第61話 セイネリア・スペクターの力。
俺は深淵龍の一体、幽冥のセイネリア・スペクターと対峙しつつ、並列思考のスキルを発動させて脳内作戦会議を行なっていた。
まず、鑑定を使っても一切情報が読み取れない。
これはセイネリアのスキルによるものか、装備に阻害されているんだろう。
実力差が離れすぎてるとは思いたくないな。
「朧く〜ん? 色々ゴチャゴチャと考えてもつまんないから早くおいでよ〜?」
「……そう言うならお前から掛かって来たらどうだ?」
「え〜? やだよ〜。その線から先に入ったらどうせ首を狙って来る気なんでしょう?」
「チッ!」
セイネリアがケラケラと笑いながら指差したのは、俺の領域内における居合いの境目だった。
俺は舌打ちしながら対象の一挙手一投足を常に目で追っているが、何故か隙だらけだ。
ーー『斬』!!
「えっ? あれれ?」
「覇幻一刀流奥義『朧月』。お前正直言って隙だらけだぞ。拍子抜けだな」
俺は残影をその場に残して背後からセイネリアの首を刎ねた。
防がれると思って次の手を用意していたのだが、不要だったみたいだ。
慢心している敵を屠るのは容易い。その典型的な形になったかな。
「朧君小ちゃいのに凄いじゃん! どうやったのかお姉さん全く見えなかったよ〜?」
「首だけで話すな。気持ち悪いぞ? じゃあな」
「アハハッ! じゃあ戻ろっとーー」
「ーー戻るってお前死霊じゃあるま、い、し……」
俺は間違いなく首を刎ねた。回復をさせないレベルで、即死級のダメージを与えた筈だ。
だが、一瞬セイネリアの首と身体が消失して再び現れたと思ったら、全てが元通りになっていた。
どんな手品だと眉を顰めつつ睨んでいると、腹を抱えて笑いながらセイネリアが口を開いた。
「びっくりしたぁ〜? あたしの神格スキルはね、『
「……何だよそのチートスキルは」
「葵もそんな事言ってたなぁ。チートって反則とか詐欺みたいな意味なんでしょ? なら大丈夫。朧君もバッチリチートだよ〜!」
パチパチと拍手しながらも、漆黒の瞳は先程と違って殺気を帯びている。
一度殺されたという事実がスイッチを入れてしまったのか?
『朱厭、妲己。シルフェを連れて撤退しろ。ここからは相手も本気になったみたいだ。庇えない』
『しかし、それでは主人の盾となれませぬ!』
『そうなんよ! どっちか一人を残すべきなんよ』
『悪い。俺からの最大の願いだ。シルフェを連れて一緒にカティナママンを守って欲しいんだ。頼むよ……お前達』
『『……』』
一瞬だけ視線を流すと、軽く頭を下げた。それだけで神獣達は意味を察してくれたみたいだ。
「退きますぞシルフェ! これは主人の命令だ!」
「ーーえっ⁉︎ 坊っちゃまを一人で置いていくなんて出来ません!」
「わっち達がどんな思いでこうしてるんか、考えて言ええええええっ!!」
朱厭はシルフェを脇に抱えて、一気に背後にいる妲己と共に階段を駆け上がっていった。
「グレイ坊っちゃまっ!! 必ず、帰って来てください!!」
「当たり前だ。ママンを頼んだぞ」
こちとら残り二体いるんだからな。はっきり言って魔力も神気も温存したいんだけど、無理か。
「ねぇ朧く〜ん。もう用は済んだ〜? 待ち疲れちゃったよ〜」
「彼奴らが逃げるのを待っててくれるなんて案外優しいんだな。アビスってもっと嫌な奴だと思ってたよ」
「ケイオス君なら背後からズドンって感じかもしれないけど、あたしはそう言うの好きじゃないんだよね〜。っていうか、弱者に興味がないの〜」
セイネリアは欠伸をしながら首と肩を回すと、アイテムストレージから一本の大鎌を取り出した。
曲線を描いた刃は水で作られた様な透明さがあり、青色を帯びている。
柄はシンプルな黒一色だが、所々に宝石が散りばめられていた。
「随分高そうな一品だな」
「鑑定してみれば〜? 多分見えないだろうけどね〜!」
装備者だけじゃなく装備まで見れないってどういう事だよ。こういう時に知識と経験の差が悔やまれる。
「パノラテーフにいただけじゃ分かんないよね〜? お姉さんが一つ教えてあげるなら、竜人は贅沢なんだよ。龍眼と龍化の法。この二つの所為で狩られる側、つまり弱者の気持ちが分からないんだ〜!」
「さっき弱者に興味ないって言ってなかったか?」
「うん、ないよ〜! だけどね、地上の人間達は凄いよ。弱者から強者になる為にあらゆる研鑽を積んでてね、この『鑑定阻害』も編み出したんだって〜!」
知っとるわ。こちとら元人間じゃい。それでも今のセイネリアの言葉は胸を打つものがあった。
確かに俺は地球にいた頃より圧倒的に強くなったと思う。だが、足掻いていただろうか?
転生神と神龍とママンに用意されたレールを、ただ早く走っていただけじゃないのか?
「ご教授感謝する。俺の世界は確かに狭い。外の世界を教えてくれて嬉しい」
俺は敵だが頭を下げた。完全に俺の事を舐めているとはいえ、善意で教えてくれた事に対する礼のつもりだ。
「うんうん。素直な良い子にはご褒美をあげるよ〜! ーー敗北の悔しさってやつをね!」
「ハハッ! 負ける気はねぇよ!」
俺は振り下ろされた大鎌を覇幻の刀身で受け流すと、そのままセイネリアの脇腹を斬り裂いた。
ーーパキンッ!
「ぐえぇっ⁉︎」
「油断大敵だよ〜? 障壁を無効化するスキルもあるからね〜!」
カウンターで俺の横腹に膝がのめり込み、ミスリルの軽鎧が一撃で粉々に破壊されて激痛が襲う。
まさか脇腹を斬られるのを無視して攻撃に転じるとは予想だにしなかった。
「あのさぁ。あたしは限定的とはいえ不死者なんだよ〜? 戦い方を凡人のそれと一緒にしちゃダメだってば〜!」
ーープチンッ!
「……いつまで教える側のつもりなんだお前? それなら俺も教えてやるよ」
「そうそう。温存なんて考えないで本気になりなよ〜」
「後悔すんなよ? 『天の羽衣』ーー展開! 『魔闘天装』発動!!」
「おぉ〜! 格好良いじゃん朧くーー」
ーー『断』!!
軽口を叩く女の頭部から股間まで、一刀の元に両断する。
直ぐ様死体は消失して再度元通りだが、アピールにはなっただろう。
「今の攻撃に反応出来ない時点で、お前はこれからただのサンドバックだよ。死ぬまで殺してやる」
「あら、ステキなお誘いにお姉さんゾクゾクしちゃう〜! でも、二回も殺された事だし、そろそろあたしも本気出すからね〜?」
次の瞬間、セイネリアの漆黒の瞳に紅い菱形が浮かび上がると、爆発的に龍気が跳ね上がった。
「さっ、もっともっと殺し合おうよ、朧君!」
「……そりゃ使えますよね。龍眼っすか……」
それにこいつはまだ龍化すらしてないんだぞ。まぁ良いさ。
さっさとこいつを片付けて、ママンの所に向かうんだ!
「ーーシッ!!」
「うおりゃあああああっ!!」
俺が繰り出す斬撃が全て大鎌に弾かれた。時に回転を加えて反撃にまで転じて来る。
隙だらけの先程までとは大違いの体捌きだ。
地面を粘土の如く大鎌の刃が抉り取る。龍眼の特殊スキルか⁉︎
「ほらほら遅いよ〜!! どうやら一旦その武器を仕舞わないと、最高速の斬撃は出せないみたいだね〜!」
「関係ない。お前と俺には絶対的な差があるからな!」
「えっ?」
セイネリアの両太腿から下がストンと地面に落ちて俺の頭の高さまで崩れ落ちると、驚きの表情に染まった視線が重なった。
「これで、三回目だな。答えは次に会った時に教えてやるよ」
「うぅ〜! まさかぁ〜!」
俺はそう告げると瞬時にセイネリアの首を刎ね、復活を待たずに部屋を出て全力で階段を駆け上がった。
ーーこれは逃げるんじゃない。戦力的撤退だ!
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