裸の女神を探して

冷門 風之助 

シーン1

 春だ。


 1年の内で、俺・・・・私立探偵の乾宗十郎いぬいそうじゅうろうが最も好きな季節・・・・暑くもなく、寒くもない。


 多少風が冷たい時もあるが、それでもがたがた震えるなんてこともない。


 尾行や張り込みをしていて、こんなに快適に思える季節なんてのは、他に考えられない。

 さらに本音をいえば、こんな快適な中で、仕事なんかするのは馬鹿げている。


 盛大に休暇でもとって、どこか山の中のひなびた温泉宿で、露天風呂に首までつかりながら、傍らに浮かしたお盆に乗っけた徳利を傾けて、青々とした空をめでてているか、さもなくば南の島のビーチに持ち出したデッキチェアに寝そべり、マティーニかジントニックを傾けながらぼんやり時を過ごす。それが出来れば申し分はない。


 ただし、それも『』があってのことである。


 例え一番好きな季節だからって、俺には現在その『』がない。


 銀行の俺名義の口座は、カラータイマーが点滅中、これじゃ何をするにも身動きが取れない。


 こんな時は幾分主義を曲げ、チンケな仕事だって引き受けざるを得ない。


 そんなわけで俺は今、仕事をしている。


 (ああ、早くのんびりしてぇなぁ・・・・・)


 頭の中で時折そんなことを考えながら・・・・。




『この女を知っているかね?』


 老人・・・・いや、今の時節70代を、

『老人』などと呼んでは失礼にあたるのかもしれない。


 彼は立派な応接セットのある理事長室に俺を招き入れた。


 グレイがかったスーツにブルーと白の縞のネクタイ。


 銀色の頭髪、日焼けした肌。どこからどう見てもまだ60代の半ばくらいにしか見えない。


 ここは彼が理事長を務める有名私立学園の理事長室。


 彼自身はさほどの学歴があるわけではないが、教育に関する熱意は並々ならぬものがあり、高卒認定試験をパスした上で某国立大学で学び、後にはさる分野で博士号まで取得し、この学園を創った。

 

 古臭い表現を使えば、


『立志伝中の人物』というわけだ。


 彼はデスクの前から立ち上がって俺の座ったソファの前に腰を下ろすと、かたわらに置いた古い雑誌を俺の前のテーブルに置いた。


 それは、凡そアカデミックな雰囲気には似つかわしくない、


『ピンク映画』の雑誌だった。


 恐らく今から50年以上前のものだろう。


『付箋が挟んであるだろう。その頁を開けてみたまえ』


 俺が言うとおりにすると、そこには一面を割いて、一人の女優のグラビアがあった。


 勿論、ただ『写っていた』わけではない。


 半裸、いや殆ど全裸に近い彼女が恍惚こうこつの表情を浮かべて浅黒い男に抱かれているものだった。


 五条則子、と、大ぶりの活字で彼女の名前が記してあった。


『その女優・・・・五条則子ごじょうのりこさんを探し出してくれんか・・・・ギャラは幾らでも出す』


『詳しいお話は聞かせて頂けるんでしょうね?』


 俺は雑誌を何度も眺めた後、元の通りにテーブルに置いた。


『彼女は、大手の映画会社の作品には殆ど出演しとらん。もっぱら独立系のピンク映画ばかりだった。しかし金もない。女にも持てないその頃の私のような人間にはそれこそ女神のような存在だった』


 理事長氏は大きくため息をつき、それからぽつりぽつりと語り始めた。


 そういう映画に出ている女性にしては地味で、どちらかというと年齢よりも老けてみえる彼女の存在は、母親に早く死なれて、年上の女性にかれることの多かった理事長氏にとっては、かけがえのない存在だったという。


 五条則子の存在を知って以来、中野あたりの便所の臭いのする小さな映画館(ピンク映画というのは、大抵そんなこところにかかっていた)に通いつめ、彼女の映画に夢中になった。


 無論、理事長氏だって男だ。


 所謂、


性的本能リビドー』に吊られてと言う部分がなかったわけではないが、それよりも彼女のそうした年上の女性の醸し出す『香り』のようなものがスクリーンから出てきた。


『冗談ではなく、本当にそう思ったのだよ』


 彼女について語る理事長氏の口調は、次第に熱を帯びてきた。




 



 

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