第77話 『魔の行進』 後編

 

魔の行進モンスターパレードが起こる! 兵士達の誘導に従え! 避難するぞ!」

「村の馬車を全て出して! 体力のない者を先にして乗り込んで欲しい! みんなが協力しないと逃げ切れないんだ!」


 バンタスとコムは村の中央に村人を集めて指示を出す。

 同時に兵士達へ、最悪の事態を想定させた。


 いざとなったら捕らえた賊を餌として使う。勿論罪に問われると覚悟した上で、命を優先させると決意したからだ。


『どれ、くらい、時間を、稼げる?』

『自分一人では正直厳しい。あのメイド服の子が手伝ってくれれば、何とかみんなが逃げられる時間は稼げるかな』

『すま、ない……』

『気にしないでくれ。恩を返すには良い機会だろう? 君達と一緒に旅が出来て楽しかったさ』

『無事を、願っている』

『あぁ。また一緒に酒を飲もうね』


 テメロは冒険者プレートを仕舞うと、静かに震えていた。

 己の未熟を嘆き、ただ頼るしかない現状に激しい怒りを覚えていたのだ。


 だが、既に周囲を囲まれているとすれば、回復役の僧侶が勝手な行動を取る訳にはいかない。

 その葛藤を抱えながら、祈りを捧げる。


 ーー皆が無事でありますように、と。


 __________


「避難が始まったみたいだな」

「本当に考え直す気はないの? うちらと一緒に逃げましょうよ!」


 アリゼは目元に涙を溜めながら、必死で俺達を説得し続けていた。だけど考えは変わらない。


 折角建て直した家を、ゴブリンなんかに破壊されてたまるか。


 気分的には、やっと作り上げたガン○ラを地面に叩きつけられるもんだよ。


「アリゼさんは優しい方ですね。でも、失礼ながら弱い。強者に口を挟めるのは強者のみ。ここは退いて下さいませ」


 シルフェはスカートの裾を摘み上げると一礼した後、冷酷な視線をアリゼに向けた。

 どうやらスイッチが入ったみたいだ。


【シルフェ・テンペスタ Lv74 HP27571 MP19213】


 鑑定を発動させると、シルフェの成長が見て取れる。


 もう少し魂の石版を詳しく見れれば色々と作戦の練りようもあるんだが、頑なに見せたがらないから仕方がないか。


 それにしても、成長率に変化があるな。


 以前聞いた話だと、HPはレベルアップ毎に115しか上がらなかった筈だけど、どう考えても数値が合わない。


 シルフェが何かを隠したがってる理由に起因するのかもなぁ。

 特に興味はないが、我が家の財布を守る為にもいつかは知らねばなるまい。


「……なら、うちも一緒に行くわ!」

「無理だよ。魔術師のアリゼさんじゃシルフェの速度についていけなくて、結局孤立する羽目になる。千近いゴブリンを狩るなら足手纏いだ」

「私の心配よりも、討ち漏らしたゴブリンから村を守ってくださいませんか?」


 今回シルフェには風烈龍装備で行ってもらう。


 だからこそ、魔術でサポートされると巻き込まれる可能性もあるし、村を破壊されない様に守るか避難して欲しかった。


 俺は本命に備えて最低限の行動しかしない。ゴブリン程度に苦戦するならシルフェもその程度だ。


「シルフェ、分かってると思うけどゴブリン相手に苦戦するならーー」

「ーーその続きは言わなくて結構です。坊っちゃまでも侮辱とみなします」

「そうだな。今のは俺の失言だ。すまない」

「いえ、心配してくれるお気持ちは嬉しいのですよ」


 アリゼは諦めたのか、溜め息混じりに俺達の側に近付いて来て頭を撫でる。


「もう何を言っても無駄なのね。それなら……森に隠れている仲間と共闘して欲しいの。テメロから念話が届いたんだけど、彼女がシルフェちゃんの協力を求めてるらしいわ」

「正体を教えてくれるのか?」

「えぇ。詳しくは言えないけど、彼女は獣人……のハーフよ。死にそうになっていた所をうちらが助けたの。それからパーティーを組んで行動を共にしてるわ」


 ふむ。獣人と何のハーフなのか言わないあたり、聞いちゃいけない事情があるんだろうな。

 別に構わないけど、シルフェに見合う実力を持っているのだろうか?


「足手纏いにはならないわ。絶対に」


 アリゼの瞳は一切嘘をついておらず、全幅の信頼をおいているのが伝わる。

 それなら、俺から言うことは一つだろう。


「シルフェ、謎の狩人がきっと背後を守ってくれる。お前は気にせず眼前の敵を蹴散らせ。今回俺は動かん」

「ーーはいっ!!」

「村はうちとテメロが守るけど、限界だと感じたら逃げさせて貰うわ」

「大丈夫ですよ。寝てても良いくらいだ」

「……何でだろう。グレイズ君が言うと本当にそんな気がするから不思議ね。やっぱり君は怖いわ」

「綺麗なお姉さんを死なせたら、ママンに怒られるからね」

「あら? 十年後に言ってくれたらプロポーズを受けようかなぁ?」

「四六時中背後から命を狙うメイド付きでよければどうぞ?」

「……夢も希望もないわね」


 シルフェは装備を整え、ギラギラとした眼光をアリゼに向けていた。

 先ほどの話は冗談では済まないみたいだ。


 アリゼは首をブンブンと横に振って降参している。


「じゃあ、好きなだけ暴れてきな」

「ご褒美はなんですか?」

「……手足が動かんから、一日一緒に寝てやる」

「もう一声!!」

「……ダンジョンの場所も特定したら、ホッペにチューしてやる」

「も、もう一声!!!!」

「お前な好きな『水流竜巻アクアトルネド』を掛けてやる」

「〜〜〜〜行ってきます!!!!」


 おかしいな。元々『水流竜巻』は罰として作った擽り魔法だったのだが、何故かシルフェの中でご褒美になってる気がする。


 お漏らしまでした恥辱の日々を忘れたのだろうか?

 年頃の女の気持ちは爺には分からんなぁ。


 窓から飛び出したシルフェは、一瞬にして風魔法を発動させ疾駆した。

 アリゼは口を開いたまま固まっている。


「何……今の動き……」

「風魔法で速度をブーストさせてるんだよ。アリゼだから見せた。テメロさん以外の他のメンバーに許可なく念話を送ったと判断したら、どうなるか想像出来るか?」

「なんでテメロは良いの?」

「……あいつは、いい奴だ」

「アハッ! アハハハハハッハッ!! テメロがいい奴だって分かるなら、グレイズ君もいい子だよ。なんか安心したぁ」


 いきなり腹を抱えて笑いだしたアリゼを見て、我ながら恥ずかしい事を言ってしまったと思った。しょうがないじゃん。


 テメロはイケメンだけど、紛れも無くいい奴なんだから。性格的に好きってだけなんだからね!!


「さて、アリゼはバンタスとコムの説得に行ってくれ。逃げる必要もないし、どうせ今頃『いざとなったら捕らえた賊を犠牲にするしかない』、とか悩んでる頃だろ」

「グレイズ君は心が読めるの?」

「読めないさ。俺は『経験豊富』なんだよ」

「うちは子供の癖に、って言葉が一番似合わない子供に出会ったのね」

「失礼な。これでもママンに会いたくて泣く位に子供なんだぞ?」

「……マザコンか」


 アリゼが視線を反らしながら何かを呟いた気がしたが、よく聞こえなかった。俺はそのまま瞼を閉じる。


 さて、ダンジョンが見つかるまで昼寝でもしよう。


 __________


 テイレンの村の周辺では、ゴブリンジェネラルの指示に従ってゴブリンリーダーを中心に十匹前後の小隊が組まれていた。


 ゴブリンナイトやゴブリンアーチャー、盾役のホブゴブリンにゴブリンソーサラーとバランス良く互いを補える良い小隊だ。


 装備は銅製の装備だが、リーダーには殺した冒険者から奪い取った鉄やミスリルといった一段階上の装備が与えられている。


 その総数は二千にも上った。テイレンの村を攻め落とすと決めたのはあくまで肉の確保であり、モンスターにとって人肉は獣よりも遥かに美味であったのだ。


 女は苗床として巣に連れ帰り、兵力の増強に役立てる。


 ゴブリンジェネラルは歓喜していた。王の命を受けて震え立った。既に準備は整った。

 だが、今まさに号令を掛けようとした直後に全身に悪寒が迸る。


 ーーゾワァッ!!


「人族の雑魚が身に付けていた装備を手に入れて、強者気取りですか?」

「ーーコ、殺セ!! 其奴ヲ直グニ殺スノダ!!」


 ゴブリンジェネラルと直属の親衛隊の前に現れたのは、メイド服の上に軽鎧を着た一人の少女だった。


 自分の身長と同じくらいの翠色の槍を携え、顔を伏せながら一歩一歩と此方へ近づいて来る。


 だが、ジェネラルの目には『ソレ』が何者なのか理解出来なかった。

 とても人とは思えない圧力。まるで王以上の上位種に睨みつけられたかの如き恐怖。


「貴方は龍族の頂点、神龍の後継者たるグレイズ様の直した家を破壊しようとしていらっしゃいます。大人しく武器を捨て、地面に齧り付く様に土下座しながら慈悲を乞いなさい? そうすれば苦しまずに殺してあげましょう」


 その時、周囲にいたゴブリン全てが一斉に思った。『それ、どっちにしろ死ぬじゃん!!』っと。


「殺セ!!」


 ゴブリンジェネラルの合図と同時に一斉に矢と魔術が放たれる。だが、シルフェは避けるでもなく、全てを受け止めた。


「やれやれ。地上では魔物でさえ魔術を使うのですか? この程度の脆弱な威力でダメージを受けるとでも? 『風烈龍おとうさん』の素材を元に作った鎧をなめるな!」

「ーーーーッ⁉︎」

「早くご褒美が欲しいので、全力でいきますよ。どうせダンジョンの王は坊っちゃまの糧になるんでしょうしね。『暴風ウインドストーム』!!」


 シルフェの手元から激しい螺旋を描いた小さな竜巻が発生すると、それは徐々に周囲を巻き込むようにしてどんどん巨大に膨れ上がった。


 ゴブリン達は必死に地面を掴むが、周囲の地形ごとせり上がっては暴風に巻き込まれて宙へ呑み込まれていく。

 身体が流されるだけでは済まず肉体が千切れ飛ぶが、血飛沫すら竜巻と共に上空に舞い上がった。


「続いて朧流槍術、ーー『瞬光』!!」

「ブゲァッ⁉︎」


 ゴブリンジェネラルの頭部は一瞬にして弾け飛んだ。

 そのまま光の線が繋がる様にして次々とゴブリンの身体が貫かれ、粉砕される。


 テイレン村の周囲にゴブリンの絶望と恐怖の悲鳴が響き、しばらくの間鳴り止むことは無かった。


 その光景を見ているのはサポート役の狩人のみ。


 思わず生唾を飲み込む程の畏怖に震えながらも、彼女はシルフェから目を離さない。


 二時間前後でテイレン村を囲んでいたゴブリンを片っ端から狩り尽くした後、血塗れのメイド服を脱ぎさり、シルフェはパンツ一丁で首を回して脱力した。


「……つまんない。やっぱゴブリンはゴブリンだよねぇ。素材がお金になると良いけどなぁ。駄目になったメイド服の分の元は絶対に取る!!」


 こうして、『魔の行進モンスターパレード』は竜人の少女により壊滅したのだ。

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