その眼は心を写す
黒秋
少年の覚醒
目を覚ますと、目の前に一羽の鳥がいた。
その鳥は
『クガガガガガガケェルケケケケケッ』と
威嚇するように
連続して喉を鳴らしていた。
「うわぁ!?何だこいつ!?」
「シッ、静かに。おいトリ、威嚇は辞めろ」
『グ、グルルルルル…グルァァァァ…』
「すまねぇな少年、こいつも元々は
静かなやつだったんだが…
ちょっと先日やっちまって」
「な、なんなんですかあなた!?
勝手に人の家に入ってきて!け、警察!」
「まあまあまあッ」
鳥と共に現れた黒ずくめの男に
無理やり口を塞がれる。
「まあまあまあまあ…落ち着いてくれ、
俺らは別に強盗じゃねぇんだ。ただ…
君に頼みたいことがあってお邪魔したんだ」
黒いハットと黒いコート、
どう考えても怪しい男の話を
聞く気にはなれない。
「もがもがもが!もがが!」
『クェェェェェッッッ!!クェェェェ!!』
「…騒がしいが、このまま説明するぜ。
君に、世界を救って欲しいんだ」
「もが……?」
唐突に何を言っているんだろうこの人は
「まぁそこも説明しよう。
世界を救うってのは大雑把すぎたな、
正確には…この世の物語たちの救済だ」
「…」
「この世の物語たちは
年々、創作数が減少傾向にある。
創られて共有される前に、
人々の心がそれを封印するんだよ。
面倒だとか小っ恥ずかしいからとか
理由は色々なんだが…
とにかくそれらが少なくなると
いずれ人類の進化が停滞したりだとか
悪ーいことに繋がっちまうんだよ」
黒いハットの男はコートを突然脱ぎ捨てる、
するとコート内部から橙の翼が飛び出した。
「!?」
「これは造りものじゃあねぇぜ。
ここにいる 神の使い を名乗る トリ が
俺にこの力をくれたんだよ。
例えばこの翼は橋渡しの翼、
物語を世界中に輸送する為の力だな」
たしかに、僕の身体の上に乗る
トリにも同じような翼がついている。
だが突然のファンタジー展開に
脳がついていかなかった。
「さぁ…物語を救うために、
このトリの力を使ってくれないか?少年」
ゆっくりと、
口に当てられた黒の手袋をとられる。
「まだ…よく信じられないけど…
世界を救う、とか、
漫画の主人公みたいでカッコいいね」
「…okと受けとったぜ。
さぁトリ、準備はできたか?」
『クォオアアアアアイイイアアアッッッ!』
よく分からないけどこのトリは
大丈夫なんだろうか。
『アアアアッッッ!』
「!?」
ジッと見ていると、
鳥はその鋭利なクチバシで
僕の目を突き刺してきた。
「うわぁぁ!目が!?」
「俺の時は背中を刺されたよ、
つまり君に宿る能力は…目に関する力か」
「クェッッッ!モーニングッ!クェェッ!」
「とりあえず適当に外に出て
その力が何なのかを試してみたまえよ少年。
俺はトリがうるさいから
メシ食べさせてくるよ、じゃっ、また」
「え、ちょ!?」
黒ずくめの男はトリを抱えて
窓から勢いよくその翼で飛び去った。
「な、何だったんだ…?」
ーーー
鏡を見て、クチバシで突かれた眼球は
何ともないことが確認できた。
その後いつも通り、朝ごはんを食べて
日課の散歩に出かけた。
「能力を試せ…って…一体…」
「お、今日もおはようカタリィ君」
「あ、おじさんおはよう」
いつも散歩中に会う おじさん。
僕と同じ時間帯にウォーキングしており、
それが健康の秘訣だそうだ。
そんなおじさんに目線を合わせた瞬間、
おじさんの肉体が青白い発光を始めた。
「え、ちょ…えぇ!?」
青白い光はやがて、おじさんの
胸の部分よりスーっと放出され、
その光を放つ物が
一冊の本だということに気づいた。
「おじさんの肉体から本が…?」
何かに促されるようにその本を手に取ると
タイトル部分に『愉快な工場』、
そして作者部分にはおじさんの本名が
記載されてあった。
パラっとその本をめくってみると、
中身は文章のみで締められていた。
「これ…まさか小説…?」
あまり活字を読むのは好きではないが、
興味がその気持ちに打ち勝ち、
100ページ以上あるその文章を
最初から最後まで読んでしまった。
ーーー途中から、涙が止まらなかった。
漫画の泣けるシーンなどはたまに見るけど
小説を読んで泣いたことなんて一度もない。
なんなんだろう、この清々しい気分…
頭の中のイメージが止まらない。
読み終わったと同時に、
周囲の世界がいつも通りに動き出す。
世界が止まっていたことにすら
小説に集中していて今の今まで
気づいていなかった。
「カタリィ君、その手の本は…?」
「…読めばわかるさ!」
満面の笑みで、その小説を
おじさんに手渡す。
近くのベンチに座り、
おじさんがページをめくる。
最初は驚いた顔をして
こちらを見たりしていたが
すぐ内容に集中しだし、
黙々とページを読み終えた。
「私の…私の考えていた物語だ…
小さなころ思い描いて…
でも、作家にはなれないから
執筆を諦めた小説だ…」
涙ながらに、その本を握りしめる。
「なんで…この本を?」
「僕にも分からない、けど…
これ、すっごく面白かったです」
「…ありがとう。そう言われると、
私の心の中で永遠に封印するよりか
断然この物語が喜んでいるように思えるよ」
「これ…他の人に見せていいですか?」
「構わないけど…いいの?」
「えぇ、こんな良い物語…
心の中だけで終わらすなんて勿体ない!」
ーーーこうして、
トリから貰った力を理解することができた。
人の心に秘められた物語を、
小説という形に変換する力が
この眼に宿っているんだ。
「その本、回収させてもらうね」
「あ、黒ずくめの人」
「…ま、いいか、俺には名前が無いんでね」
「…この眼の力、理解できましたよ」
「あぁ、鳥っていう生物のほとんどは
夜になると目が効かないんだそうだ。
だからそれは鳥は夜目が効かないって
話から転じて 詠む目 。
詠目ヨメって名前だそうだ」
「詠目ヨメ…」
「俺の翼で君を世界に運ぶ。
そしてその詠目で、
人々が心に秘めた物語の中に存在する
究極の物語、『至高の一篇』を探すんだ。
それがトリから君に課せられた使命だ」
「至高の…一篇?」
「あぁ…存在だけしか知られていない、
内容も知られてはいないが…
世界を救う大きな一歩になるであろう
凄まじい力を秘めている代物だそうだ」
「至高の一篇ってことは…
世界で…たった一人が
持ってるんですよね?」
「あぁ、長い道のりになるだろう」
「…わかりました、やってみせますよ!
世界を救ってみせますよ!」
「よし、じゃあ正式に…
カタリィ・ノヴェル、君は俺たちの仲間だ。
また迎えに来るその時まで、
とりあえずは周囲の人の
秘められた物語を詠みたまえ」
「はいっ!」
名無しの黒い天使は空へと羽ばたき、
空へと消える。
僕の肩にふわっと、
日を反射して優しく光る橙色の羽が残った。
…これが僕の始まりのお話。
『物語を探す物語』のプロローグ。
ーーー
「さてと、トリさん、もう喋れるかい?」
「…あぁ、今なら…喋れる」
「全くよー俺たちに力を与える代わりに
あんたの力が失われるのは面倒だよなぁ」
「気にするな…
それが世界を救うことになるならば、
神から与えられたこの肉体…惜しくない」
「…そもそも、最初の段階で
『知性』を与えるってのがダメなんだよ、
最後とかにあげろよ」
「ふふ…彼女は…時間を重ねて…
学習し、人へと近づくのだ。
早々に知性を授けるのは間違っていないさ。電脳空間の存在という性質を生かして、
今日も世界を救う為に誰かの隣で
励まし、支えてくれているだろう」
「…まぁいいや。頭がアホになっても
俺がせいぜい何とかしますともさ。
さて、次の選ばれし者がいる場所に
案内してくださいや、トリさん」
『あぁ、次の選ばれし者はオースト
クェェェェ!!ギャオアアアアアッッ!!』
「おいそのタイミングで戻るなよ!?
オーストリアかオーストリアか
はっきりさせてから戻れぇ!!」
物語の救済は始まったばかり、
覚醒を待つ選ばれし者たちは
まだまだ眠っている。
その眼は心を写す 黒秋 @kuroaki
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