第18話 悪魔の後輩

「ねぇ、ゆうま先輩?ゆうま先輩ってば、聞いてますか?」


「あ、ああ……なに?」


 ボーッと彼女を眺めていると、汚物の視線を当たられハッとする。

 コインを美玲が4枚投入し、プリクラ機の写真排出口の上のディスプレイを巧みに操作していた。


「これ、明るめかクールかどっちがいいです〜?」


「明るめでいいんじゃねーの」


 半ば投げやりになりながら、オレはぶっきらぼうに答える。

 美玲と共に行動しない、なんてのは神様が許してくれないらしい。なるようになれと、既に断念した。


 まぁ、これはこれで溜飲が下がって楽だしな。

 泉のごとく湧き上がった不安や懸念は、とうに雲散霧消した。


 絢香も悪鬼羅刹ではないし、さすがに法に触れることはしないだろ……多分……。


「わかりましたっ」


 蛇足だが説明しておくと、明るめクールめというのはフィルターの事である。まぁ要するに、どういう風に加工しますか?ってことさ。

 常々、オレは男と撮る時はクールタイプを選択する。元々イケメンだと先に断わっておくが、こっちの方が男だと盛れるのだ。

 チャレンジした事がないが、男女なら明るめの方がいいと判断した。きっとこっちの方がいいだろう、うん。


 なんでそんな曖昧なのかって?プリ撮る相手がゆかりしかいないからだよ!!


「ほらっ、中入りますよ!」


 三度、腕を引かれてプリクラ機の中へ入室した。

 壁一面が白で包まれ、オレの前方には大きなカメラレンズが天井の照明で反射している。


「ゆうま先輩っ、そんな沢山荷物背負ってないで早く置いてっ」


「お、おう……ん?――お前が持たせたんだろ!?」


「ま、まぁまぁ〜、そんな些細なこと気にしないでくださいよ〜」


「……ったく、はぁ」


 溜息を吐くと幸運が逃げると表現するが、そうでもないもんだ。

 こんな美少女と二人きりでプリを撮れるなんて、望外の僥倖だろう。平凡な人間なら、だが。


 ぬいぐるみが入った袋、ウィーゴの袋が二つ、自分のトートバッグ、何故か背負わされていた美玲のレザーリュック。

 それらを投げ捨てるように、オレは荷物台へと置いた。


「ちょ、ちょっと!もう少し丁寧に扱って下さいよっ!そのリュック高いんですよ!?」


「じゃあ人様に持たせるなよ!?」


「彼女に重たい物持たせるつもりですかー!?サイテーですねっ!」


「お前はオレの彼女じゃねえ!」


「さっきゆうま先輩はわたしを彼女でわたしの彼氏って言ってましたー!」


 ドヤ顔で勝ち誇ったような佇まいをして、彼女は言い放った。

 つい数十分前の会話が脳裏を過ぎる――


『――なぁ、お前らオレのに何してんの?』

『――だから言ってんだろ、ソイツのだって』


 ……確かに言ったけど、嘘八百に決まってんだろ!?バカかコイツ!?アホなのか!?


「なわけないだろ!?嘘八百!嘘も方便!口から出任せだ!!」


「酷い……酷いですっ!なんですかそれ!」


「お前も分かってただろ!?傷心少女みたいな振り止めろよ!?」


 見る見る頬が膨れ上がっていく美玲は、オレの肩をパンパンと連打してくる。

 地味に痛い、ウザイ、痛い。


「もうっ!もうもうもうっ!なんなんですかもうっ!もう少しロマンチックに行きましょうよもうっ!」


「ロマンチックもプラスチックもあるかアホ!」


「ゆうま先輩のいけずっ!」


「はいはい!ほら、もう撮るぞ!」


 シャッターのタイムリミットが刻一刻と迫っている。

 数秒しか残り時間がない中、見事に彼女はポーズをとる。なるほど、さすがはJKというわけだ。


 幾つか混濁している気持ちはあるものの、オレも美玲に合わせるようピースをした。

 一枚、二枚とシャッターが切れ、五枚撮り終わるまでにそう時間は掛からなかった。体感時間を除けば、だが。


 オレのパーソナルスペースを踏み込む美玲。触れ合いそうな肌の距離に、動悸が鎮まらなかったのだ。


「ふぅ……」


「どーしたんですか、ゆうま先輩」


「いや、なんでも」


 一貫と動揺を隠したので、美玲にオレが照れていたことなど知る由もない。


「そうですか。それじゃさっさと終わらせましょ」


「ああ」


 最終加工をプリクラ機の別室で行いに向かう。

 虹彩やチークの調節、スタンプで加工したり文字を挿入することが出来る。


「じゃあよろしく」


 それをオレは美玲に丸投げした――


「――いてッ」


「よろしくじゃなくて!ゆうま先輩もやるんです!」


「暖簾に腕押ししたって意味無いからな、オレはこういうちまちましたの嫌いなんだ」


「はぁ……わかりましたよ」


 二人用の椅子一脚に仲は良くないが座り、オレは美玲が専用のペンで操作している様を眺めていると、ポケットに入れたスマホからピロリンと通知が鳴る。


「誰からです?」


「さぁ?多分ラインだと思うけど」


 スマホの通知欄を確認すると、それは絢香からのラインだった。ついでに、スルーしてたみれいからの連絡もそこに残っている。


『こんにちは。?』


 なんてことは無い、質素な日常トークだ。

 なのに何故だか、オレは背筋が震えた気がした。


「彼女さんですか〜?」


 画面を覗き込み、横から割って入る美玲。


「まぁな、後で返信しとくよ」


 絢香とのトーク画面は開かないでおく。

 一度開いてしまえば、既読が付き返事を無視したと解釈されてしまうからな。事実、無視してるけれど。


 そしてオレはみれいのトーク画面を開き、素早くキーボード入力をして返事をした。


『今ね、スターカフェの新作のフラペチーノ飲んでるんだけどすっごく美味しいよ!(≧▽≦)』


 共に添付されていた写真には、先ほどオレが飲んでいたストロベリーフラペチーノが映されている。

 そういえば、コイツもさっき飲んでたよな……。

 学生に莫大な人気を誇っているお店なので、被ることなんて大して珍しくもないか。


『オレも飲んだよ〜!めっちゃ美味しかった!』


 相槌を打つよう、そう返信すると紙一重の間で美玲が所持していたスマホがピロリンと通知音を鳴らす。


「あっ、わたしも友達からラインが――」


 スマホとプリクラ機のディスプレイを交互に弄る美玲。忙しない奴だ、全く。

 ただし、手伝うつもりは皆無だし、不器用なため下手な出来になるのでそっとしておく。


 しばらく頭を留守にしていると、再度スマホが鳴った。


「ったく、次は誰だよ――って、ゲッ!?」


 確認すると同時に、素っ頓狂な声で荒らげてオレは周章狼狽した。


『ねぇ、見てるよね?未読無視?彼女を無視するの?』


 絢香からの追加のラインだった。

 な、なんなんだコイツは!?テレパシーの使い手か!?

 そんなことはあるはずないと信じながらも、オレは辺りを見回した。


「ゆ、ゆうま先輩……?急にどうしたんですか、って……うわっ」


 美玲もそれを視界に入れたのか、ドン引きして愕然としていた。

 更に追い討ちをかけるように、ラインが送られてくる。


『もしかして、他の女?』


「ははははー」


「ゆうま先輩、目が笑ってないですよ……」


 そりゃ笑えるわけないだろう。

 背筋が凍る思いとはこのことを言うのかと。そう認識してしまうくらいには、恐怖で怯えている。


 今返信しても不必要に追求されるだけなので、オレはやおらスマホをしまった。


「なんか、ゆうま先輩が必死でわたしから離れようとしていた理由を垣間見た気がします……」


「だからあれ程言ったろ……って美玲に責任押し付けたいけど、これに関してはお前が悪いわけじゃないからな……」


 主観的に見ても、客観的に見ても絢香の思考が異常なのは即断できる。


「こんなことでわたしのせいにされたらたまったもんじゃないですよ……」


「間違いないな」


「なんていうか、ゆうま先輩って尻に敷かれるタイプなんですね……破れ鍋に綴じ蓋って言いますし、ゆうま先輩が誰とも付き合ってなかったのも納得いきます、変人」


「うっせ――」


 絢香との体験談を色々と聴取されながら、どうやら加工の編集が終了したらしく排出口前で待機している。

 片手で数えきれないくらいにはドン引きされたが、想定の範囲内だったのは言うまでもない。


「あ、そうだ。ゆうま先輩、連絡先交換しましょ!」


「――は?お前はバカか?それとも死にたいのか、刺されたいのか?」


「いいじゃないですか〜」


 既にスマホを手にして、準備万端と言わんばかりににこやかな笑顔を見せた。

 それと同時に、ストンと写真が排出された。


「嫌だ、お断りだ。命が惜しいからな」


「ゆうま先輩、拒否権を行使できる立場だと思っているんですか?」


 美玲はオレに一歩近づき、下から顔を覗き込むように悪魔のような囁きをした。


「どういうことだ……?」


、ですよっ」


 二人寄り添った恋人と勘違いされても不思議じゃない写真をピッと手に取り、オレの顔前に差し出される。


「お前、まさか……」


「はいっ!連絡先交換してくれないなら、これを住野先輩に見せびらかします!」


 な、なんだと……。


「だからさっき言ったじゃないですかぁ〜、ゆうま先輩は尻に敷かれるタイプだって」


 訂正する。

 悪魔のような、ではなく悪魔だった。



「よろしくお願いしますね、ゆうま先輩っ!」



 オレは強情な美玲に、連絡先を教えなければならなくなってしまった――。

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