第17話 ゆうま先輩
ある筐体の前で。
「ゆうま先輩〜!これやりましょっ!」
「おう、好きにしろ」
また別の筐体の前で。
「え!このぬいぐるみ可愛くないですか!?やりましょう!」
「いやいや、そんなタコのぬいぐるみのどこが可愛いんだよ……」
またまた別の筐体の前で。
「このお菓子食べたいです!取るんでちょっと待ってくださいっ」
「…………」
何だこの状況……。
行くとこ行くとこを子犬のように付き纏われ、挙句の果てには追加で入手したぬいぐるみの荷物持ちをさせられ、振り回されている。
見計らったかのように、女の店員さんがオレらに媚を売るよう近寄ってきた。
「よかったら袋使ってください!」
「あ、ありがとうございます……」
ジャンヌとセルエル、それから珍妙なタコのぬいぐるみがまとめて入るくらいの大きな景品袋を受け取る。
どうせ、鴨が葱をしょってきたとでも思ってるんだろ。クソ、帰りてえ。
「美男美女カップル、素敵ですね」
「ははは……」
「ありがとうございますっ」
ありがとうございますじゃねえ!オレとお前は先輩後輩の関係で恋人同士じゃないんだぞ!?
折角なので、渋々と頂いた袋にぬいぐるみを詰めた。荷物持ちの任も物理的に少しは肩が軽くなる。
やんわりとした笑顔で女の店員さんは去っていき、どことなく満足そうな表情の美玲がいる。
さっきまでの泣き顔はどこに鳴りを潜めたのか。なんだコイツ。
「なんですかゆうま先輩、そんな暗い表情をして」
「いや……お前、どーいうつもだ?オレを貶めたいのか?」
唐突に「ゆうま先輩」と呼び名が様変わりしたかと思いきやこれだ。
靴にしがみつくヒッツキムシのように、執念深くオレをマーキングしている。
行くとこ来るとこにテコテコと横を歩かれては、オレとしても身の危険に危ぶまれる。
「ん〜?どういうことですか?」
「美玲だってオレに彼女がいることくらい知ってるだろ」
「……はい。それがなんですか?」
「いや、なんですかじゃなくて……万が一だけど学校の奴に遭遇したらヤバいんだよ」
男子と女子が一体一で遊んでいる。
しかも男性の方は別の彼女持ちときた。
さぁ、ここから導き出される結論は一つしかないだろ?
――浮気だ。
もしだ、仮に絢香に友人が殆ど居ないとしてもだ。今どきはSNSという便利なツールで、情報は即座に伝達する時代。
「どこで耳を欹てる奴がいるかわからないだろ?もし浮気現場だと捉えられたら、オレが世間体的に死ぬ」
世間体どころか、肉体も刃物で滅多刺しにされて死ぬ。
「まぁまぁ、考えすぎですよっ!気楽にプリでも撮りにいきましょ!」
満面の笑みで、オレの腕を引っ張られる。
絢香の素性を知らないから、そんな思慮に欠ける発言ができるのだ。知らないぞ!?お前も刺されても!!
「ちょ、待ってって……」
「待ちませんっ」
何とか説得できないかと、あれこれ模索する中で美玲は急停止し最強の一手を繰り出してきた――
「それともゆうま先輩、またわたしがさっきみたいな輩に襲われてもいいんですか?責任取ってもらうって言いましたよね?嘘つくんですか?」
「…………」
そんなのアリかよ!?ズルだろインチキだろ!?
将棋やチェスのような「二人零和有限確定完全情報ゲーム」では、最善手を打ち続ければ先手有利となる。それがどうやら、今のオレらにも適用されたらしい。
先手を取れなかったことに、オレは臍を噛んだ。
「わかったよ……今日だけだぞ」
自分の後輩に悪辣な不義理を働かせてやることも無いか。
「はいっ」
再び、オレは美玲に腕を取られる。
美玲は全身で全霊を尽くして、オレを強引に引っ張っているため彼女の身体に触れる感触がむず痒い。とても華奢な身体付きで、引っ張り返したら四肢がもげてしまいそうだ。
絢香に比べたらおっぱいないし、幾分か楽だな。
絢香のおっぱいを揉んでいる時に比べれば、微塵もよこしまな考えには至らなかった。
「それにしても、ゆうま先輩って意外とチキンなんですね〜。誰かに見られたって、なるようになりますよ」
おい、オレはなんで知り合って間もないのに後輩に罵倒されなきゃならんのだ。
このクソアマと思いつつ、適当に返事をする。
「用心深いだけだ、下手に噂立てられても困るし」
「ふぅん……そうですか。別にどーでもいいですけどっ」
不貞腐れたように美玲は足を早め、オレの腕を更に握力を加えてギュッと握った。否、抓られた。
痛っ……なに怒ってんだよコイツ……。
「一人で歩けるから……離してくれ」
「…………」
ガン無視である。
「ま、痛ッ――痛いってば!?」
グリグリグリ、そんな擬音が空耳だとわかっていても聞こえる。
「ゴメン――ッ、痛い痛い!痛いからやめて!?止めてくださいゴメンなさい!!」
そこでようやく攻撃は停止された。
腕を振り解き、美玲を袖にしながら腕まくりをした。見事に爪痕が残っている。
皮膚が赤くなり、めくれそうなくらいだ。
「ふん……」
たいそう機嫌が悪そうだ。
侮蔑的な視線で一瞥され、そそくさと前へ進んでしまう。
「なんなんだよ、もう……」
オレはただ、それに黙ってついて行くしかなかった――。
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