第65話 シスコンVSマザコン 2

 

 俺は背後で腰を抜かしている妲己へ念話を送った。


『これでシルフェの回復を頼む。出血量が多いから急いでくれ』

『うん! あと、朱厭が最後に言ってたんよ。そいつは空間を自由自在に操るって……』

『そっか。これで漸く攻撃手段が見えてきた。ありがとうな妲己。お前達は絶対に隙を見てママンを救おうなんて考えるな。多分一瞬で殺される』

『……ご主人様もどうか気を付けて』


 神獣として俺と繋がっているからか、酷く弱々しい感情が俺に流れ込んできた。

 とても怖い思いをしたんだろうな。


 朱厭が最後に残してくれた情報は、俺の予想に確信を齎してくれた。


 コールは『時間』と『空間』を自由に操れる。


 これは俺がママンから次元魔法を継承された時に受けた説明にあったからよく分かってる。


 ーーそれは、俺が一番最初に味わった挫折だからだ。


 次元魔法は言わば『想像力』がそのまま力になる。

 例えば『転移門ゲート』という魔法をカティナママンは得意としていたらしいんだけど、俺には使えなかった。


 魔力やMPが足りていても、自分の足を使わずに別の場所へ跳ぶという発想が思い浮かばない。


 転移先が岩や土、深海だったらどうするんだろう?

 そんな現実的な危険が浮かぶばかりで、試す気にもなれなかった。


 気とか探れませんしね。


 カティナママンは「世界を知ればじきに分かる」と言って頭を撫でてくれたけど、とにかくそれくらい次元魔法は難しい。


 何故か『崩壊する黒星コラプサーレ』の様な攻撃手段だけが生み出されてしまったのは、我ながら謎だ。


「密談は終わったかい? グレイズは考え事をしている時の表情が分かりやすいな。爪の垢にも及ばないけれど、カティナ姉さんを見習うと良いよ」

「いやいや、コール叔父さんこそ感情がダダ漏れだよぉ? カティナママンと兄弟だなんてとても信じられないなぁ〜? あっ、もしかして捨て子とか? だからそんなに顔面偏差値が低いんじゃない?」

「ハハハッ! グレイズったら冗談が上手いなぁ。虫けらの中ではそんなジョークが流行っているのかい? カティナ姉さんも君みたいな劣悪種を生んでしまって可哀想だ」

「アハハハハッ! 叔父さんこそ、何その悪趣味な杖。気持ち悪っ! あと、あんまりママンの近くに寄らないで貰えます? その臭い息と体臭で悪夢なんてみたら、可哀想だって心配しちゃうからさぁ!」


 ーーガキイイイイイイィィィィィィィンッ!!


 俺達は同じタイミングで飛び出した。エントランスの中央で覇幻と金色の魔核を輝かせた黒杖が交差する。


 こいつ、魔力だけじゃなく力もやばい。

 押し負ける事はないけれど、少なくともこの杖を両断する事は不可能だと強制的に悟らされた。


「ほらほら、その程度かい?」

「別に力比べがしたいわけじゃないからね!」


 力を抜いて体勢を崩した隙を突く。

 杖の柄を滑るように刃を振り上げると、躊躇いなく首元を狙った。


「ーー『空間操作』発動。結界内より対象を排除。君は次元魔法の力をまだまだ理解出来てないみたいだね」

「グアアアアアアアッ!!」


 コールがボソッと呟いた直後に一瞬空間が歪み、激痛と共に俺の左腕から先が捻れて骨が粉々にされた。


 指先の感覚もない。頭が割れる程の痛みに歯を食いしばっていると、真上から黒杖が振り下ろされる。


 ーーズガンッ!!


「〜〜〜〜〜〜⁉︎」


 物理障壁を無効化して叩かれたダメージに頭が眩む。まるで大槌を振り下ろされたみたいだった。

 こんなダメージを食らったのは転生してから始めてだろう。


 だが、休む間も無く連続して黒杖を振り回すコールを、俺は血に滲んだ視界の中ではっきりと捉えている。


「痛いかいグレイズ? でもね、僕はもっと痛かったんだよ? 愛しい姉さんが神龍の巫女に選ばれ、奪われると知った時から、どれだけ今日を待ち侘びたと思ってるんだい? 僕の苦しみをもっと味合わせてやるよ、ほらっ! ほらっ!! ほらあああっ!!」

「……天の羽衣、展開。『魔神霊装』、ーー発動!!」


 魔力と神気を融合して魔神霊装形態に変わると、賺さず俺は『風氷の槍』を四方からコールに向けて撃ち放った。


 コールは黒杖を掲げると、先程見せた空間結界で避ける事もせずに防ぐ。

 同時に発動していた『風の檻』でほんの少しだけ時間稼ぎをすると、俺は一気に後方へ退いた。


「逃げるつもりかい? カティナ姉さんを起こしたくないから別にそれでも構わないけど、正直ガッカリだなぁ」

「誰が逃げるか馬鹿眼鏡。何で俺がわざわざ勝てる筈もない魔力特化型の姿になったと思う?」

「さぁ? それよりも良いのかい? 僕は時間を巻き戻せるんだよ。何か厄介な真似をするつもりなら、無かった事にすれば良いだけさ」


 肩を竦めながら小馬鹿にしてくるコールを見つめながら、俺はニタリと口元で三日月を描いた。


 ーー神格スキル『支配領域レギオンルーラー』発動!!


「いつまでも舐めてんじゃねぇよシスコン野郎! これで条件は同じだ!」

「神格スキルを使えたのか⁉︎」


 俺は一瞬で距離を縮めると、コールの上半身に袈裟斬りしつつ空間を固定して両手足を拘束した。

 そのまま驚きに染まった右の瞳を一本抜き手で貫き、眼球を抉り取る。


 チュートリアルで嫌と言うほど味わった神の動きを模倣したのだ。


「ぎゃあああああああああああああああっ!!」

「うえっ! 久しぶりにやったけど汚ねぇなぁ。それに煩いよ叔父さん。ママンが起きたら嫌なんだろう?」

「クソ餓鬼がぁっ! こんなもの時間を巻き戻せば、ーーはっ⁉︎」

「戻せないよ。今この領域は完全に俺の支配下にある。時間も空間も優先権は俺の方が上だ!」


機械神デウス・エクスマキナ』にどれだけ殺されたと思ってんだ。

 この力について誰よりも詳しいのは俺だっつの!


 あまりに危険過ぎるからママンとの約束で封印していたが、こいつ相手ならもう我慢はしない。


「さぁ。正々堂々の戦いってやつをやろうぜ?」

「……じゃあ、この両手足の拘束を解きなよ」

「阿保か。それも俺の力なんだから、解くわけ無いだろうが」

「やっぱり姉さんとは似ても似つかないな。殺してもその愚かな罪が消え去る事はないだろう」

「大丈夫だ。死ぬのはお前だからさ!」


 これで状況は五分五分って所だろう。だけど俺は慢心しない。油断しない。


 絶対にこいつは今以上に隠しているカードがある筈だ。


 さぁ、こっちが先に奥の手を切ってやったんだ。見せてみろよ!

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