残念ながらあなたの小説は読まれていません

カツオシD

 残念ながらあなたの小説は読まれていません

 電脳メトロポリス・ヤパン、それはインターネット空間に建設されたもうひとつの日本。


 幾重にも張り巡らされたハイウエーは超高速で点滅を繰り返し、そこを行き交う情報はあたかも血液のように表の世界、つまり物質によって構築された、生身の人間が住む日本国を支えていた。


 このメトロポリス・ヤパンはすべて電子の世界で、そこに息づく者はいないのか? 

 

 というと、実はそういう訳でもなく、以前何かのゲームやプログラムで、人の化身のアバターとして使われながら、現在ではそのゲームやプログラムが消去された為に忘れ去られた者達が、ネット空間の中で魂を持ち、付喪神となって住んでいたのだ。


 この物語は、そんな電脳世界の片隅で『カーク・ヨウム』という貸本屋をやっている、カタリィ・ノヴェルとリンドバーグという二人の女の子(?)のお話だ。


 ある朝、カラリーンという音を立て、冴えない青年が店に来た。

「お客さんだトリ!」

 開業当時から住み着いているフクロウモドキが叫んだ。

 この鳥、正体はオカメインコで、ド◯モのマスコットをしているキャラクターの父親なのだが、最近はフクロウの方が人気なのでコスプレをしている。


「はーい、いらっしゃい!」

 元気よくリンドバーグが迎えた。

「誰?」

 店の奥からカタリィがカップ麺をすすりながら出てきた。

 少年のようでもあり少女のようでもあるが、元々電脳世界に生物学的な性別など存在しない。要するに言ったもんがちの世界だ。


「いつものムラカミ・ヤルキさん」

「また力作を持ってまいりました」

 ムラカミが上気した表情で答えた。


「きっと読者の方に気に入られると思います。プププッ」

 言いながらムラカミは、自分の作品を思い出したのか吹き出した。

 きっとコメディに違いない。


「あっそう、じゃそこに積んどいて」

 カタリィが無造作に言い放った。

「あ、はい。ではお願いします。しっかり読まれるんだよ」

 ムラカミは持ってきた小説を一番上に乗せ、親が子供に言い聞かせるようにそう言い残して店を出た。


「でも残念。あの人の小説ってPVがついた事が殆ど無いのよね」

 リンドバーグが気の毒そうに呟いた。


 勿論、たま~にムラカミの小説にもPVが、一つ二つ付いている事はあるが、それはカタリィやリンドバーグが、チェックしているからに過ぎない。

(中には公序良俗に反する内容の小説を展示する者がいるから)


「でも彼はめげない。それでいいんじゃないの。小説って自慰行為みたいなものだもの」

「カタリィ、それを言っちゃあオシマイだトリ」

「そうよカタリィ。ムラカミさんはいつか大作家になるのを夢見てるんだから」

 リンドバーグも非難した。


「誰にも読まれてないのに?」

「ムラカミさんはPVなんて付いていなくったって、会員以外の人が沢山呼んでくれてると信じてるのよ」


「へぇー、そりゃ大した自信だね。私、ここの店のプログラムを作ったのは誰だか知らないけどね、前に一度友達のスマホからあいつの小説をクリックしてやったらさ、PVが1って出たよ。要するに会員でなくても誰かがチラ見でもすればPVは上がるんじゃないの。つまり、あいつの小説なんて誰も読んでない!」


 カタリィがそう断言した直後、ムラカミの小説の上に他の小説がドサドサ落ちてきて、彼の作品の上に覆いかぶさった。電脳空間上にある『カーク・ヨウム』では本人が持ち込まなくても小説だけを転送できるのだ。


「ほらね。これでもうムラカミの小説はPV0のまま。後は運良くピックアップに引っかかったり、酔狂な人がレビューでも書いてくれれば別だけどね」

「その可能性は低いトリ」


「こういうのってタイトルが問題なのかしらね。確かにムラカミさんのタイトルは『転生してみたら猫耳劣等生だった』とか『ダンジョンでガールズバンド始めます』とか、どこかで見たようなものばかりだけど。何とかならないものかしらね」


「まあ、ムラカミはダークサイドに堕ちないだけマシかもね」

「ダークサイドってなにそれ?」

「『あなたの小説にレビュー書きます。株式会社』ってのがあってね。どんな小説でも星だらけの話題作してくれるっていう闇の組織があるのよ。勿論タダじゃないわ。レヴュー十個で3万円と高額よ。そのレヴュー会社の支配人は、フリーターにスマホで指定する小説に支持した称賛の文言を書かせて千円渡してるんだって」


「何それ! 酷い」

「ウチの貸本屋だってレヴューが30個も付いてれば何度も取り上げるでしょ。(この話はフィクションです)みんなの目に止まって、それなりに読まれればPVだって上がって、なんちゃって人気作になれるのよ」


「そんな事が分かったら、即刻入店禁止よ!」

「だよな。でも大学や高校の文芸サークルに入っている連中はそんな事をしなくても友達同士で★とかレヴューを付けあえるんだよ。一人でコツコツ書いてるムラカミさんは不利だと思わない?」


「それはそうね。ムラカミ君の小説が読んでもらえる方法はないかしら」

「とはいってもなあ、ここでも書き手は多いけど読み専はあんまりいないしなあ・・・。だって今の日本じゃあ漫画ですら読まなくなった人が多いんだよ。数少ない小説愛好家だって、古◯市場とかへ行けば有名作家の本が80円で売られてる。そんな中で、読んで面白いかどうか分からない書き手の小説を、いくらタダだからといっても読んでくれるか?」

「それは、ゆゆしき問題トリ」


「あ、そうだ! こんなのはどうかしら。確かにカタリィの言う通り、今の日本では小説を読んでくれる人は少ないかもしれない。でも世界には大勢の読み手がいるはずよ!」

「自動翻訳ソフトを使うの? それを使ったばっかりに大阪の地下鉄で『堺筋線』のことを『サカイ・マッスル・ライン』とやって大笑いされたってのを知らない?」


「小説本文には触れないわよ。『カーク・ヨウム』のホームページの紹介文だけ、英語や中国語やタイ語、ベトナム語にして、日本語を勉強したい人の為の無料小説教材として提供するの。そうしたら読み手が圧倒的に増えるかもよ」


 ものは試しと、貸本屋『カーク・ヨウム』のホームページを10ヶ国語に翻訳して世界中に発信した処、数日後ムラカミ君の小説にタイの人から感想が付いていた!

 でもそれは・・・、

「นวนิยายที่น่าสนใจ(面白くない小説でした)」という残念なものだった。


      ( おしまい )

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