第64話 シスコンVSマザコン 1
朱厭は何度も何度も立ち上がり、剛爪を振るい続けた。
だが、いつしかその爪は自らの肉体を削り、血飛沫が舞う。
神獣は死んでも朧から神気を補充されれば蘇る。
それは確かに大きなアドバンテージだが、今の朱厭にはそんな気が毛頭なかった。
何故なら、自分が倒れればシルフェと妲己の身が危ういからだ。
眼前の男の力は未知数であり、その力の一端でも知れればと考えなかった訳じゃない。
だが、主人の願いは別だった。
ーー自分が辿り着くまで頼む。
そう朱厭は解釈したのだ。そして、間違いなく正しいという確信がある。
故に退かず、ただ爪を振るうのみ。
「猿のくせによく粘るね。いつ死んでもおかしくない位の出血だけど」
「……こんなもの、擦り傷に過ぎぬ」
朧が近くにいない以上、朱厭は『神爪』を発動出来ない。そこで、一つ策を弄した。
男に向かって爪を振り下ろすと見せかけて、方向転換し、横たわるカティナに向かったのだ。
「ーー覚悟!」
「き、貴様ぁっ!!」
朱厭の剛爪が振り下ろされた直後に男はカティナを守る為に間に入り込み、軽鎧の籠手で防いだ。
その際、頬に三本の血筋が刻まれる。
「ようやく一矢報いたな」
「……黙れよ」
『妲己よ。主人に伝えて欲しい事があるこいつの能力はーー』
『分かったんよ! だから、早くそこからーー』
この時、朱厭は確信したのだ。次の一手で確実に自分は死ぬと。
だからこそ念話で妲己に伝言を託した。
ーーズバァッ!!
「不愉快だ。消え失せろ猿め」
「ガフッ! 我が主人は、貴様なぞに負け、ぬ」
胴体を男の右手に貫かれ、朱厭は吐血しながら朦朧とした意識の果てに聞き慣れた叫びを聞く。
首を傾けた視線の先には、幼き主人の姿があったのだから。
「しゅえええええええええええええええんっ!!」
「ハハッ! 我は、役目を果たしました、ぞ……」
「……良くやった。さすがは俺の神獣だ……」
「あり、がたく」
そのまま朱厭は赤い光を放って消失する。朧はそのまま周囲へ視線を流した。
床に寝そべっている母。倒れたメイド。戦意を失う程に怯えた幼女の姿を見て、脱力しながら男へ問う。
「お前がコール・タイムウェルか?」
「そうだよグレイズ。立場上は君の叔父にあたるが、気にしないでくれ。そんな風に呼ばれたら、きっと吐いてしまうからね」
「安心したよ。一応ママンの弟だ。良い奴だったら殺すのが忍びないと考えてたんだ……」
「大丈夫さ。死ぬのは君だけだらね。ちゃんと殺してあげるから、今度は別の世界に転生しなよ」
「……へぇ、そこまで知ってんだ」
朧は内心では驚いていたが、今はそれ以上の感情が沸々と湧き上がって止まる事を知らなかった。
ーー殺してやる。かかってこいよ? シスコン野郎。
ーーゴミ屑の分際で調子に乗るなよ? マザコン坊や。
__________
「覇幻一刀流奥義『崩月』!」
俺は居合い抜きから崩月へ繋げ、縮地で加速。
背後から首ごと胴体を抉るつもりでコールへ疾駆した。
ーーパチンッ!
だが、指を鳴らす音がした直後に元の場所に戻っている。成る程な。これがコールの力の一端か。
「……」
「どうした? 驚かないのかい?」
「あぁ。悪いけど、似たような力を持った相手に心当たりがあってな」
「へぇ。じゃあハッキリ言っておくけど、僕はその相手の何十倍も強いから頑張ってね」
俺は無言のまま、『朧月』、『残月』、続いて魔法で矢の嵐を降らしたりといくつもの攻撃パターンを試したが、全て無効化された。
正確には発動した直後に元に戻された。
続いて構えを取ると見せかけて、足先から発動した風魔法で地面に一本の傷をつける。
そのままコールの懐に一気に詰め寄ると、覇幻をフェイントにして左手で大地龍の鞘を腰元から抜き去り、神速の一撃をこめかみに叩きつけた。
ーーだが、また時間が戻されている。
先程つけた地面の傷がない事と、鞘が腰元に仕舞われている事を踏まえて俺は確信を得た。
「街の人たちや兵士は、時間を停止させてるんじゃないよな?」
「……どうしてそう思うんだい?」
「おいおい。大人の癖に質問に対して質問で返すなよ。そんなに能力がバレるのが怖いのかい? 叔父さん」
冷静なにやけ面だったコールのこめかみに青筋が浮かぶ。
こいつ、結構キレやすいタイプなんだろうな。若い若い。
「脈を測った。そしたら正常だった脈が不自然に乱れるタイミングがあるんだよ。しかも一定の間隔でな。時間を停止させてるなら、心臓すら時を止める筈だ」
「ご名答。僕は時間停止を使えない。正確にはそんな事は神にしか出来ない、と言った方が正しいかな」
「時間を巻き戻せる癖に良く言うぜ」
「もう答えは出てるんだろう? 僕はこの里の主要人物以外の時間を一定間隔で巻き戻し続けてるんだ。だから動く間も無く停止し続けているように周囲からは見えるだろうね」
やっぱりな。ある程度最初から予想はついていたが、最悪の能力だ。
時間停止じゃないのはまだ救いがあるけど、弱点が見つからない。
強いて言うなら、俺の記憶の保持がなされてしまうところだろう。
記憶まで巻き戻されてしまっては、本当に打つ手がない。
何か打開策を閃いても、また振り出しに戻されてしまうのだから。
「その顔、多分巻き戻っても記憶が保持される事を安心してるんだろう?」
「そうさ。お前の神格スキルの唯一の欠点だろうな!」
俺がそう告げると、コールは笑いを堪えるように掌で口元を覆った。
一瞬身体をくの字に曲げた後、起き上がりつつ此方へ一歩近付く。
「神格スキルだって? 何で君如きに使わなきゃいけないのさ。僕がさっきから使ってるのは次元魔法だよ?」
「ーーーーッ⁉︎」
「驚いているところを見ると、本当に僕が神格スキルで時を巻き戻してると思ったみたいだね。君にステータスなんて見せないけど、嘘はつかないから最大MPの教えあいっこをしようじゃないか」
両手を広げつつ近付いて来るコールの提案を、俺は一切信用していなかった。
こちらの手の内をバラす必要など皆無だ。
「おいおい。そんなに僕を信用できないのかい? まぁ、弱者が怯えて慎重になるのは当然かな。でも、半分正解だよ。言われなくても君のMPが7万前後だと分かってるからね」
まじかよ。鑑定の力か、何かしらのアイテムか分からんけどかなりドンピシャじゃん!
焦るな俺、ポーカーフェイスだ!
「ピュ〜ヒュ〜プス〜! ……全然ちげーし。もっと多いっつーの!」
「それ、口笛のつもりならどれだけ誤魔化すのが下手なんだ……」
「う、嘘じゃねーし!」
「まぁ、正直どっちでもいいよ。興味もないしね」
「お、お前のMPも言えや! 俺のMPは全然違うけど、そこまで言うなら高いんだろうな⁉︎」
俺は指差しながらドヤ顔を決めた。こちとら赤子の頃から魔力を磨いてきたんじゃい。
上には上がいるだろうけど、相当最上に近い筈だ。
「僕のMPは60万だよ。因みにこの時間を巻き戻す魔法は、この里全体で大体10万近いMPを消費するかな。言っておくけど範囲を指定して発動してあるから、解除するまで消えないからね。そういえば空間を操作する次元魔法は人によって形が違うんだよ? 知ってたかい?」
「……まじか」
こんな時、俺は元の世界の長年の経験から相手の虚実が大体分かってしまう。
ーーやべぇ。魔法じゃ勝負にならないじゃん。
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