第9話 絢香の母

 土砂降りの雨天に見舞われた翌朝。

 オレは絢香の自宅まで足を向けていた。


「次の曲がり角は右か」


 スマホで地図を見る。

 昨日のうちに絢香から送られた住所を入力し、予めナビで道のりは出しておいた。

 そして驚いたのは、絢香の自宅とオレの自宅はそこまで離れていなかったことだ。

 登下校を共にしたことはあるが、それも途中まで。詳しい彼女の家の場所までは把握していなかったが、徒歩でおよそ25分くらいの距離だったのは嬉しい誤算だった。だがしかし、電車を使用しないので雨天時に限ればこれほど鬱陶しいことはない。

 片手で傘をさし、片手でスマホを持つ。家を出た時には小降りだったのに、徐々に雨粒は大きくなっていった。まるでオレを罰するかのようだ、なにも悪いことはしちゃいないのに。


『おはよーっ、今日はわたしの地元ら辺すごい雨だ‪(泣)』‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬


 スマホのバイブが震え、ラインが送られてきた。

 その相手はみれいだ。名前を確認せずとも、独特な文面を見ればコイツだということがわかった。


『おはよ、オレの所もさっきまで小降りだったのに今じゃ土砂降りだよ』


『奇遇だね、わたしもそんな感じだった! 案外、ゆうま君と住んでいる地域が近いのかもね!』


『そうかもね、もしかしてすれ違ったことがあったり〜』


『そうだといいね(笑)』


 たわいもない会話を続ける。

 しょうもないことに時間を割いているなんて百も承知。だが、オレはこの時間が結構好きだ。

 どこに住んでいるの? と尋ねて、一度でいいから会いに行ってみたいくらいだが、それはネット上タブーなので聞いたことはない。

 ただ、みれいがオレより一個下の高校一年生ということは本人からの話しで知っている。もしかしたら同じ高校だったりして。

 もし、なんて妄想を頭の中で繰り返していると、いつも間に絢香の家を目前にしていた。

 外装は白がベースで、綺麗な二階建ての一軒家だ。

 玄関前にある呼び鈴を鳴らそうと指を当てるところで、彼女は家から出てきた。


「あら、おはよう。早いのね」


「お前がこの時間に呼び出したんだろ、はぁ……おはよ」


「可愛い可愛い彼女を前にしてため息つくなんて最低ね。とりあえず中に入って」


「いいのか? てか、登校に時間がかかりそうだからこんな早くに呼んだんじゃないのか?」


「ええ、そのつもりだったのだけれど……」


 絢香は浮かない顔をして、空を見上げた。


 あぁ……そういうことか……。この雨じゃ、歩いて行けるわけもないか。


「今日はお母さんに送迎してもらうことになったから、貴方も一緒に車登校よ」


「おう……ん? オレも?」


「ええ、悠真くんも」


「それって、絢香のお母さんに会わなきゃいけないってことか?」


 待て待て待て、落ち着けオレ。

 付き合って二日目で相手の親に挨拶するなんてハードルが高い。無理だ。撤退に限るな。うん。


「そうよ、だから中に入って――」


「いや、オレは一人で先に行くよ」


「ダメです」


「うっ……急に腹痛が……」


「御手洗貸すわよ」


「…………」


 オレの額に汗が一筋流れる。雨で髪が濡れたせい、だと思いたい。まぁ、傘さしてきたから濡れてるわけないんだけど。

 石のようにオレの表情は固まっていき、自然と肩に力が入る。

 マジかよ……そんなことってあるか……。


「諦めることね」


「おーけー……その代わり、絢香も今度うちに来て挨拶すること。それでチャラだ」


 一方的に、というのはフェアではないため取引をする。


「……わかったわ」


 絢香から了承を得て、約束を交わした。

 オレに彼女が出来たって、母さんと父さんに伝えなきゃな。


「さぁ、中入って」


 招かれ、オレは絢香を補助しながら「お邪魔します」と挨拶して家内へと入っ

た。

 リビングに案内され入室すると、そこには絢香のお母さんと思わしき人物がソファーに座って優雅にコーヒーを飲んでいた。

 絢香とよく似て姿勢が正しく綺麗な黒髪、年齢を感じさせない整った顔立ちをしていた。

 表現の仕方が違うが、親が親なら子も子というやつだな。


「あらあら、初めまして」


 リビングに入ってきたこちらに気づき、絢香の母が挨拶を交わしてくる。


「初めまして、絢香さんとお付き合いさせて頂いています菅田悠真です」


 しっかりとお母さんの顔を見て会釈する。

 こういうのは第一印象が大事だとオスカー先生の参考にならない恋愛小説で教わった。


「絢香の母の香澄です。絢香から話は伺っているわ、よろしく頼むわね」


「はい、こちらこそお世話になっています」


「礼儀正しい子ね、普通に香澄さんって呼んでね」


「わ、わかりました」


「イケメンだしお母さんの彼氏にしたいくらいだわ〜」


 彼氏って……アンタ、夫がいるんじゃないのか……。


 冗談めかしに香澄さんがオレではなく絢香にそう言い放つと、案の定噛み付いてきた。


「ダメだからね⁉ 私の悠真くんだから‼」


「あらあら、残念」


 ふふふと、とろけそうな甘い笑みを浮かべる香澄さん。初めての彼氏を家に連れてきたから喜んでいるのだろうか?


 もし、絢香のお父さんがここに居たらどうなっていたのだろうか。喜ばれただろうか、殴られただろうか。絢香の性格を考えると、多分後者だろうな。


「もうっ、お母さんったら! 悠真くんに近寄らないで!」


「そんなに忠告されると余計に――」


 香澄さんの言葉を遮って、更に釘を刺す絢香。


「ダメ‼ 絶対にダメ‼」


 近所迷惑だと指摘されても反論できないほど、大声で彼女は叫んだ。


「はいはい、しょうがないわね。あ、まだ車出すまで時間あるから座ってゆっくりしていってね。お母さんはジュースでも入れてくるわ」


 ソファーを立ち、キッチンへと足を運ぶ香澄さん。


やはり親が親なら子も子だ。どちらも我が強そう。


 オレ、無事に学校まで辿り着けるのか……。

 オレは絢香に催促され、ソファーへと腰を下ろした。

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