第54話 空の散歩。
唐突だが、俺は考え事をする時に良く夜空を見上げる。
それは元の世界に郷愁を抱いている訳じゃなくて、ただ悩んでいるだけだ。
ただ、どうすればいいかを悩むんじゃなくて、どうしたら解決するか、もしくは回避出来るかをより深く一手先まで考え込む。
水氷龍は俺が負けると言った。それはつまりカティナママンを奪われるって事だ。
「そもそもどうしたらそんな状況に陥るんだ?
正直言って敵の情報が足りなすぎる。どんな作戦を立てるにしろ、相手の力量を把握する事は絶対に必要だ。
何度となく放り込まれた戦場で真っ先に死ぬのは、敵を侮ったり、自己評価が異常に高い連中だったしな。
ーーそして、何で
これが一番謎だった。多分、深淵龍に負ければ神格スキル保有者同士のルールに則って俺は力を奪われる。
そんな状態でカティナママンまで危険に曝されるならば、流石にパパンが出てきても良いだろう。
「何か理由があるのかな?」
「知りたい?」
「うん。だって、ママンが無事なら俺はそれで幸せだ、か、ら……」
ーーガバッ!
俺はいきなり豊満な胸に挟まれつつ、呼吸が苦しい程に抱きしめられた。
苦しいけど絶対に気絶するまでギブはしません! だって、この柔らかさに包まれて死ねるのなら、我が人生に悔いなし!!
「むぐぅ〜!!」
「あらっ? ごめんなさいねグレイちゃん。でも、さっきからずっと見てたのに全然気付いてくれないんだもの」
そっと力が弱められた瞬間に、顔を下げて呼吸だけは確保した。だけど、絶対に俺からは離れないぜ!
「ごめんね。起こしちゃったかなぁ?」
「違うの。実はね、ムスコニウムがベッドから離れた時には気づく能力がママンにはあるのよ!」
人差し指をピッと立てて、誇らしげに説明するカティナママンは何でか嬉しそうだ。俺だってそうさ。
「そうだね。俺もママンニウムが切れたら動けなくてニートになるよ。だから、一緒にいよ?」
「ニート? えぇ。ママンはずっと一緒にいるわ」
ふわりと抱きしめられながら、頭を撫でて貰う。あぁ、良い匂いがする。
これが洗脳だったとしても別に良いやって思える位、俺は幸せを感じてる。
愛情なんて、終ぞ知らなかったもんなぁ。
「ママンは俺が守るよ。でも……今はちょっとだけ自信がない」
「グレイちゃんが何かを思い悩んでいるのも、ちょっとだけ他の子供より生き急いでいるのも知ってるわ。ママンに話してみて? これでも次元魔法の先輩なんですからね」
頭を撫でられ続けながら、俺は決心した。
多分ハーブニルが見た未来の俺は、ママンを巻き込むまいとあらゆる危険から遠ざけた筈だ。
知らなかったらきっと俺もそうする。
ーーかつての次元魔法の遣い手、そして竜人最強の魔術師であったカティナ・オボロを守る為に。
だが、俺に力を受け渡して弱ってしまっていても、その経験と知識は計り知れないだろう。
「水の縄張りで何があったかちゃんと話してなかったよね? ちょっとだけ空の散歩でもしながら聞いてくれる?」
「えぇ、それはとても素敵なお誘いだわ。手を取ってくれるかしら私の王子様?」
「喜んで」
跪いて手の甲に軽い口づけをすると、俺は屋敷の窓を開き、風魔法を発動して夜の空へママンと飛んだ。
ある程度上空に舞い上がってから足元に風と水の魔法を複合させると、雲の道を作り出して二人で手を繋いで散歩を始める。
「……グレイちゃんは本当に凄い子ねぇ」
「えっ? 褒められるのは嬉しいけど、何が凄いのか分からないよ」
「うふふっ。こんな事を平然とやれてしまうのが凄いのよ。そして、自分を凄いと思っていない所が尚更魔術師からすれば脅威ね」
「う〜ん。こんなの二歳くらいには出来たしなぁ。でも、誘ったのはママンが初めてだよ」
俺が照れながらソッポを向くと、握られた掌が少しだけ熱くなった気がした。
どうしたんだろうと思ってママンを見つめると、なんだか難しい顔をしている。
「不覚にもママンちょっとドキッとしちゃったわ……こうやってグレイちゃんは沢山の女の子を落としていくのね〜」
「ママン、それはないんだ。もう生まれてから何度言ったか数えてないけど、恋愛は強さとは関係ないんだよ……」
俺は前世で童貞のまま爺になった時に知ったんだ。あぁ、幾ら年齢を重ねても魔法って使えねぇんだなって。
だから期待しない。
ーー俺の恋愛経験値は0のままなのだから。草食系男子万歳! ネトゲの嫁が俺の嫁!
「そうかなぁ? だって何百人の男をフッてきたママンがグレイちゃんは素敵だって言うのよ? ちょっとは自信がつかない?」
「……つかない。だってママンは特別だもん」
「ふふっ、そんな喋り方をしてくれるのも久し振りね。最近はいっつも大人ぶってるんだから〜!」
大人どころか元爺なんですよ。でも確かに最近は子供っぽい素振りをしないように気を付けていたかもしれないなぁ。
いつまでも甘えていられるなら、俺も子供のままでいたかったよ。
「少し真面目な話をするね。水の縄張りで俺は水氷龍ハーブニル・ウォルタに会ったんだ。そして、とても重要な事実を聞いた。それをママンに伝えるか悩んだけど、やっぱり聞いて欲しい。知恵を貸して欲しいんだ」
「可愛い息子の為だもの。何でもするわよ」
その後、俺は水の縄張りで起こった出来事を全て話した。
曖昧にしていた事も、俺が何をして、何を思ったのかも全部話した。
空中散歩をしながらママンはずっと黙ってそれを聞いて、受け止めてくれていた。
「これが、今回水の縄張りであった全てだよ。もう少ししたら、きっとセイン・ウォルタから事の顛末を話す為に使者が来ると思う」
「そっか。
俺はこの時のカティナママンの顔を忘れない。初めて見た憎悪の感情。抑え込めていない殺気。
それは俺の背筋に悪寒が奔る程の威圧を放っていた。
「……ママン、落ち着いて。殺気が少し痛いよ」
「ーーッ⁉︎ あぁ、ごめんなさいね! ほらっ! もうママンは大丈夫だからね! ねっ?」
「アビスと何かあったの?」
俺がそう尋ねると、ママンは突然押し黙ってしまった。やばい、地雷踏んだか⁉︎
「ごめんね。グレイちゃんが話してくれたのに、ママンが秘密にするのはおかしいわよね。よしっ! 話しちゃおっかな!」
「言いたくないなら別に……いや、やっぱり聞かせて欲しい。今は少しでも深淵龍の情報が欲しいんだ」
一瞬躊躇したけど、俺は現実を見つめる事にする。
そして、自分自身の考えや行動を否定し、客観的目線から全ての物事を捉えてみせる。
「以前にパノラテーフから逃げる事に成功した三体の深淵龍がいる事は話したわよね?」
「うん。当時の四龍の追撃からよく逃げ延びたと思ったよ」
「その内の一人は私の弟よ。名前はコール・タイムウェル。私と同じく次元魔法の遣い手であり、神格スキル『
「……」
「弟は最強で最悪の能力を持った深淵龍と化してしまった。私は……絶対に止めなきゃいけないの」
俺は黙ったまま、ママンの説明を聞きつつ推測した。同時に何故か直感でわかる。
ーーそいつだ。俺を倒してカティナママンを奪う敵は、絶対にそいつだ。
「コール・タイムウェルか。ありがとうママン。凄い重要な情報を得られた。続いて相談なんだけど、戦う場所はやっぱり火の縄張りみたいで、相当な被害に巻き込んでしまいそうなんだ。ハーブニルは既に四龍に予知の内容を伝えていると思う」
ママンは真顔のまま俺の意見を一度受け止め、しっかりと考えてから発言してくれた。ありがたい。
「
「それでも俺はママンを奪われてしまったらしい。勿論自分を鍛えるのが最優先だけど、同時に周囲に気を使わなきゃいけない状況に陥りたくないんだ。隙を減らしたい」
「う〜ん。じゃあ火の縄張りの兵士を鍛えなきゃいけないわね」
「それも考えた。だけど、他人を鍛えるのに夢中になって自分を鍛える時間が削られるのは避けたい」
「それなら問題ないわよ。この前見せて貰ったグレイちゃんのステータスには『教導』のスキルと『導く者』の称号がついていたじゃない! アレを思う存分に活用しましょう」
ママンは掌をポンっと叩いて満面の笑みを浮かべる。素敵です。
「成る程……数人ならともかく、数百人、数千人を鍛え上げれば貰えるマージンは途轍もない値になる、か」
「そう言う事ね。私も手伝うから、徹底的に鍛えあげましょう? 短時間で効率的に。ついでにシルフェのいい訓練になると思わないかしら?」
「うん! 妲己と朱厭をうまく使おう! なんだかアイデアが湧いてきたよ!」
ーーこうして俺とママンは夜の散歩を続けながら、『肉体の限界を超える為にはどうしたらいいか』という討論を繰り返した。
結果、『竜人なんだから、多少壊れるくらいで丁度良いよね』という結論に至る。
さて、明日からの実践が楽しみだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます