第81話 生理現象と元爺の誇りの戦い。 後編

 

 一瞬だ。魔力枯渇で倒れても構わない。

 ただ一撃に全てを賭けろ。


 フィアーデを気絶させれば、漏らしても証拠は残らない。


「死ねえええっ! レインアロー!!」


 元々弓か鏃に魔法陣を書き込んでいるのか、水属性を纏った矢が降り注ぐ。


 魔術師は杖に仕込みをしているらしいけど、こうやって地上の人は工夫を凝らしているんだなぁ。


「詠唱する手間を省いていると考えれば、効率は良いかもな」


 天の羽衣で叩き落としながら数本の矢を掴み、投げ返してみる。

 狙うのは足。魔力は極力温存しておく。


 ーーボヒュッ!!


「やっぱりなぁ。吸血鬼ってのはどの世界でも同じ様な特性を持ってるもんだ」


 投げ返した矢がフィアーデの身体に当たった瞬間、すり抜けた。正確に言うと霧状に変化したんだろう。


「これはスキルではなく、自分の生まれ持った特性だ。卑怯とは言うまいね?」

「いや、別に構わないけどさ。あんまりそれを軽々と他人に見せない方が良い。弱点を晒してる様なもんだぞ?」

「……見せるのは初めてだよ。自分はずっと影からサポートに回っていたからね」


 俺の言いたい事の意味が理解できたんだろう。フィアーデが焦りを見せる。


 霧化するなら、それはつまり火魔法で蒸発させることが可能だ。要はスライムと一緒だね。

 物理には強くても、弱点属性に極端に弱い。


 この間にもひたすら矢を放ち続けているけど、無駄だってそろそろ気付かないかなぁ。


 水氷龍の加護を得ている以上、防がなくてもその程度の攻撃は通らない。


 まぁ、それを察知させないように敢えて羽衣で防いでいるんだけどね。


「なぁ。一つ賭けをしないか?」

「……断る」

「そういうなよ。どうせ死ぬつもりなんだろう?」

「聞くだけなら聞いてやる」

「負けたら俺に仕えろ」

「……」


 こいつは自分の特殊な性質に気づいていない。


 はっきり言って、グリンガムのパーティーにいる事自体がおかしい程のポテンシャルを秘めている。


 俺が鍛えれば、シルフェとも並ぶだろう。


「ならば自分が一撃でも入れられたら、をしろ。負けたら内容を変えてやる」

「魂の契約? 悪いが知らないんだ」


 響きからして大体予想はつくけどね。物騒なお嬢さんだなぁ。


「本来は犯罪奴隷に使う事が多いが、誓った契約を破るとそのステータスが封印される」

「……封印?」

「レベルが上がる事もなければ、スキルを覚えたり成長する事もない。それはまさに地獄だろう」

「ふむ。考えようによっては逆だと思うけど、理解した。それで了承するよ」

「ならば、自分も本来の力を出させて貰おう」

「遠慮なくどうぞ?」


 フィアーデの外見が徐々に変化していく。十本の鋭い爪と牙が生え、全身を銀色の体毛が包んでいった。


 これに吸血鬼の霧化が合わされば、確かに強敵だな。


 ーーボヒュッ!!


「えっ⁉︎ キャアアアアッ!!」

「素早いけど動きが直線的過ぎる。どこから狙ってくるか見え見えだぞ?」


 やっぱり攻撃の瞬間には霧化出来ないか。

 それに近接戦闘を避けていたせいで、フェイントに不慣れなのが容易に分かる。


 動きを先読みして天の羽衣を突き出しておいた場所へ勝手に飛び込んで来たフィアーデは、太腿を貫かれて地面を転がっていた。


 そして、実は俺にも遂に第二波の大津波が押し寄せている。


 動かなかったのではなく、最早羽衣を動かして自分の身体を揺らしたら終わりなのだ。


 ーー漏れるね。間違いなく噴射するね。


「さぁ、もうそろそろ時間が無いんだ。終わらせてもらうぞ」

「……殺せ」

「殺さないけど寝ててくれ」


 残りの全魔力を使う。かつてみた火炎龍のブレスを、俺なりに発動出来ないか考えてみた新魔法。


「な、なんだそれは⁉︎」

「龍王の一撃ってやつだ。全力で防げよ? 『太陽球アポロン』!!」


 最初は小さな火球を浮かび上がらせる。

 そこへ俺の身体から漏れ出た魔力が吸い尽くさると、直径六メートル位の巨大な火球へ変貌した。


「生き残れよ! お嬢さん!」

「いや、それは無理だろう⁉︎」

「そんな君に偉大なる先人の言葉を送ろう! 為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり!」

「意味不明だよ!!」

「グッバイ!」


 俺は半泣きのフィアーデに向かって太陽球を落とした。さっきまで殺せとか言ってた癖に全力で逃げようとしやがったしね。


 直接当てはしないが、爆風でも十分ダメージは与えられるだろう。


 ーー俺の尿意の為に沈め。


「ふぅ。限界ギリギリだったな。まぁ、結果はまぁ、アウトだったけど」

「…………」


 爆風に吹き飛ばされて気絶したフィアーデにポーションを投げておく。トイレにはもう行かなくて良い。


 だって、もう下半身はビショ濡れですから。気が抜けた瞬間が一番油断しちゃいけないんですね。


 証拠は残さない。絶対シルフェにバレてはいけない。

 だが、MPは空になってしまい、天の羽衣も解除されて動けない。


「一体どうしたら良いんだ……」


 その後、自然回復したMPを片っ端から『アクア』を使って全身をビショ濡れにして証拠隠滅を図った。


 羽衣で自分を引きずり、場所を移動しつつそれを繰り返していく。


 何でだろう。開放感からかもうどうなっても良いやって気がしてきて、その後にそんな訳あるかって自問自答を繰り返してる。


 ちくしょう。俺の精神的ダメージの方が絶対でかいと思うよ。

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