第67話 絶望と渇望。

 

 俺はずっと考えてた。どうしてカティナママンが奪われなければならないのか。


 何故アビスが襲来したのに神龍は降臨しなかったのか、と。


 血を流し過ぎた。全身から力が抜け落ちる感覚は幾度となく味わったけど、これは拙い。死ぬ。


 コール・タイムウェルは想像を遥かに絶する強さだった。

 それはハッキリと認めなきゃいけない。今の俺では勝てない。


「ちく、しょう」

「おいおい、あんまり汚い言葉を吐くなよグレイズ。カティナ姉さんの品格を見習うと良い」


 漸く麻痺が解けてきて吐き出した言葉を受けて、コールは見下すような視線を突きつけてくる。

 同時にゆっくりとお姫様抱っこしたカティナママンの意識を覚醒させていた。


「……ん。ここは?」

「おはようカティナ姉さん。さっきは手荒な真似をしてごめんね」

「ーーコール⁉︎ 貴方は一体何を⁉︎」

「おっと、暴れないでくれよ。これから劇の幕引きを行うからさ」


 驚きの表情に染まるママンへ、俺は声をふり絞った。


(助けるから、絶対に助けて見せるから!)


「ま、まん……」

「グレイ⁉︎ あぁ……何でそんなボロボロに」

「まもる、から。ぜったい、まも、る、から……」

「〜〜〜〜〜〜っ⁉︎」


 俺は這いつくばりながらほふく前進でママンの元に近づいていく。

 だが、視界の外から頭部に衝撃が走った。


「やめなさいコール!! これ以上グレイに何かしたら許さないわよ!!」

「落ち着いて姉さん、その言葉は一周目に聞いたよ。それにしてもグレイズ。誰が近付いて良いって許可したのかな〜? 大人しく見てなよ!!」

「ーーグプッ⁉︎」


 俺はコールに踏み潰された後、横腹を蹴り飛ばされて壁に叩きつけられた。

 そこへ、シルフェと妲己が近付いてくる。


「これ以上はさせません!」

「わっちがご主人様を守るんよ!」

「……たの、む。ママンをた、すけろ」


 我ながら無茶を言ってるのは分かってる。でも、絶対にそれだけは認められない。


 ママンを奪われる未来なんて納得出来る筈がない!


 藁にも縋る思いで二人に残酷な命令を出した。なのに、シルフェも妲己も嬉しそうに笑顔を向けてくる。


「任せて下さい!」

「分かってるんよご主人様!」


 次の瞬間、コールはつまらなそうに指を鳴らして空間を捻った。

 シルフェの足が折れ、妲己はくの字に折れながら血反吐を吐き出す。


「「キャアアアアアアアッ!!」」


 悲鳴を聞きながら悟ってしまった。あぁ、間違えたんだ。俺は今、確実に間違えた。


 仲間に任せるなんて都合の良い言い方をしても、誰も救われない。


 ただ、認めたくなくて縋ってしまった。


 こんなに情けない思いをするくらいなら、剣など捨てて平凡に暮らす道を選べば良かったんだ。


「……なんて、情けないんだろう。何が無敗の剣士だよ」


 そうして、俺は絶望に飲み込まれて意識を閉じた。


 __________



 真っ暗闇の中を深海に沈む様に落ち続けている。これが、死ぬって事なのかな。


 地球では隕石に飛び込んで一瞬で死んだから、実感湧かなかったんだよね。


 上には上がいるんだなぁ。俺は剣だけなら、誰にも負けないって自信があったのに。

 異世界は広いって事か。


 それに死んだからなのか、さっきから幻聴が聞こえるし。


『ーー汝、代償を支払っても力を欲するか?』


 力ならずっと欲してきたさ。努力もした。それでも届かなかったんだ。

 こんな元爺に出来る事なんて、たかが知れてたんだろ。


『ーー汝、代償を支払っても力を欲するか?』


 だから欲してきたって言ってんだろ。それでも届かなかったんだって。

 それに代償ってなんだよ。これ以上俺から何を奪おうってんだ?


『汝、代償を支払ってーー』

『ーーダァ〜〜!! 煩いよパパン! 声のトーン変えても分かるっつの!』


 いい加減我慢出来なくて言葉を遮りながら叫んだ。すると、予想外に間抜けな声が頭に響く。


『おや? バレとる⁉︎』

『そりゃあね。一応最強の親父を倒す為に頑張ってんだから、声色くらい忘れないさ』

『訂正を求む。パパンの方が呼ばれて気持ちが良い』

『う〜ん。まぁ、ずっとそう呼んできたから良いよパパン。んで、何の用? 俺死んだんだろ?』


 暗闇に光が射し込む。転生の時以来、久しぶりに神龍の姿を見た。

 虹色の龍麟を輝かせ、口元から牙を覗かせている。


 三十メートルを超える巨躯を見上げていると、不意に身体が浮かび上がって視線が重なった。


『死んではおらぬ。精神を一時的にリンクさせただけだ。我はカティナとグレイズの二人をずっと見守っていた。だが、神々との制約により、グレイズが成龍の儀を終えるまで神域より出られぬのだ』

『だから助けに来れなかったのか……』

『唯一の例外は、グレイズが死した時だな。我はカティナの弟が言う一周目で奴を食い殺したつもりだったのだが、よもや生きており、世界を巻き戻すとは思わなんだ』


 成る程、それがコールが眉を顰めた理由か。


 念話を続けながら、俺はパパンが助けに来られなかった理由と、コールがいちいち世界をやり直した意味を考察した。


『あいつは俺が死んだらカティナママンが自害すると言ってた。なら目的は俺を殺す事じゃないのか?』

『あぁ。我は既に水氷龍のスキルからこの先の出来事を予知しておる』

『なら、どうやったらママンを救えるか教えてくれ!』


 四龍の固有スキルは元々神龍から賜ったものだと聞いた事がある。

 ならば、パパンなら打開策を知っている筈だ。


『……故に問おう。代償を支払ったとしても、力を欲するか?』

『代償ってなんだ? それによる』

『普通ならば教えぬが、息子の頼みだしな。まず、カティナは奪われるのではなく奪わせよ』

『チッ!』


 論外だった。正直頼りにしたのが間違いだったと舌打ちすると、神龍を睨み付ける。


『ならば聞くが、カティナの寿命を延ばす算段はついたのか? エリクシルはじきに尽きるぞ』

『……確かにそうだ』

『コールは時を止める事は出来ぬと言っていたがあれは嘘だ。一周目で我に向かって放ちおったからな』

『だから彼奴は永遠にママンと一緒にいるなんて言葉を使ったのか。それで、どうやってパパンはコールに勝ったんだ?』

『おう。気合で時間停止を砕いたぞ。元々次元を操る事柄において、我に敵う者など神界にもおらぬよ』


 おうふ。聞いて良かったと思うべきなのかどうかわからんけど、やっぱりパパンってば最強なのね。


 俺が呆れていると、身体を硬直させる程の鋭い視線が突き刺さった。


『次に代償だが、グレイズが成龍の儀を受ける前に我の力を与えるのだ。一体どんな反動が起こるか我にも読めぬ。それでも望むか?』

『ママンが奪われるならいらん』

『……確かにカティナは奪われ、お前は我の結界を張り巡らせているパノラテーフから下界へと落とされるだろう。その未来は変えられん。だから選択しろ。ーーシルフェを救うか、否か』

『ずるいな。そんなもん答えは一つしかないじゃん』


 俺が不貞腐れていると、神龍の巨大な親指が俺の頭を潰さないように、そっと撫でられた。

 何でだろう。たったそれだけなのに、涙が溢れそうになる。


『良い男に育った。お前は我の誇りだ。次に会った時は一緒に酒でも酌み交わそうな』

『馬鹿。こちとら元爺だっつの。ーーでも、楽しみにしてる』


 俺が照れていると、神龍は眩い輝きを放ちながら消え去った。

 そのまま光の粒子が俺の中に流れ込んでくる。


『今こそ我が後継者の力を解き放たん!! 息子流に言ってやろう。調子に乗ってる小僧をぶちのめして来い!!』

『応!!』


 瞼を開くとシルフェが地面に横たわっており、妲己は既に消失したみたいだ。


 今まさにコールが黒杖を振り下ろしてとどめを刺そうとしている。


 ーーヒュンッ!!


「何だとッ⁉︎」

「ーーグレイちゃん⁉︎」


 俺は倒れたシルフェを抱き抱えると、一瞬で壁際に飛んだ。

 そのまま横たわらせると、上級回復薬を自らの口に含んで唇を重ねながら流し込む。


 カティナママンとコールは、何が起こったのかわからないと言った表情で困惑していた。


「グレイズ、お前まさかっ⁉︎」

「煩いな……せっかく良い気分なんだ。騒ぐなよ叔父さん」

「グレイちゃん……ついに、ついに……」


 世界が色を変える。俺は肉体の奥底から湧き上がってくる力の奔流に抗う事なく、身を委ねていた。


「『龍眼』発動! 覇幻、ーー来い!!」


 ーーズワアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!


 覇幻が呼び掛けに答えて右手に転移する。

 神気と龍気と闘気。神、龍、人の気の融合。それを成せるのが転生者である俺だ。


 ずっと出来なかった。出来ないものなのだと思い掛けてた。


 ーーこれこそ神龍の後継者の力だ!!


「な、なんだそれは⁉︎ 答えろグレイズ!!」

「俺の『龍眼』の効力は、十分間だけ『神龍グレイズメント』の力を降ろす事が出来る。さぁ、幾らでも時を巻き戻せよ。元々神龍パパンは第七の次元属性を司ってるんだ。お前が時間を戻した先からぶっ壊してやる!」


 未来は変えられない。

 俺はこの後、代償を支払う事になる。

 ママンとも別れるんだ。


 それなら、コールにも手痛い代償を支払わせてやるさ!


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