第68話 朧一閃。

 

 龍眼発動の残された時間は八分程度だろう。

 余計なおしゃべりをしている暇はないが、湧き上がる力に酔いそうになってしまう。


 傷口が塞がり、ダメージが回復していく。


 ーーこれが超再生のスキルか。凄いな。


「神龍の力を自在に操れるだと? そんな事、有り得る訳がない!」


 コールはブルブルと身体を震わせながら憤り、抑え込んでいた圧倒的な魔力を放っている。


 確かに俺もこれは反則だって思うよ。『神月修羅』が可愛く見える位のまさしく必殺技だ。


「さっきまでの余裕はどこに消え失せたんだよ。掛かって来な」

「ハハッ! グレイズこそ忘れたのかい? 今パノラテーフに来ている深淵龍は僕だけじゃないって事を!」


 その直後、城内のエントランスの上部に二筋の亀裂が入る。

 そして、一方から黒いマントに包まれた何かがどさりと音を立てて地面に落ちた。


 続いてもう一方の亀裂から、一枚の手紙がヒラヒラと舞う。


『あたしはグレイズきゅんが気に入ったからパス〜!!』っと読み上げた後に、コールは手紙を破りさる。


「随分セイネリアに気に入られた見たいですねぇ」

「さぁね。叔父さんの低い顔面偏差値よりマシだっただけじゃね? それより、そいつはどうすんだ?」


 俺が指差した先には、広がった黒いマントを再び体に巻き付け直す男がいた。


「ス〜、ス〜、ムニャ……」


 男は落下したにも関わらず、寝息をたてて起きる気配が無い。


 黒い軍服にミリタリーハットを被っており、その様子から中二病心が擽られるデザインをしている。


 長い前髪に隠れており、顔付きはわからないが若そうだ。


「ーーって、寝てますやん!」

「そう! 『混沌』の二つ名を持つケイオス・ガンスリングはね、銃を持っていない時は極度の怠け者なんだよ!」

「それって呼んだ意味がねぇだろ……」

「そりゃそうさ。だってグレイズの気を引く為の時間稼ぎだからね」

「グレイ! コールの口車に乗っちゃダメよ!」


 コールはカティナママンの足を次元魔法で拘束すると、ゆっくり地面に下ろした。

 そして、やれやれと言わんばかりに肩を竦めている。


「大丈夫だよママン。それにしても随分と素直に時間稼ぎって認めるんだな」

「君は知らないだろうけど、一周目の世界で僕は神龍に食い殺され掛けてるからね。あんな化け物と正々堂々と戦おうなんて正気とは思えないんだ」

「パパンは最強だからな!」


 ーーパチンッ!


 コールが指を鳴らすと、周囲の空間が捻れ歪む。

 だが、俺の張った空間結界と慈愛のネックレスが相乗効果を発揮して、一切ダメージを通す事は無かった。



 この間も、俺はずっと覇幻の柄に手を掛けている。


(集中しろ。彼奴らに隙は見せるな)


「ふあああああ〜〜っ! ……何、この殺気? あれ? もしかして俺を転移させたのコール?」

「おはよう。悪いけどちょっと手助けしてくれないかな? 僕だけじゃ勝てそうになくてね」

「……断るよ。どうせコールの事だから手負いの獣を追い詰める様な余計な真似をしたんだろ」

「そうだねケイオス。だけど、今のグレイズは神龍の力を宿してるんだ。僕等の最強になるって目的に近付くんじゃないかい?」


 深淵龍アビス二体が呑気に会話をしている最中、俺は無言で瞼を閉じていた。


 もう少しで何かが掴めそうな気がする。


 元の世界で常に感じていた覇幻との一体感。それがこの幼い身体じゃズレていた。


 ーー天衣無縫。斬られた事を感じさせる間も無く敵を屠る一太刀。


 今の俺ならばもっと先へ行ける。瞼を閉じたままでも、空間内の敵の感情が手に取って分かる。


「……神龍の力かぁ。確かに試してみるには丁度良いかな」

「そうだよケイオス。あの力に残された時間は五分程度さ。なのにグレイズは動く素ぶりすら見せない」

「……それは面白くないね」


 ケイオスと呼ばれた深淵龍の手元に強い力が集中していく。手にしたのは二丁拳銃かな。


 ーードンッ! ドンッ! ドンドンドンッ! ズドドドドドドドドドドドドッ!!


自動拳銃オートマチックかと思いきや、バーストやフルオート機能付きのマシンピストルかよ⁉︎」


 俺は前方に空間結界を多重展開して防御しつつ、左右から迫るコールの空間歪曲攻撃を背後に飛んで避けた。


「さぁ、そのまま防御を固めて何も出来ないまま終わりなよグレイズ〜!」

「フハハハハハッ! 俺の神格スキル『無限弾倉インフィニティーバレット』の前に死角はないぞ!」


 ケイオスの弾幕とコールの空間固定のコンボは確かに厄介だ。

 でも、俺は一切焦る事なく全てを回避していた。


 頭で考える前に身体が動く。第六感なんてものじゃない。龍眼を通して、世界の全てが色を変えていく。


「……そっか。対象を斬るんじゃない。次元そのものを断てば良いんだ」


 瞼を閉じたまま集中した先の先には無数の空間の繋ぎ目が見えた。


 それは時間が経つにつれて、より発光した線を俺の意識に刻み付ける。


 覇幻が言ってる。ーーここを斬れ、と。


「ありがとう。お前達のお陰でより剣士として高みにのぼれた」

「「ーーーーッ⁉︎」」


 ーー斬!!


 居合い一閃。ゆっくりと瞼を開いた先には、腰から上半身と下半身が両断されたコールとケイオスが驚愕に染まりつつ、倒れる姿があった。


 掌に意識ごと断ち切れた感覚がある。


 同時に龍眼のタイムリミットが訪れ、俺も全身の力が抜け落ちる。


 そんな中、たった一人だけ立ち上がる人影があった。

 やっぱり未来は変えられないか。


「グレイちゃん……本当にありがとう。あとはママンに任せてね。シルフェと仲良くするのよ?」

「……うん。いつか必ず迎えに行くから、待っててよ」

「ずっと待ってるわ。神龍様からの神託に従い、私は貴方を地上へ落とします」

「そんなに悲しそうな顔をしないで?」


 そう、俺がパパンに告げられた未来で俺を地上に落とすのは、コールではなくカティナママンだった。


 元々ママンの寿命を伸ばす為の方法を探しつつ、俺を生かすという選択肢はこの方法しかなかったらしい。


 納得はいかなかったけど、パパンから流れ込んだいくつものバッドエンドを見て、俺は自らこの選択を選んだんだ。


 ママンは俺が龍眼を発動させた事により、一時的に神龍の力が流れ込んで魔力を取り戻しているみたいだ。

 胸元の龍鱗が光輝いていた。


「悔しいけど、パパンのお陰で神格は奪われずに済んだし、チャンスを貰えた」

「いつかみんなでご飯を食べたいわね」

「うん。だからさよならは言わないよ。俺は絶対にママンを取り戻すから」

「……えぇ。その時はグレイちゃんの成長した姿を見せてね」


 三メートル近い高さの転移門ゲートが開くと、俺とシルフェはそのままゆっくりと吸い込まれた。


 最後に見たのはカティナママンの泣き顔と優しい微笑みだけ。


 俺は気絶したシルフェを抱きながら静かに目を伏せた。


 こうして、俺の空中都市パノラテーフでの生活は終わりを告げたんだ。

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