第41話 ギルムの里へ恩返し 後編

 

「神龍のガキを攫うのは失敗しても、これだけの手土産を持って帰ればグリム様も許してくれるよな!」

「あぁ、更に空尾狐の子供は変異種の『天弧テンコ』だぜ? 売れば一生安泰だ!」

「ガッハッハ! いっそ水の縄張りに帰るのをやめて、このまま盗賊稼業でも開くか? うるせぇ奴等の良いなりにもならずに済むしな」

「そりゃあいい! 天狐を売ったら村人は奴隷にして新しい縄張りを作ろうぜ!」

「「「「かんぱ〜〜い!!」」」」


 人数は二十人程度。今は宴の最中で、警戒心は無し。

 岩の中に作られた自然の砦は、恐らく元々住んでいた魔獣を殺害して奪ったものか。


 俺は闇隠龍のマントを羽織り、呑気に酒を煽る馬鹿どもを見つめていた。


 朱厭は眷属であるグッドクレイジーモンキーを十体程呼び出して、背後に控えさせている。


 俺が見込みがあると言った奴等は、本当に自らを鍛え上げてクレイジーモンキーから進化した。


 神獣である朱厭の影響もあるのだろう。


 いつもならこいつらに命令する形をとるが、今の俺は少々苛ついている。

 故に隠し通路などがあった場合に備えて周囲を眷属で囲む形をとった。


 砦内を鑑定した所、水の斥候達は大体40レベル前後でバランスをとってるみたいだ。突出した強者はいない。


「そろそろいいか……」

 俺はゆっくり身体を起こすと、覇幻の柄に手をかけた。


 闇隠龍のマントのお陰で気配にすら気づいていないみたいだが、それじゃあつまらない。


 ーー親狐の執念が晴れないだろ?


 俺はマントを収納空間アイテムストレージに仕舞うと、軽く首を鳴らした。

 そのまま足幅を開き、今も呑気に酒を煽っている一番レベルの高いクズの両腕目掛けて居合い斬りで両断する。


「ーーハァッ!!」

 そのまま『風の檻ウインドプリズン』を同時発動して、賊どもを一斉に閉じ込めた。


「……ぎゃああああああああああああああっ!! 俺の腕がねぇ!! 腕がああああああっ!!」

「な、なんだ⁉︎ 一体何が……えっ?」

「あのガキ、ダーゲットだぜ! 捕まえ、ーーブフッ!!」

「動けねぇぞ! おい魔法で壊せ!!」

「駄目です! こんな魔法見たことない!!」

「おい、俺達はお前に危害を加える気はもうないんだ!! 見逃してくれ!」


 ブンブンと蝿が煩わしいな。何を言ってるか知らないが、一匹たりとも逃す気は無いんだよ。


「そのままちょっと待っててくれ。演劇には観客が必要だろう?」

「主人、こちらに御座います」

「ありがと、見張りは問題ないか?」

「ハッ! 我の眷属達はしっかりと鍛えあげてありますので」

「期待している。あと、下位のクレイジーモンキーを呼んでおけ。きっと必要になる」

「??」


 首を傾げて不思議そうな表情をしている朱厭をおいて、俺は案内された地下へ向かった。


 岩に囲まれた牢屋はいくつかに分かれているみたいで、一度その全容を把握する為に鑑定を使うと、成る程と納得する。


 鉄格子の先は、村の男達、若い娘達、子供のみ、男女問わず年老いた者達に分けられ、そして最後に結界の張られた牢屋があった。


 村の者達はこぞって絶望に満ちた視線を向け、一部の者だけが憎しみの感情をぶつけてくる。


 若い女達の牢屋だけは鍵が無かったが、一見すれば全てを理解出来た。何かの薬物でも飲まされているのだろう。


 白濁液に塗れて全裸で放置されたまま、ブツブツと何かを呟き続ける姿は、地球の戦場に巻き込まれた村で良く見た光景だった。


 何でだろう。やっぱりこの世界も変わらないじゃないか。


 このまま成長した俺は戦場に放り込まれて、どうせ前の世界と同じような扱いを受けるのか?


 ーーそれはつまらない。


主人あるじよ。気を確かに!」

「朱厭、別に何とも無いよ。見慣れた光景だし、寧ろうざったくて溜め息がでる。先に約束を守ろう」


 俺はそのまま直進すると、結界の張られた牢屋を覇幻で横薙ぎに両断した。


 その光景を見た周囲の村人が騒めいているが、黙ってろ。


「俺の言葉が分かるか? お前の親から頼まれて助けに来たんだ」

「……人間、殺す!」

「そう言って、お前の親達も死んでいったよ」

「ーーえっ⁉︎」


 俺の前にはをふさふさの蒼毛に、九本の尻尾。頭部に小さな天輪を浮かべた子狐がいた。 地球で言う成長した兎くらいの大きさだな。


 顎が外れそうな程に口を開いたまま、子狐は固まってしまう。


「なぁ、お前は人間が憎いんだろう? 復讐したいか?」


 我ながら意地悪な質問だと思う。それでも俺はこの子狐の意志が知りたい。その答えによって今後の形振りを決めるのだから。


「……昔、一人の女の子が甘い果物をくれたなぁ。それを食べたら凄い嬉しそうに笑ってくれて、わっちも嬉しかったんよ」

「うん。お前達は元々穏やかな種族だもんな」

「ーートトと、カカは本当に死んだの?」


 先程までの憎しみに満ちた視線が絆されていくように、純粋無垢な瞳が俺に刺さる。


「ごめんな。俺があった時にはもう手遅れだったんだ。最後までお前の事を思っていたよ」

「ありがと。貴方は優しいんやねぇ」

「俺は、優しくなんてないさ」


 ダメだな。この子狐は失格だ。俺の神獣に成り得る覚悟も、想いも、執念も足りない。


 ただ『狩られる側』で終わるだろう。


「ーーねぇ、力をおくれ? それでもわっちはこの上にいる人間を殺したいんよ」

「おいおい……」


 突然蒼眼に見つめられて、ゾクゾクと背中に悪寒が奔った。そっか、舐めていたのは俺か。

 この子は俺さえも利用して、したたかに復讐の機会を伺っていたんだ。


「朱厭、どう思う?」

「恐れながら、資格は充分にあると存じます。我よりも上位の存在故に、主人に相応しいかと……」

「そんな顔するな。お前は生まれ変わったんだ。俺の眷属なんだから上も下も無いさ」

「有り難く!」


 跪いて涙を滴らせる朱厭は、本当に忠臣だと嬉しく思った。そして、俺も覚悟を決める。


「俺はお前達に復讐の機会を与えられるだろう。だが、その後の人生において俺に尽くす事を誓えるか?」


 これは子狐だけはなく、村人達にも伝わる様に聞かせた。


 別に圧政なんてするつもりはない。地球の食べ物を栽培する試験的な農場が欲しかっただけだ。特に米な。


「誓うんよ。だから、わっちをご主人様の物にしておくれ?」

「あぁ、お前を『妲己ダッキ』と名付ける!」


 その瞬間、瞳の色と同じく蒼い雷が妲己の周囲を纏い始めた。


 バチバチと音を立てながら眩い光が広がり、弾けた先には、ーー五歳位の幼女がいたんだ。


 腰まで伸びそうな長い蒼色の髪に瞳。うぅ〜なんて言いながら頭を掻いている幼女は、とても可愛らしい顔立ちをしており、何故か巫女服を着ていた。

 俺の趣味とかじゃないよ?


 九本の尻尾はもふもふとしていて、今度触っていいか聞いてみよう。


「ありがと、ご主人様ぁ!!」

「…………」

 なにこれ、どんなご褒美なんですか? この子、めっちゃ可愛いんですけど。

 ママンがゴッドビューティーなら、さしずめこの子はグランドプリティーって感じすっよ。


 シルフェ? あいつはダメだ。お漏らしガールで終わりだ。いくら優秀でもその評価は変わらん。


「なんかそわそわするんよ」

「あぁ、お前は神獣になったからな。どれどれ」


神糾弧シンキュウコ Lv1】


 進化してすぐだから、朱厭と同じくステータスがリセットされんたんだな。このままじゃ役には立たないけど、朱厭に教育係でも頼もうか。


「さぁ、幕引きとしようか!」


 俺は次々と村人達が閉じ込められていた檻の鉄格子を両断する。歓喜と怨嗟の声に塗れながら、一緒に地下の階段を登った。


「さぁ、そいつらは俺の魔法で動けないぞ。存分に甚振るといい!」


 普通の人間なら戸惑うだろう。なので、『風の槍』を五十本程用意してみる。俺が魔力を集中させている限り、形が崩れる事はないからだ。


「ま、待て! 俺達は命まで取る気なんかーー」

「良いのか? 俺達を殺せばお前達だって罪にーー」

「覚えてろよ⁉︎ 生き残ったら絶対に貴様らを滅ぼしにいくからなーー」

「やめろ、やめてくれえええええええええっ!!」


 ーーズキュッ、ズチュッ、ゴリゴリ!!


 村人達の目は、まるで機械みたいだった。洗脳した訳でもあるまいに、瞳孔を開いたまま黙々と作業をこなしている。

 老人は子供達に見せない様に目と耳を塞いでいた。


 ーー突き、突き、叩き、突き、引き摺り、突く。


 最初は上がっていた断末魔も、次第に少なくなっていった。

 これが、牢屋の中でこいつらが溜め込んだ絶望と怒りなんだろうな。


「朱厭、妲己。よく見ておきな。俺はお前達がこの域まで落ちたら、多分殺す」

「……畏まりました」

「……人間、怖いんよ」


 あぁ、それでいい。人間の怖さを知って、牙を磨くのが本来の獣の在り方だ。


 村人達は、もう物言わぬ死体と化した敵を、無言で刺し続けていた。


 ーーそれだけ、女達の陵辱は男達に傷を与えたんだろうな。


 とりあえず、死体は前もって呼んでおいた猿達に始末させ、もう用はない。

 本当は金目のものを奪っていきたかったが、俺は金を持てないし、それは俺の一部である眷属も同じだった。


 村の再興にでも使えば良いだろ。俺は俺で、思わぬ拾い物をしたしな。


「なぁ、妲己は俺についてくるのか? 別に好きに暮らしても良いんだぞ」

「ん〜、わっちはトトとカカが居ないなら行くところが無いんよ。だからご主人様の側に居たい!」

「そっか。狐の姿には戻れるのか?」

「それは朝飯前なんよ!!」


 妲己はボフンっと音を立てて元々の狐の姿に変化すると、そこには親狐にも負けない五メートル程の狐がいた。進化ってすげーな。


 ふむ。当初の目的とは違うが、鍛えるという意味でも丁度いいか。


「妲己、街の中では人間、外では狐の姿を取れ。見た所、他の物にも化けられるんだろう?」

「な、なんで知ってるんよ⁉︎」

「狐って元々そんなもんだからな。神糾弧シンキュウコになっても天狐のスキルは引き継いでるだろ? 俺を騙したら尻叩き百回な」

「ぴゃああああああっ! き、気をつけるんよ!」


 そんな俺達の会話を見つめながら、朱厭が何やら考えこんでいる。一体どうしたのか?


「なんだ? 不服があるなら言えよ」

「いえ、我も女体化を覚えれば、主人ともっと親しくなれるのかな、っと」

「……馬鹿野郎。俺が甘いのはカティナママンだけだ。お前が女でも変わらんぞ」

「そうでしたか。申し訳ありません」


 はい、嘘です。現に朱厭が女になったら絶対美人さんに決まってるしね。おじいちゃん心臓バクバクですから、絶対甘やかすね。


 ーー童貞なめんなよこの野郎!!


 こうして俺は新たな眷属を手に入れ、ギルムの里への恩返しは終わった。


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