第15話 岩井美玲

「菅田先輩、お上手なんですね」


 突如として出現したのは――パンツちゃんだった。

 彼女は瞠目して、オレに向け拍手を送ってきた。


 なんでコイツがここに? と疑問が浮かんだが、それは一瞬で解消した。

 そういえばさっきいたなコイツ……ウィーゴの袋持ってるし、ついでにスターカフェの新作フラペチーノも。


 そりゃ同じ建物の中にいるのだから、偶然ばったり出くわしてもなんら不思議ではない。不思議なのは、コイツがオレに声を掛けてきたことだ。

 マズい、とてつもなくマズい。てかダルイ。面倒くさい。


 だって先日、パンツを覗いた……じゃなくて、見えちゃったわけだし。


「なんでここにいるんだよ、お前」


「買い物しに来たんですよ~、見ればわかるじゃないですか」


「まぁ、そうだな。それじゃ」


 オレは二本のバチをしまい、そそくさと荷物台に手をかけると、堰止するように彼女が止めに入った。


「なな、何やってるんですか!? まだ2回も選曲可能じゃないですか!」


「だからなんだよ、オレの勝手だろ」


「それ、音ゲーマーとしてどーなんですかー。迷惑行為に入りますけど」


 音ゲーマーという単語といい、迷惑行為といいよく知ってんなコイツ……女子高生の癖して……。

 プレイ放棄は音ゲーマーの恥だ。リタイヤして、プレイを捨てる(これを捨てゲーと呼ぶ)のなら、批判を浴びさせらることもあるが、まだ他人の迷惑にはならない。だが途中でゲーム自体を投げ出せば、ゲーム終了までにとてつもない時間がかかり、並ぶ音ゲーマーに迷惑がかかる。それだけはしないのが暗黙の了解というやつだ。


「初めて知ったな、そんなこと」


「本当は初めから知っていましたよね。菅田先輩、素人の域を超えてましたもん。ま~、どちらにしろ? 今わたし教えたから知りましたよね?」


「はぁ……わかったよ」


 オレはなすすべなく、バチを再度取り出した。


「なーんでわたしの前だとスグため息をつくんですかね……幸運が逃げますよ」


「運はさっき使い果たしたから大丈夫だ」


 視線をジャンヌのぬいぐるみに向けると、同調するかのように彼女も視線をそちらへ向けると、思いのほか大きな反応で噛み付いてきた――


「えっ!? それ、グランドファンタジーの!?」


「よくご存じで。お前、ゲーム好きなのか?」


「ま、まあ人並み以上には……わ、悪いですか……?」


 あまり表情には出ていないが、少し震え上がっているように思える。


 それを見て、オレは過去の想いがふつふつと煮えたぎってきた。

 過去に幾度となく家族に止めろと注意喚起され、オレを妬んでいる学校の奴らは「またゲームしてるぜ」と小馬鹿にしてきた。

 成績だって落としちゃいないし、宿題も一日たりとも忘れたことはない。キチンと自己管理している上で、文句を言われる筋合いあるか?いや、ない。


 ああ思い出すだけでムカつくぜ、クソ。



「別にいいんじゃねーの? ゲームが好きなだけで誰かに文句言われる筋合いもないだろ。好きなことを好きでいて何が悪いんだっつーの」



 溜まったモノを吐き出すように、オレは彼女にそう伝えた。


「そ、そうですよね……ありがとうございますっ」


「お、おう……」


 パッと咲き出す花のように明るい笑顔を急に見せられ。オレは面映ゆくなってしまった。

 やっぱ見た目は可愛いんだよな、コイツも絢香もみちるも。


「あれ~? 菅田先輩、恥ずかしがってますー?」


「うるせ! お前がパンツ見られた時のがよっぽど恥ずかしがってただろ!」


「――なッ!?」


 百花繚乱のごとく、彼女の顔面は歪んだ。


「せっかく反故にしてあげようと思ってたんですよ!? それを菅田先輩は!!」


「わ、わかったって……悪かったって……」


「思ってもないこと言わないっ! 第一、まだ下着覗かれたことについて謝罪されてないんですけど!」


「ご、ごめん……」


「もうっ!」


 ウィーゴの袋を持つ手を腰に当て、あざとく頬を膨らませる彼女。

 彼女の可愛い高音から発せられる怒鳴り声に、何事かと集ってくる集団がチラホラと見え始めた。


 はぁ……またこれか……。


「はぁ……」


 つい心と声で二度もため息ついちゃったよ、全く。


「そうやってまたすぐにっ! 反省の意が見受けられないんですよ! ざっくらばんに物申しますけど、適当すぎるんです!」


「適当じゃない、豪胆で鷹揚に生きているだけさ」


「菅田先輩はもっと忸怩することを覚えてくださいっ!!」


 オレは年上だということは、もう関係ないらしい。もう少し包み込んで、婉曲な言い方は出来ないものか……まあ業腹すれば、誰だってそうなるか。

 だが、オレにもこの場を収める策がある。なんたって、あの住野絢香を落とした天才策士だからな。


 その策とは――


「このぬいぐるみ、やるから許して」


 モノで釣ろうというシンプルかつ明快なものだ。

 隣の芝生は青いように、オレは所持するジャンヌのぬいぐるみは喉から手が出る程、この女は欲しがるだろう。


「モノで釣られるほど零落していません」


 ダメでした。


「そーかよ……まぁでも、悪いとは本当に思ってるから、これはやるよ」


 無理に彼女へとぬいぐるみを押し付ける。


「そ、それは申し訳ないからいいです……せっかく菅田先輩が苦労して取ったんですから……」


「お前が瞠ってこれを見た瞬間に決めてたことだから。ほら、さっさと持て」


「わ、わかりました……」


 渋々といった感じではあるものの、確かな嬉々たる笑顔で彼女は礼を述べてきた。


「ありがとうございます……っ!」


「ああ」


「それと、お前じゃなくて岩井美玲いわいみれいです! 気軽に美玲って呼んでください!」


「はいはい、わかったよ美玲」


「はいは一回でいいんですよっ、菅田先輩」


 ちょっとウザったい箇所はあるものの、それなりに趣味の合う相手で抱いていた偏見は消滅した。

 だが、の名前が一緒だったのは驚きだ。


 ニヤけた顔つきで、えへへとぬいぐるみ抱き締める美玲をオレはそっと眺めた――。

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