第82話 信じる勇気。

 

「ん……こ、こは?」

「おはようフィアーデ。目を覚ましたか?」


 俺は気絶していた彼女より二時間程早く目を覚ましており、シルフェの説教から漸く解放されたところだった。


 同じ部屋のベッドに寝かされているのはどうかと思うけどね。


「そうか……自分は負けたのだな。ここは一体どこだ? テイレンの村なのか?」

「あぁ。どうやらシルフェとアリゼが倒れた俺達を運んでくれたみたいだ。それより良いのか? 昨日は俺を殺す気満々だった癖に、そんな風に呑気な姿を晒して」


 俺は若干挑発を混じえて、鼻で笑う様な仕草を敢えて見せた。

 敵意があるなら、何かしらのリアクションを見せるだろう。


「構わないさ。自分は敗者だ。魂の契約なり君の好きにして奴隷の如く扱えば良い。知っているか? 吸血鬼も人狼も国に引き渡せば良い金になるらしいぞ」


 なんだか肩透かしを食らった様な張り合いが無い態度に溜め息を吐いた。金の話をするなら相手を間違えたな。


 貧乏神兼武神に感謝しろ。俺は絶対にしないけどね!


「俺は金にはバリバリ興味があるけど、呪いの所為で強制的に貧乏なんだ。シルフェがいなかったら飢えて死ぬレベルだぞ」

「?? それなら尚更のこと自分を売って金に変えれば良いんじゃ無いのか?」

「変えた瞬間に砂金になって空へと舞うだろうなぁ……泣けてくるからそれ以上金の話はやめて」


 ーー俺の硝子の心をそれ以上叩かないで! 割れちゃう。粉々に割れちゃうから!!


 不思議そうな表情でこちらを見つめてくるフィアーデに向けて、俺は自分の意志を伝える。別に利用する気もない。


 賭けはしたけど、束縛するつもりもない。

 正確に言うなら、こいつはまだそれを行いたいと欲するレベルに達していないからだ。


 今回の一番の反省点は、シルフェがいれば俺は魔力枯渇状態を維持していても関係ないと思って舐めていた事だ。


 不意打ちの奇襲がある可能性が、頭から抜け落ちていた。


 これがもし深淵龍アビス級の化け物達だったら間違いなく死んでただろう。


 赤ちゃんだった頃とは状況が違うのだから、もっと深く様々な可能性を考慮すべきだったんだ。


「俺はフィアーデを束縛するつもりは無い。だから勝者の願いを聞いてくれるのなら、俺を助けてくれないか?」

「たす、ける? 自分が強者である君を?」

「見ての通り今の俺は指先程度しか四肢の感覚が回復していなくて、昨日の羽衣を使わなければ立てないし、一人で飯すら食べられない」


 こんな事を正直に話す必要があるのか? そう、自問自答してしまう。

 地球にいた頃の俺なら、絶対に隠していたと思う。


 それでも生まれ変わり、定められた未来への敗北を経て学んだことの一つ。


 ーー心を開かない人間に、相手は本当の意味で心を開いてくれない。


 こんな当たり前の事に気付くのが遅かった所為で、一番大切な存在カティナママンと離れる羽目になった。


「俺は個の力に依存して生きてきた人間だ。だから、誰かに頼るって事が凄く不安で……怖くて堪らない」

「……会ったばかりの自分を信じられると言うのか?」

「いや、まだまだ信じる事は出来ないし、信じて貰えるなんて思っていない。だから最初の一歩だと思ってくれ。思いは伝えないと伝わらないなんて当たり前の事、どの世界でも一緒だろ?」


 俺が首を傾げながら問うと、フィアーデは何故か呆然としていた。

 らしくない台詞を吐いた所為か、背中がむず痒い。


「その当たり前の事が、自分には分からないんだよ。記憶が無いから……」

「……」

「気が付いたら見知らぬ森にいた。思い出せるのは父親と思しき人物の最期の言葉と無理矢理笑った様な笑顔だけ。グリンガムのみんなに出会うまで、ずっと孤独で苦しかった」

「そうか……急く事はないさ。まだまだ時間はある。こうやって偶に会話をしよう」

「あぁ」

「もう襲うなよ。次襲ったら『太陽球アポロン』を直撃させっからな」

「あれはもう勘弁願いたい。熱風だけで焼け死んだかと思わされたぞ」


 フィアーデがそう言うと、俺達は少しだけ互いに困った様な微笑みを交わし、ベッドに寝そべったまま見つめ合っていた。


 やっぱり綺麗だな。吸血鬼だからなのか凄く肌が白い。

 人狼形態じゃないと、ケモ耳が生えないのが残念だなぁ。


「何故だろうな。君と向かい合っているとそんなに小さいのに、歳上と相対している様な気分に陥る時があるよ」

「僕はまだ八歳の子供だよ。フィアーデお姉ちゃん?」

「やめろ。本性を知っているとギャップから鳥肌が立ちそうだ」


 ーーバンッ!!


 クスクスと笑い合って和やかな雰囲気になって来たところへ、突然勢い良く部屋の扉が開かれた。


「何を坊っちゃまに取り入ろうとしてるのですか! このお漏らし女!」

「「ーーえっ⁉︎」」


 聞き捨てならない発言を聞いた瞬間、俺とフィアーデの首がグリンと扉の方へ向く。

 一体どう言う事だ? 俺じゃなくてフィアーデがお漏らし女?


「じ、自分が漏らす筈がないだろう! 撤回を要求するぞ!」

「……黙りなさい。証拠はあるのですよ。風に乗って嗅ぎ慣れた臭いの先には、股間を濡らした貴女が倒れていたのですから!」

「〜〜〜〜〜〜ッ⁉︎」


 俺が一体どういう事か脳内で考察していると、一つ心当たりがあった。


太陽球アポロン』で吹き飛ばした後、俺が投げ捨てたポーションの当たった先がフィアーデの股間だったとしたら……


 俺はアクアで自分の身体を洗いながら、漏らした場所を離れ続けた。

 その結果、シルフェは俺では無くフィアーデが漏らしたと勘違いしたのだ、と。


「まさか……十九歳にもなって死の恐怖から漏らしたというのか……確かに股間がひやっとするくらいあの魔法に怯えたのは否めないが、そんなまさか……」

「フフンッ! どうやら心当たりがおありの様ですね。認めたく無いなら証人に聞いてみてはいかがでしょう?」

「し、証人だ、と?」


 やめてあげて! 本当にもうやめてあげて⁉︎


 もし俺だとバレたらこんな扱いを受けるのかと思うと言えないけど、堪忍してあげてぇ!!


 それに元祖お漏らし娘のお前が、よくそこまで人を追い詰められるな⁉︎


「シルフェさんや、そのくらいでーー」

「ーーどうぞアリゼさん!!」

「そ、そんな⁉︎ まさか証人ってぇ⁉︎」


 俺の言葉を遮って、モジモジと指を絡ませながらアリゼが入って来た。

 何やら言いづらそうにしているあたり、この先は想像に容易い。



 フィアーデはまさかと驚きつつ、認められないのか震えている。


「気にしないで? うちとフィアーデの仲じゃない。みんなには……言わないから」

「ヒィアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 頭を抱えながらアポロンを食らった時以上の絶叫を発し、フィアーデはまた気を失ってしまった。


 ごめん。俺とお前がいくら心を通じて信じ合えたとしても、この真相は言わないかもしれない。

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