きれいなけしき
いよ
侵食
ん…
寝てたな。
僕は立ち上がろうとした。
が、
体が動かない。
あぁ…そうだった…
僕は身体に纏わりついた木の根のような茶色い植物たちを確認しながら今までの出来事を思い出した。
膝の上には君がいる。
植物たちに包まれながら眠る君が。
今朝、植物に飲み込まれて逝った。君が。
昨日の夕方、僕と君はリビングでソファに座って一緒に映画を見ていた。
そのあと、眠くなった君が僕の膝で寝始めたから、僕もつられて眠りについた。
多分それがいけなかったのかな。
夜に目が覚めると、辺りは茶色の植物だらけだった。
それだけじゃない。植物は僕の体を蝕んでいた。すでに身体は首から上以外一ミリも動かない。
指先は木のように茶色くなっていた。
半日も経ってないのにまるで何十年の経ったかのように風化し、植物に包まれた部屋は恐ろしいほど静かだった。
そこまで考えてようやく君のことを思い出した。
僕は急いで君を呼んだ。
そのあと…
あれ、君はなんて言ったっけ。
思い出せない。
これも植物たちの影響だろうか。
僕はもう一度君を見つめた。
顔以外は何も見えない。でも、君は美しかった。
植物の隙間から僅かに差し込む日に淡く照らされた君は。
綺麗だった。
多分僕も、もう少しで旅立つ。
君に会えるといいけど…どうだろうか。
それだけが不安だ。
別にもう生きようとは思えない。
君がいない世界では。
僕は生きても、生ききれない。
はぁ…終わるなら早く、終わらせてくれ。
僕はただひたすら最期を願った。
そういえば、君は最後になんて言ったっけ。
……わからない。思い出せない。
なんだ、
なんだ。
くっそ…
もう…いい…やっぱりこのまま、終わりを待とう。
どれくらい経っただろうか。
僕はまだ生きている自分にうんざりしながら。
まだ、君の最期を思い出そうとしていた。
その時だった、天井の植物たちの間から水が流れてきた。
ドバドバと勢いよく流れ出した水は、どんどん部屋に溜まっていった。
このまま溺れ死ぬのだろうか。
しかし、次第に勢いは弱まって、水の上昇は部屋を膝の下まで満たしたところで止まった。
と、同時に
遠くで水が落ちる音がしだした。
どうやらどこか水の逃げ道があったようだ。
そして、気付いた。
水面に映る植物が緑になっていることに。
水中の植物もそうだった。
いつの間にか部屋は緑で包まれて、君は花に包まれていた。
そして、青緑の、翡翠の色をした爪のような形の花を持つ花房が、天井から垂れてきた。
何本も何本も。
垂れてきた。
思わず見とれてしまった。
翡翠の花たちはそれほど美しかった。
静かな部屋に、どこからか蝶が飛んできて、君の鼻の上に止まった。
僕は夢を見る。君と過ごした日々の夢。
君がこの世を去るときの夢。
君は僕の目を見つめてこう言った。
「ごめんね、私先に行くね……あのね、最後に一つだけ。わがままを言わせてほしいの。お願い、どうか『私を忘れないで。』」
そうだ…君は最後にそう言ったんだ。
最期の時にそういったんだ。
その言葉たちでこの世界を震わせたんだ。
忘れないさ、もう二度と。
僕は、君を抱いて。今から君と永遠になる。
あぁ…なんだか眠くなってきたな。
「そうだ…僕からもなにか言わないと。」
僕は君の顔を見つめた。
蝶が鼻から飛び立った。
「……なんて言えばいいかな。あのときはなんて言ったかな。思い出せないけど……同じことを言ってたらごめんね。そうだな…。」
「………ありがとう。」
涙が溢れた、君の頬に一つずつ落ちて、すっと、消えていった。
あぁ…もうだめだ。眠たい。
「…おやすみ。」
遠くなっていく意識の中で、遠くから足音が聞こえだした。
何人もの。
嫌な予感がした。
一気に背筋に寒気が走る。
やめろ…やめろ…
次第に足音は近づいてくる。
部屋のドアの前でそれは止んだ。
やめろ…やめてくれ…
僕は絶望していた。
ドアの前にいる「未来」に。
やめろ、やめろ。
やめてくれ…
ドアが蹴破られた。
死は、僕を拾ってくれなかった。
未来は、けたたましく水を蹴り上げながら迫ってきた。
そして僕は、助けられた。
街を脱出する車の中で
なんか…街が植物に飲み込まれたとか、でも、すぐ人間の植物化の特効薬だけはできたとか…そんな話を聞かされた。
どうでもいい…
ただ…
君はまだ動かせないからって。
君から植物がうつっちゃいけないからって。
君の生きた証は、あの部屋にずっと。
時が経てば、僕は少しずつ君を忘れてしまう。
また、涙が溢れた。
ごめんね…
ごめんね…
「ごめん…ね…」
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