第78話 朧、フラグをへし折られる。

 

「ただ今戻りました」


 日が暮れ始めた頃、シルフェが部屋へと戻って来た。

 思っていたより時間が掛かったと思ったが、理由を一目見てすぐに察する。


「ご苦労様。それにしても色々と臭いが酷いな。水浴びして来なかったのか?」

「勿論帰り際に川で水浴びしましたけど、中々臭いが落ちないんですよぉ……うぅう。臭いですぅ」


 そりゃあ千匹以上ゴブリンを狩れば、血の臭いも染み付くか。仕方がないな。


「風呂を準備するから、村のみんなが戻ってない今の内に入っちゃえよ」

「ありがとうございます……出来たらカティナ様の石鹸も下さい」

「はいよ。まだ予備があった筈だから、そのまま持ってて良いぞ」


 俺は次元空間ディメンションストレージからママン用の高級石鹸を取り出すと、天の羽衣を操作してシルフェに向かって放り投げた。


 序でに窓の外に向けて火、水、地魔法を発動させると、五右衛門風呂を組み上げる。


 元々火の縄張りにいる時、イゴウルに鉄製の鋳物を作って貰っておいたのが功を奏したなぁ。

 土魔法でかまどを作れば、大した時間も掛からずにどこでも風呂に入れるしね。


 急いで入りたい場合は最初から熱めのお湯を張ってしまえばいい。


「一緒に入りますか?」

「臭い女とは入らんよ」

「……坊っちゃまは女性に対する扱いをもう少し考えた方が宜しいかと」

「おいおい。俺を睨み付けるのは良いが、風呂に入ってからにしろ」


 シルフェは当てつけの様に俺の前で全裸になるが、胸が絶壁なのは変わらない。故に俺は欲情しない。


 生まれた時からカティナママンの魅力に全力で抗って来た俺の耐性は、最早スキルとして身に付いてもおかしくないと思う。


 抗えない時が八割を超えていたが、気にしてはいけない。


「何をしてるの君達は……?」

「フンフフ〜〜ン! 丁度良い湯加減ですよ坊っちゃま〜!」

「おかえり。見れば分かるだろう? 風呂だ」


 シルフェがお湯で身体を流して石鹸で洗い始めた所で、アリゼが部屋へ戻って来た。

 何故か眉を顰めて、怪訝な表情を浮かべている。


「まさかとは思うけど、それもグレイズ君が作ったの? 風呂なんて基本的に高級宿にしかないんだけど」

「いやいや、魔法は万能じゃないんだ。一から作るなんて流石に無理だよ」

「そ、そうよね。うちはとんでもない事を知ってしまったんじゃないかって焦ったーー」

「ーー前以て鋳物は作っておいたぞ」

「前もってぇ⁉︎ やっぱり次元魔術よねソレ⁉︎」

「あっ……やべっ」


 やっぱりアイテムストレージ関係は次元魔術扱いかぁ。この驚き様からして、バレちゃ拙いんだろうなぁ。


 まぁ、アリゼならいっか。素を見せられる相手がいるのは今後の事も考えてありがたい。


「正確には次元魔術ってやつとは違うけど、俺達は似たようなスキルを二人共使えるよ。これも内緒にしておいて欲しいな」

「内緒どころかパーティーメンバーでさえ実際に見なきゃ信じないわよ。そう言えばシルフェちゃんもいつの間にか装備を取り出してて、不思議だと思ったのに何で気付かないかなぁ。うちの馬鹿……」


 頭を抱えながらアリゼはベッドに倒れ込んだ。どうやら脳のキャパを超えたみたいだ。


「結局村の避難はどうなったんだ?」

「説得したくても理由を言えないんだから不可能だったわ。今はバンタスを先頭にして、コムが斥候を務めながらクレッセルの街に向かってるわよ。テメロは回復役としてサポートに回ってる」

「追っ手が無いことに気付けば、じきに様子を見に戻って来るだろうね。アリゼは何て言い訳して戻ったんだ?」

「その追っ手が来ないから様子を見て来るって嘘を吐いたのよ。いざとなったらもいるしね」


 例の狩人か。今回共闘するって話だった筈だけど、シルフェの様子を見る限りそんな素振りは無いな。


 もしかして、それ程隠密に動けるのだろうか。


 忍者とかだったら面白いね。是非今後の事も考えて仲間にしたい。


「シルフェは謎の狩人の姿を見たか?」

「いえ? 寧ろゴブリンも私一人で倒しましたよ」

「嘘⁉︎ フィアーデの援護無しで魔の行進モンスターパレードを退けたって言うの⁉︎ ーーアッ⁉︎」


 アリゼが慌てて口元を隠すが遅い。バッチリ聞かせて頂きました。

 これで、こちらの秘密が漏れる心配も無くなるね。


「成る程、謎の狩人の名前はフィアーデって言うんだな」

「今のは聞かなかった事にして……うちも二人の秘密は言わないから」

「交渉成立だな。ところでダンジョンは見つけたか〜?」


 シルフェは湯船に浸かりながら惚けている。気持ち良さそうだから俺も後で入ろう。

 こういう時、手足が動かないのは非常に不便だけど、天の羽衣があれば問題ない。


 実は今も展開しているのだが、服の下に巻き付くようにして隠しているのだ。


 防御も高まるし、魔力も消費出来るし、我ながら良い考えだと思ったんだけどまだまだ魔力枯渇には届かない。


 効率の良い消費方法を考えなければ。


「ダンジョンは見つけましたけど、ついでに潰しておきました〜!」

「「ーーファッ⁉︎」」


 お湯をパチャパチャと掬っては、グッタリとだらけながらシルフェが答える。

 それと同時に俺とアリゼは固まった。


 多分固まった意味は互いに違うと思うけれど。


「雑魚ばっかでつまらなかったのですが、途中からジェネラルとか呼ばれてた数匹のゴブリンが逃げ始めたので、追って行って殺しました〜!」

「えっと……ゴブリンの変異種はどうしたんだ?」

「変異種? あぁ、なんか地下にでっかいのがいましたねぇ〜。我に跪け〜とか煩かったんで、頭部を吹き飛ばしたんですけど、ウネウネと復活して面倒臭かったなぁ。仕方がないので細切れにして消滅させましたよぉ〜!」

「……おい。魂の石版ステータスを見せろ」

「嫌です〜。グレイ坊っちゃまには絶対に見せませ〜ん! お風呂気持ち良いですぅ〜!」


 この野郎。もしかしたら神格スキル持ちのレアポケ◯ンだったかもしれないのに、勝手に殺しやがった。

 神格スキルを得ているか、見ないと分からん。


「アハッ、アハハッ! もう好きにして。なんなの君達は……」

「落ち着けアリゼ。これは俺も想定外だし何とも言えん」

「やっぱり坊っちゃまも一緒に入りましょう〜? 五右衛門風呂でしたっけ? この狭さが堪らないですよねぇ」

「「…………」」


 こうして俺の地上での初ダンジョン攻略フラグは、残念メイドによってへし折られたのだった。

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