第2話 その言葉の裏にあるもの

 事の発端は、1ヶ月前だった。

「大変です!」

 フローディアの城でサーシャと一緒に書類仕事をしていたガイのところに国境警備隊の兵士が飛び込んできた。

「どうした?」

 ただごとではない雰囲気にガイは思わず立ち上がった。

「ティザーナ王国が攻めてきました! もうすぐこのままでは国境を突破されてしまいます!」

 真っ青な顔で兵士は続ける。

「なんだと?」

 聞いていたガイも気が気ではなくなってきた。いつも余裕で追い返していたのに、どうやら急に攻められたせいで、準備が整っていないらしい。

「今すぐ応援を向かわせよう。我らも行くぞ」

 うろたえているガイの隣で、サーシャがてきぱきと指示をしていく。サーシャは、ブロンドのふわふわした短い髪の女性で、年は、ガイの母親と同じ40代後半だ。しわひとつないつやつやした肌をしているせいか20代にしか見えないが、こういう時は勇ましく頼りになる女性である。

「かしこまりました」

 国境警備隊の兵士たちが最前線で頑張っているというのに、城にいる自分が焦るべきではない。ガイは気持ちを入れ替えて、サーシャの後を追った。


 ティザーナ王国とフローアン王国は、20年前から小競り合いを繰り返している。しかし、ここ最近は、休戦していたはずだ。突然、どうしたのだろう。慌てて、馬に乗り、精鋭部隊を連れて、国境へ全力で馬を走らせたが、要塞にある青地に2つの龍の紋章が入ったフローアン王国の旗はぽっきりと折られていた。

「フローアン王国は劣勢のようじゃな」

 無残な状態にサーシャもガイも心を痛めた。一般人を巻き込んでいないのが不幸中の幸いというところだ。

「このままでは負けてしまいます」

 国境では今も熾烈な戦いが続いている。弓矢や砲弾が飛び交う中、サーシャが何かを見つけた。そして、

「ふむ……ならば、わらわに策がある。ついてこい!」

サーシャは国境の要塞付近に見えるティザーナ軍の旗を目掛けて全力で駆け抜けていった。

「待ってください! サーシャ様!」

 ガイも敵の攻撃をよけながら、大慌てでその後を追いかける。ティザーナ軍の旗であるえんじ色に翼を持つ金ぴかのライオンが躍動する旗が徐々に近づく。そこは、国境の要塞付近に陣をしくティザーナ軍の本拠地だった。


 金色の鎧を着ているサーシャは敵陣にいるととても目立つ。それなのに、頭に血が上っているのか全く気にすることなく、いくつかある野営テントの中でも一番大きなテントの中に堂々と入っていった。その後をガイも追う。サーシャはいつも落ち着いていて、めったなことでは動じない。今日はよほど腹が立っているようだった。

「何者だ!」

 と言った兵士たちがうめき声をあげて倒れる音がする。

「サーシャ様! 落ち着いてください」

 ばたばたと止めに入って、暴れるサーシャを押さえつけたが、

「落ち着いていられるか! 人の土地で好き放題やりおって!」

 サーシャの怒りは収まりそうになかった。その今にも噛みつきそうなきんきんと甲高い声を聞きつけたのか、

「女王自ら出向かれるとは……お目にかかれて光栄ですねえ」

テントの奥の方からのっそりと1人の男が出てきた。意地の悪そうな薄ら笑いを浮かべる白髪交じりで髪の薄い男だ。

「レイズ国王……!」

 サーシャがはっと息を飲む。

「一国の女王が取り乱すとは大人げないですねえ」

 冷たい抑揚のない声が耳に障る。気味が悪くなったのかサーシャは黙り込んでしまった。

「今すぐに戦をやめてください」

 サーシャの代わりにガイがレイズを見据えて答える。

「なるほど……そういうことでしたか」

 レイズがぎろりとガイをにらむ。嫌な沈黙が流れた。次は何を言い出すのだろう。冷や汗が止まらないが、サーシャが暴走している今、側近である自分がしっかりしなければならない。恐怖で心臓がばくばくと音を立てていた。すると、

「……いいでしょう。今日は帰ります」

 あっさりとレイズは戦をやめることを受け入れ、

「皆さん。撤収しますよ」

 周りにいる兵士たちに呼びかけた。

「かしこまりました!」

 兵士たちはレイズの掛け声1つで操り人形のようにさっさと撤収作業をしていく。

「これでよろしいですか?」

 顔は笑ってはいるが、やっぱりどことなく不自然だ。

「はい」

 しかし、劣勢のフローアン王国はその言葉を信じるしかなかった。

「我らも引き上げるぞ。さらばだ。レイズ」

 つんけんとサーシャが捨て台詞を吐いて、テントを出ようとした。すると、

「またお会いできるのを楽しみしていますよ」

 去り際にまた不気味なことを言い、にやにやと笑っていたのだった。


 あの言葉の裏に何があったのか……あの笑みの裏に何があったのか……今となってはその思惑はわからない。

「ガイ。ちょっといいか?」

 仕事終わりに大理石でできた宮殿の渡り廊下をのんびりと歩いていたガイは、この国の女王であるサーシャに呼び止められた。

「なんでしょうか? サーシャ様」

 いつ見ても若々しいサーシャは、多くの男を惑わせる美魔女だと噂されている。しかし、美魔女を自分の女にしようという手練れはいないようで、いまだに独身である……というのが本人にとっては悩みの種らしい。

「用がなければ、呼ばんぞ」

 翡翠の色をした大きな瞳がじっとガイを見る。サーシャがこうしてガイを呼ぶときはろくなことがない。嫌な予感しかしなかった。サーシャは、いぶかしむガイを引きずるようにして、玉座の間へと連れていった。

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