カタリの物語

いとうみこと

第1話

「何してるんですか、カタリ。」

「バ、バーグさん!」

 突然のことに、大慌てで何かを隠すカタリ。バーグがそれを見逃すはずがなかった。

「何を隠したんですか?」

「な、なんでもないよ。」

 カタリはしどろもどろになりながら、必死で何かを鞄に詰め込もうとした。

「なんでもないなら見せてもいいはずですが?」

「いや、それは…。」

「見せてくれないなら、この間トリさんのナッツをこっそり食べてたことバラしますよ?」

「え、それはまずい!ただでさえあんまり信用されてないんだから。」

「じゃあ、見せてください。」

 カタリは仕方なく、くしゃくしゃになった紙を差し出した。


「これは…小説ですか?漫画しか読まないカタリが小説を書いているんですか?」

 バーグはAIらしからぬ大声を出した。しかも何気にディスっている。カタリは真っ赤になってうつむいてしまった。

「一体どうしたんですか、カタリ。熱でもあるんですか?」

「違うよっ。」

「じゃあ、どうしたんですか?」

 カタリは、真っ赤な顔を更に染めながら殆ど聞き取れない声で言った。

「カクヨムの3周年記念選手権の作品読んでたら、僕にも何か書けないかなって思ったんだ。」


 バーグは感動の眼差しをカタリに向けると、いつもの3倍増しのスマイルになった。

「素敵です、カタリ!私もお手伝いします!」

 その言葉に、カタリの顔はぱあっと明るくなった。しかし、すぐに彼の表情は曇ってしまった。

「どうしたんですか、カタリ。」

「どうもこうも、話がちっとも進まないんだ。」

 バーグさんは再び原稿に目を落とした。

「まだ10行…ですね。」

 カタリががっくりとうなだれた。


「そうだ!詠目を使ったらどうですか?鏡を使えば自分の目の中を覗けますよ!」

「え、詠目?さすがにそれはちょっと。」

「なぜですか?」

「他のみんなは自力で捻り出しているのに、俺だけ詠目を使うのは卑怯だと思うんだ。」

 その言葉に、バーグの表情が厳しくなった。

「応募要項に詠目は使用禁止と書いてあるんですか?」

「いや、書いてはないけど…。」

「書いてないのにダメなんですか?では、カタリは飲食可能と書いてなければご飯を食べないんですか?睡眠可能と書いてなければ寝ないんですか?排便可能と…。」

「わかった、わかった!」

 カタリは両腕を突き出してバーグの暴走を止めた。確かに、詠目を使ってはいけないとはどこにも書いてない。このままでは締切が過ぎてしまう。カタリは覚悟を決めた。


 原稿用紙を前に、カタリは手鏡を覗き混んだ。左目はトリに与えられた詠目だ。その左目で自分の右目をじっと見つめた。


 ふと気づくと、体が宙に浮いていた。遠くに懐かしい景色が見える。山の麓の湖、そのそばの小さな町。カタリの生まれ故郷だ。カタリは滑るように近づいてゆく。どうやら風になったらしい。最近は世界中を旅していたから、もう随分帰っていなかったが、思い出の中の景色と少しも変わらなかった。

 カタリは、町外れの我が家を目指した。その時初めて、何がが違うことに気づいた。家が新しいのだ。その理由はすぐにわかった。庭のテーブルで、ちょうどお茶をしている家族が見えた。両親とお婆ちゃん、そして、まだよちよち歩きの自分がいた。そう、それは自分が子どもの頃の故郷だったのだ。

 降り注ぐ日差しの中で、誰もが笑顔だった。父さん、母さん、お婆ちゃん、そしてもちろん自分も。カタリは思い出していた、こんなにも愛されて育ったのだということを。カタリは家族の間を軽やかに飛び回った。その度にテーブルクロスが楽しそうに揺れていた。


「カタリ?」

 カタリはバーグの声でふと我に帰った。

「バーグさん。」

「大丈夫ですか?泣いていましたよ。」

 カタリは慌てて涙を拭った。

「うん、大丈夫。すごーく幸せな夢を見てたんだ。」

 いつの間にか、目の前の原稿用紙にはびっしりと物語が書き込まれていた。


「完成しましたね。すぐに投稿しないと締切に間に合いませんよ。」

 バーグの言葉にカタリは首を横に振った。

「バーグさん、投稿するのはやめたよ。」

「え?どうしてですか?せっかく書いたのに!」

「本当に届けたい人がいるんだ。」

 そう言うと、カタリは鞄に原稿用紙を詰め込んだ。

「じゃ、行ってきます。」

 カタリは大きく手を振ると、部屋から飛び出して行った。



「カタリ、そっちはトイレ…。」


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カタリの物語 いとうみこと @Ito-Mikoto

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