやるし、俺が世話してやる。

 俺が、俺だけがお前を愛してやる、って!


 だから、『“殺してくれ”なんて絶対に云うな』、って。


 ――約束。

 たった1つの約束。


 彼女は、俺のを守った。

 二度と俺に向かって、“殺して”とは云わなかった。

 相変わらず自傷癖は直らなかったが、俺に暴力的愛情表現を求める事はなかった。


 俺は決して暴力を振るわない。

 そりゃ、仕事でイライラした時は逆ギレもした。

 口喧嘩もしたし、罵声も浴びせた。

 でも、彼女を傷つける事はしなかった。

 はず、だった。



 ――ああ、

 彼女は、、いない。


 もう少し、早く彼女と出会っておくべきだった。

 壊れる前に、逢っておくべきだったんだ。

 約束すべき内容は、ではなかったんだ。

 


 いつものように仕事を終え朝方家に帰ると、僅かな人集ひとだかりが出来ていた。

 完全に酔っ払っていた俺だが、流石に気になって覗き込んだんだ。

 そこには、頭部がグチャグチャになった人間の姿をしたが転がっていた。

 吹き飛んだ肉塊があちらこちらに散らばっている。

 飛び降り自殺。

 そんなところだろう。

 飛び降りて間もなかったんだろう。

 まだ、警察も来ていない。


 ――ん?


 なんだ、あの遺体。

 見覚えのある服。


 焦った。

 あんなに焦った事なんて、今迄ありゃしない。

 直ぐに部屋に直行した。

 そこそこ金を稼いでいたんで、俺の部屋は9階にある。

 エレベーターの上昇速度がいつもより遅い、そう感じた。


 部屋の扉を開けるなり、俺を押し退ける程の風が吹き込む。

 電気も点けず、部屋に入る。

 窓が、窓が、開いている!


 ベッドに彼女の姿はない。

 シャワー室にもトイレにもウォークインクローゼットにもいない。

 どこにもいない。

 隠れてんじゃねーよ!

 出て来い!

 さっさと出て来いよ!


「出てこいよッ!!!」


 ――叫んでた。

 酔いが冷める程のデカイ声に、俺自身驚く。


 その可能性を否定しつつ――

 窓から下を覗き込む。

 あの人集りが直下に。

 さっきよりも多い人集り。


 あの服は、俺が一番最初にアイツにプレゼントしたモノだった。

 くそっ!


 悟った――


 殺して、と云えないアイツがとった行動の顛末を。

 受動的被虐性を抑える限界に迄、追い込んじまった。

 それが能動的衝動となって現れた。


 アイツは死にたかった訳じゃない。

 愛して欲しい、それだけだった。

 アイツにとって、愛とは只一つ、痛み、だった。

 その痛みをアイツは欲し、そして、その愛を俺に求め、俺に残した。


 今なら俺にも分かる。

 心の痛み。

 その痛みこそ、愛、だった。



 ――悪いな。

 こんな話、聞かせちまってさ。

 興醒めだよな?w

 ゴメンゴメン。

 兎に角、店に来てくれりゃ、絶対楽しいからダイジョウブ!

 店の雰囲気もいいし、金も安いから心配しなくていいよ。

 先輩も後輩も、みんな楽しいヤツばっかだから。

 みんなが絶対楽しませてくれるって!


 え?

 指名?

 誰を?

 俺を?

 ムリ!w


 だって、俺、もういねーから。


 店に、じゃねーよ。

 この世に、だよw


 このアカ「regret_gt」、botボットだよ。

 予め、ツイート打ち込んで、予想されるリプにも「Re:返信」出来るようしてある。


 いや、ゴメンゴメンw

 俺、しちまったんだよ。


 約束すべきは、殺してと云うな、じゃなく、死ぬな、だったんだ。

 命を大事にしろ、が正解だったんだ、多分。


 被虐性を否定しちまった俺が悪いんだ。

 無理に抑えつけちまったから、アイツは自ら命を絶った。

 アイツにとって、愛情を感じる為に必要なのは被虐性だって事を、俺は勘違いしちまった。

 壊れちまったアイツを救うには、俺自身、壊れる必要があったのに、俺は壊れる事を畏れちまったんだ。

 いや、そこに気付かなかった。

 いっそ、俺も壊れに壊れ、アイツが望むよう、加虐すべきだったんだ。

 もっとも、それさえ、正解なのかどうかも、今となっては分からない。


 もう、いいさ。

 この垢は、「Re:リスタート」する為のアカウントさ。

 命を大事にしろ、ってあの時云えなかった俺が、自分だけ命を大事にするのは、実におかしい、だろ?


 後悔なんて、ありゃしねーよ。


 勿論、後悔はしたさ。

 だから、もう後悔なんかしねーよ~に、この垢に“願い”を込めたんだ。


 ネットの海に漂うこの願い、命を大事に!、届いたろ?

 ほら、今、君が読んでくれてるってだけで、俺の願いは届いてんだ。

 ちっとチャラい感じなのは、ま、ご愛嬌。

 ホストんでね。

 そうでもしねーと、まぁ、誰も俺のメッセージなんて読んでくれないからさ。

 だから、読んでくれた君にはひたすら感謝。ありがとう。


 一つだけ残念なのは、君の顔を俺は知らない、それだけかな?

 出来れば、君とも“もう少し早く”出会いたかったけど。


 ――さて、と。

 予想されるリプへの自動返信機能にも限界があってさ。

 もう、コレ以上、答える事は出来ない。


 悔しい、な。


 もっと、もっと、もっと、沢山、アイツの事を知ってもらいたいのに、アイツが存在した事を知ってもらいたいのに。

 尽きない。

 伝えたい言葉が。

 でも、制限がある。

 自動ツイートにも、自動返信にも、文字制限も、俺に残された時間にも。

 悔しい、よ、ほんとに。



 え?

 嘘だろ、って?

 だったら、店に来て確かめてくれよ。

 “ザン>”を出せ、ってさ。

 嘘かどうかは、店に来たら分かるよw




 >じゃあ、待ってるよ。

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