パパが作家になった日

ソーヘー

パパが作家を目指した理由

「パパ‼︎この文字なんて読むの?」


階段を駆け上がる足音が聞こえたと思うと、勢いよく書斎の扉を開けて現れたのは今年でまもなく五歳になる息子の姿だった。それに気がついたのか、キッチンから慌てて階段を駆け上がる足音が聞こえてくる。


「もう、パパの仕事の邪魔しちゃダメよ‼︎読めない文字はママが教えてあげるから」


本に興味津々な息子に対して、エプロン姿のママは呆れている様子で息子の本を取り上げてしまった。がっかりした様子の息子の表情を見ていると、昔の自分と重ねてしまう。


「待ってくれ‼︎この子にはパパが読めない文字を教える。だから...その本は返してやってくれないか?」


予想外の返答に驚いたのかママの目は一瞬丸くなったが、やがて睨みつけるような細目で切り返した。


「この子には将来、医者を目指してもらいたいのよ!それなのに誰に似たのか本なんかに興味を持つなんて...あなたみたいに作家を目指されたら困るのよ‼︎」


ママはそう言い残すと、書斎の扉を閉めて足早にキッチンへと戻っていった。そのやり取りを眺めていた息子は心配そうな顔で本を握っている。


「大丈夫だよ。ちょっとママと喧嘩しちゃっただけだから」


怯えている息子の頭を撫でてやると、安心した様子でなにかを聞いてきた。


「パパに聞きたいんだけどさ...」


「あぁ、さっき聞きに来た読めない文字の事か。パパが教えてやるぞ!」


「それじゃなくてさ...パパ」


息子は首を横に振ると、ずっと聞きたがっていたのであろうその思いをぶつけた。


「パパはどうして作家を目指したの?」


「...そうか、それが聞きたかったんだな」


息子がずっと聞きたがっていた事。それは自分が作家を志望した理由だった。


「それはあの子と出会ったからかな」


僕が作家を目指した理由。それは今から15年前の出会いだ。




「コウスケ!今日は帰りゲーセン寄ろうぜ‼︎」


「いや、僕は遠慮しとくよ...帰ってやる事あるから」


「んだよ、付き合い悪りぃな。行こうぜ‼︎みんな‼︎あんなやつはほっといてよ」


「ゴミ捨てよろしくな‼︎ぼっち君」


「辞めとけよ、本当にぼっちなんだから!

なぁ?ぼっち君‼︎」


「コラ‼︎お前らも掃除当番だろ‼︎何をやっているんだ⁉︎」


「やばい!先生だ、逃げるぞ‼︎」


「クソッあの悪ガキ共‼︎すまないなコウスケ君。あいつらに何かされたら先生に言うんだぞ!」


「いえ...大丈夫です。先生」


僕はコウスケ15歳。僕は毎日クラスでイジメの対象になっていた。

その理由は自分でもよくわかっている。それは僕が人との接し方が悪いからだ。僕は小さい頃から人の輪に入るのがニガテな子だった。それが原因か、今までもずっと孤立してきたと思う...

だけど僕は寂しくはなかった。僕には本があったからだ。本を読んでいる間は嫌なことも辛かったことも全て忘れることができた。

本を読んでいるときだけが、僕の唯一の至福の時間だった。


掃除を終えた僕は、高ぶる気持ちを抑えながら家へと帰ってきた。


「ただいま」


すると、奥からエプロン姿の母が心配そうな顔でやってきた。


「コウスケ。最近、学校はどうなの?イジメられたりはしてない?」


「大丈夫だって、クラスの友達とは仲良くやってるよ‼︎」


心配そうな母に今日も僕はからげんきを見せてしまった...

僕は本当にダメなやつだ。現実だと何も言えない、母にさえも嘘をついてしまう始末だ。やはり僕の居場所は本だけだ。物語の世界は僕の周りのちっぽけな世界とは比べ物にならないくらいに広く、壮大だ。そんな世界に幼い僕は憧れたんだ。


「母さん!今日もあそこに行ってくる」


「はぁ。帰ってきたばっかりなのにまた出かけるの?気をつけて行くのよ」


「うん!それじゃあ行ってくる」


母さんに見送られて、僕は家を飛び出した。


「やっぱりここは落ち着くなぁ...」


僕が向かった先は寂れた公園。ここは人が滅多にいない僕のお気に入りの場所だった。僕は辺りに誰もいないことを確認すると、メモ帳をバックから取り出して夕日を眺めながら考えていた。


「う〜ん、やっぱりこの展開はないよな...だとしたらこれか?」


僕には読書以外にも密かな趣味があった。


「やっぱり本を執筆するのは難しいな...」


そう、僕の密かな趣味というのは本を執筆することだった。「僕が憧れた世界を僕の手で書きたい‼︎」そう思った頃にはこの場所で物語の展開を考えていた。

今までも何作か執筆しているが、コンクールや大会には出してはいない。その理由は僕に自信がないからだった。本は僕に大きな影響を与えてくれた存在だ。「こんな僕に人々の心に残るような作品を書ける訳がない‼︎」

そう思うと情けない話、全くペンが進まなかった。

僕はどうしたらいい?自分の作品すらも愛せないなんて...やっぱり僕には文才が...


「う〜ん...個人的にはありだと思うな。そういう展開も」


「うわっ⁉︎」


突然の背後からの気配に驚いた僕は、とっさに持っていたメモ帳を背中に隠して振り向いた。


「君は一体...⁉︎」


不安そうな顔をしていると、気を遣ったのかその少年はいきなり自己紹介をし始めた。


「驚かせてゴメン!悪気はなかったんだ!僕はカタリィ・ノヴェル。道に迷っていたんだけど、僕と同い年くらいの君が悩んでいるところをたまたま見かけちゃってね。僕で良ければ相談に乗るよ?」


「いえいえ、こちらこそ驚いたもので。僕はコウスケって言います」


「僕もならカタリでいいよ」


メモ帳を見られた時には、どうなることかと思っていたけれど話しているうちにカタリは礼儀正くてとても悪いやつじゃないと思った。だから僕はカタリに思い切って相談してみることにした。


「カタリ...実は僕は将来、作家になりたいのかもしれないんだ。だけど僕には文才がない。もしかしたら、僕が憧れた本の世界を僕は壊そうとしてるのかもしれない...そう思うと僕はどうしたらいい?」


するとカタリは夕方の太陽を見ながら僕の肩に手を伸ばした。


「だったら作家になっちゃえ‼︎

さっき読んだメモ帳に書いてある物語の展開も良かったし、あそこまでの発想は相当な数の本を読んでいなきゃ思いつかないよ。本を愛しているというのは作家の本質じゃないのか?」


作家の本質...

どうして今までそんな簡単なことに気づかなかったんだ。僕は今まで作家を特別な存在だと考えてしまっていた。だけどそうじゃない...作家も、それを読む読者も本を愛しているんだ。本だから繋がれる...そこには資格なんて必要ない。


「大切なのは書く、読む、そして伝えることだったんだ...」


「やっと気づけたか、コウスケ」


「おかげで大切な事に気づけたよ、

ありがとう。カタリ」


するとカタリも笑いながら自分の事を話し始めた。


「実は僕もさ、詠み人やってるんだけど実際なんで選ばれたのかわからないんだよね。あのトリ全然答えないし...まぁけど、そういうことはきっと深く考えすぎても良くないんだよ‼︎」


「詠み人って?」


「いや何でもない‼︎忘れてくれ‼︎」


良い事を言ったかと思えば、撤回し始めたりカタリは色々と不思議な少年だ。けれどカタリのおかげで僕は作家になる道を決意できた。カタリには感謝しても感謝しきれない。


「カタリは僕の最初で最後の友達だ‼︎本当にありがとう‼︎」


「コウスケも元気でな‼︎次会うときは、

聞かせてよ、君の物語を」


こうして僕は不思議な少年、カタリとの出会いによって作家の道を目指すことになる。



そしてそれから15年の月日は流れて、今は僕が憧れた作家になっている。そして息子がかつて僕が憧れた作家になろうとしている。親として、作家として言えることは一つだけだ。


「本は好きか?」


「うん大好き‼︎」


「それがパパが作家を目指した理由だよ。

ママは将来的には医者を勧めているけれど、

今はなりたいものを目一杯追いかけなさい」


話を終えると、息子はキョトンとした顔でこちらを見ていた。


「まだこの話は早すぎたかな、ほら!ママが待っている!早くママの元へ戻りなさい」


「はーい、パパ」


こうして僕はカタリとの運命的な出会いで

作家になった。























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