第59話 死者の嘆きの塔にて。

 

 新しいダンジョンの下見として、俺はまずシルフェを連れて『死者の嘆きの塔』へ向かった。


 選抜した隊長格の兵士達には小隊を組んでフレメンズの里とマッテンローの街に残って貰い、カティナママンの護衛をお願いしておく。


 俺は外敵の侵入に備えて、ここ一年で火の縄張りの警備を強化してあり、そう易々と出し抜かれる事は無い筈だ。


 ーー例え相手が深淵龍アビスだろうが、きっと。


 __________


「ほら、着いたぞシルフェ」

「えっ? 見たところただの大岩しかありませんけど、塔は何処ですか?」


 俺とシルフェの眼前には、半分くらい地面に沈んだ円形の大岩があった。

 半径五メートル前後で、俺達は身体が小さいから天辺が見えない。


 この場所はマッテンローの街から南方に四キロ程進んだ場所で、徒歩でも行ける距離だ。

 まさかこんな所にダンジョンがあるんなんて、火炎龍でも思わないかもね。


「そこの窪みを押してみな。そうすれば分かるからさ」

「……はい」


 シルフェは疑念を抱いたまま窪みをそっと指で押した。すると、窪みを中心として大岩に光の亀裂が走り、内側に扉が開いていく。


 ーーゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


 俺は悪戯が成功した子供の様に笑い、シルフェは目を見開いて固まっていた。


 朱厭と妲己は俺の影に潜んでいたが、頭だけ飛び出すと、同様に驚きに染まっている。


「なっ? 凄いのは中に入ってからだぞ。何でこの場所が塔って言うか分かるか?」


 俺の問いを受けてシルフェは顎をなぞると、閃いたと言わんばかりに挙手した。


「分かりました! ここから塔に転移するんですよね?」

「ブブ〜ッ! ヒント、塔はもうこの場所にあるぞ」


 俺が地面を指差しながら人差し指をチョンっと動かすと、シルフェも漸く理解したみたいだ。


「もしかして……地面の中に塔が?」

「正解だ。俺も最初に来た時は驚いたんだが、ここは螺旋階段を下る様に作られていて、塔を逆さまに埋めたみたいな作りをしているんだよ。その途中途中に部屋があって、モンスターを全て倒し終わらないと次の部屋に進めないんだ」


 俺の説明を聞きながら、シルフェは胸を高鳴らせているみたいだ。絶壁だけどね。


 いや、最近少しは成長しているのだろうか?


 昔と違って簡単に聞けなくなるもんだなぁ。自称乙女らしいし。


「ふぇ〜。色々なダンジョンがあるものですねぇ。ちなみに坊っちゃまはどれ位まで攻略したのですか?」

「一応クリアはしたけど、ここのボスは完全に消滅させる事が不可能なんだ。倒した死霊の怨念を吸収して翌日には復活してる」

「それって無敵って事ですか?」

「いや、一度倒すと溜め込んだ力を失わせられるから、暫くは弱体化するよ。どっちみち最下層まで下りるのは許可しない。今はまだね」


 そのまま手を引いて合図すると、俺が先頭で扉の内部に侵入する。

 恐る恐るといった感じで、シルフェも後に続いた。


 元々数日間は俺がパワーレベリングしてやって、緊張を解すつもりだ。


 それにグール達には毒を含んだ攻撃が多い。解毒薬はしっかり準備してあるが、連続して食らうと危険なのは間違いないだろう。


 ーーゴウオオオオオオオオオッ!


「ヒィッ⁉︎ 今何か聞こえませんでした⁉︎」


 等間隔で松明に照らされた螺旋階段を下りていると、怨霊の嘆きみたいな低音が鳴り響いた。


 俺は風の音かなんかだと思って気にしなかったんだけど、シルフェが驚いて背中に引っ付いてくる。


「馬鹿野郎。吹き抜けの中央部分に風が流れてそう聞こえるだけだろ? 気にしすぎだぞ」

「坊っちゃま……この塔って地下に向かって伸びてるって自分で仰ってましたよね? どうやって風が流れるんですか⁉︎」

「あっ、確かにそうかも。シルフェの癖によく気付いたじゃないか。アハハッ!」

「笑ってる場合じゃないんですけど⁉︎」


 シルフェに肩を揺さぶられるがしょうがないだろ。

 だって、俺は虫が滅茶苦茶嫌いだし苦手だけど、地球にいた頃から霊とか平気なんですよね。


 ーー霊感とか、寧ろ欲しかったし。


 因みにダンジョンのグールとかゾンビとかレイスは、ただそういう名前のつけられた魔物ですから。


「シルフェは臆病だなぁ。この世界にはもっと色んな怖い存在がいっぱいいるだろ?」

「た、例えば何ですか?」

「……あらゆる虫だよ。いずれ世界は奴等に侵略されるんだ。俺はその為にもっと遠距離魔法を磨かねばならないんだ」


 俺が生唾を飲みながら深刻な表情で告げると、シルフェは目を細めながらも察してくれたみたいだ。


「よく分かりませんが、それなら私が虫を倒しますから、グレイ坊っちゃまは死霊をお願いしますね?」

「任されよう! それは何て素敵な提案なんだ。お前がもっと巨乳だったら惚れてたかもな!」

「……いつか大きくなるもん」


 そんな他愛もない話をしながら階段を下っていると、次第に一つ目の扉が見えて来た。

 中の形はランダムで変化するので、入って見ないと何が出てくるか分からない。


 ーーガチャッ!


「ちぇっ。ハズレか」

「ひええええええええっ⁉︎ は、ハズレって何ですか⁉︎ 何あれ気持ち悪いです〜!」


 扉の先は長方形の大部屋になっていて、部屋の真ん中から天井に伸びた鉄格子が塞いでいる。

 彼方側には互いの肉を潰し合う程に大量のゾンビやグールが犇めき合っていた。


「この部屋ってもう少ししたらあの鉄格子が降りて一斉にゾンビに襲われるんだけどさ、頭が悪い作りになってるんだよ」

「大変じゃないですか⁉︎ 出ましょう? 急いで出ましょう? ね? ねえ早く!!」


 シルフェが俺のマントを忙しなく引っ張るが、無視したまま周囲に『雷の矢』を一斉に展開する。


 そのまま右手を振り下ろすと、鉄格子の先を這いずり回る死霊達を次々と撃ち抜いた。


 都合良く屍肉がくっ付いていてくれているお陰で、感電を繰り返しては少ない矢数で勝手に燃え尽きるのだ。


 五分後、鉄格子が降りた先には黒焦げになって全滅したグールやソンビの成れの果てだけが残されていた。


「ほらなっ? 頭が悪い部屋だろ?」

「……普通、分かっててもやりませんけどね……」


 もっと共感してくれると思ったのに、シルフェは愕然としたまま固まってしまっている。


 取り敢えず第一層クリアだ。今日中に中層までは行きたいけど、シルフェがこの調子じゃ無理かもなぁ。


 先が思いやられるよ。

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