第7話 岩の獣
馬車は村に近付くにつれて速度を上げた。荷台の僕らからは遠くに煙が見えている。街道はとても荒く、今は馬車が壊れそうなほど揺れて、どこかに捕まっていなければ振り落とされそうだった。
「急げ! もっと早く走れんのか!」
御者が馬に怒鳴り散らし、何度も鞭で打っている。そして村から立ち上る煙を悲痛な表情で見ていた。
立ち上る黒い煙、トレントを通過した岩のドラゴン、街に現れた岩の怪物。彼の生まれ故郷、目的地であるショーロの村で何が起こったのか、みんな最悪の形の予想がついていた。彼だって同じだろう。それでも決してそれを口には出さず、ただひたすら馬をせかし続ける。
ドラゴンはトレントの西北西から現れた。それに一足遅れてやってきたのはショーロの村が焼き尽くされ、怪物に今なお襲われているという伝令。街に警戒態勢が敷かれ人々が慌ただしく走る中、中央広場で一人、傭兵を募っていたのが彼だった。
ショーロ一番の商人、彼の名をディランと言った。前払いでいいから腕に覚えのある者は村の怪物を倒してくれと、必死な顔で片っ端から声をかけていた。迷う僕らはアレクに蹴飛ばされるように馬車に乗った。僕らを含め全部で十数人。馬車はすぐに出発した。
ショーロはもう目の前だ。
でも僕は、今更馬車に乗った事を後悔していた。
最悪の予想はもう確信に変わっている。
ただ、それを、自分の目で見たくなかった。
***
「やれ! 今すぐだ!」
ショーロの全様が見えるなりディランが叫んだ。僕らは一斉に馬車から飛び降り、破壊し尽くされた村をばらばらに走り出す。
目の前に広がる現実は最悪以上だった。村は火の粉と煙で溢れ、視界も碌に利かない。足元で焼け出された遺体が無残に転がっていた。つらい。辺りを見渡す。窓から見える家の中は炎に包まれ、何もかもが燃えている。
コップ。椅子。服。ベッド。
誰もいない、誰か、誰か!
「誰か! いないのか! 助けにきたんだ!」
出来る限り大声で叫んだ。
返事はない、それもすぐに炎の音でかき消される。
僕は叫びながら夢中で走った。家という家が残らず燃えていたけど、火の勢いが激しくて中までよく確認できない。道はあちこちで大きく抉れ、元々どんな村だったのかも分からなかった。
「!」
急に前の家を突き破って何かが飛び出した。慌てて剣を抜く。続いて壊れた家から人が出てきた。
生存者じゃない。一緒に来た傭兵の一人だ。草色の長髪に、見上げるような長身の男。武器の一つも持たず、引き千切られた動物の上半身のような物をだらりと掴んでいた。岩の怪物だ。見れば、家から投げ出されたのはその下半身だった。
トレントで見た怪物と違う。
四本の脚に尖った耳、怪物は狐の姿をしていた。
その時、視界の端を他の何かが掠めた。別の怪物だ。見るともう何匹も村を走り回っている。草色の傭兵は上半身を投げ捨てると、僕を無視してそれらを追いかけて煙の中に消えた。無意識に僕もそれを追いかける。
村の広場。
そこに追い込まれていたのは一際大きな怪物だった。
蠍だ、家よりも大きい。
アレクを含めて何人もの傭兵がそれを取り囲んでいるけど、蠍の体は斬っても叩いてもびくともしない。剣のような脚が振り下ろされれば、受け止めただけで盾まで貫きそうだった。それが両の鋏を含めて全部で十二本。全身が武器のような怪物相手に、ただそこに押さえつけているだけで精一杯のようだった。斬り落とした脚はまだ二本。完全に消耗戦だ。
広場の端で一人が怪我の手当てを受けている。脇腹から血が滲んでいた。メイルがそこに薬草を押し当てながら包帯を巻いている。
確かに、あれは蠍の形をしているだけで、ただの岩なのかもしれない。でもそれは怪物の尾に毒が無いって保証には全くならない。一人やられた後だからなのか、尻尾が鋭く突き出される度に傭兵達は距離を取っている。
マキノが、ゆっくりと手を揚げた。
静かに、風が強まる。
村を焼いていた炎の一部が風に巻かれるように吸い上げられ、マキノの周りに流れていく。風は木の葉を巻き上げ、髪を振り乱し、渦巻く炎は勢いを増していく。ゆっくりと両手でそれをかき混ぜると、マキノは蠍に向けて一気に炎を撃ち込んだ。囲まれて逃げられない蠍は鋭く鳴いて身をよじらせるけど、あっという間に火達磨になる。広場周辺の全てを集めた炎は岩の体さえも燃やしていた。
その隙を見て一人が切り込んだ。蠍はそれを鋏で受け止め、弾き返す。でも遅い。皆がそれを感じ取ったのか、蠍を包む炎をものともせず傭兵達は一斉に斬りかかった。
突然、背後から悲鳴が聞こえた。
茫然と皆の戦いを見ていた僕は我に返って振り返る。
人だ。生きてる。
それに近付いているのは狐の怪物、もうすぐそこだ。とっさに荷物を狐に投げつけた。直前で気付いたのか、狐はそれを避ける。落ちた荷物を一瞥すると、狐は道の角にまで追い詰めた獲物から僕に狙いを変えて走ってきた。
剣を抜いてまっすぐ構える。そのまま地面を蹴った。
僕に剣の腕なんか大してない。一撃で決めるんだ。
最短距離、このまま貫けば!
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