第11話 傭兵達の村
鋭い音を立てて、弾かれた剣が樹の幹に突き刺さる。
これで三本目になる剣が使えなくなった。
「まだだ! アレク!」
そう叫んでクライムが腰から新たな短剣を抜く。
これで四本目になる剣。アレクは忌々しそうに唸った。
それは今朝の事だ。
いつも通り誰よりも早く起きたクライムは、いきなりアレクに決闘を申し込んだ。他の面々が唖然とする一方、その手元でレイが大笑いしていた。結局訳も分からなかったが、憂さ晴らしにしてやるとアレクも腰を上げる。マキノ達は情報収集に村へ出かけ、クライムとアレクは朝霧で湿った森へと入った。
そして決闘だが、一瞬で決着がついた。
クライムは口ほどにもなかった。
普通の決闘であればそれで終わりだが、クライムは別の剣を構えて更に挑んできた。これで四度目になる。どうも決闘と言うより、稽古に付き合って欲しかったようだった。
二人は再び剣を構える。
アレクは大振りで重みのある長剣を好む。昔から格上相手に戦い続けていた彼は、技量差、体格差を補うために間合いや重量に重きを置く。対してクライムの武器はどこにでもある普通の剣だ。いつもアレクが前衛に出る事から使う機会も多くはないが、彼はいつも小回りが利く鋳造品を使う。
そしてアレクにないクライムの武器があるとすれば、それは剣の質でも技でもない。手数の多さだ。
決闘直後に最初の一本が叩き落とされた後、クライムは間髪入れず腰から二本目の剣を抜いた。それが折られれば右脚から一本、そして左脚から一本、背中から一本。まるで武器屋だ。
「おらぁ!」
隙を突いてアレクの蹴りがクライムの左胸を直撃した。クライムはたまらず吹っ飛ぶが、転がりながら綺麗に受け身をとってまた構え、ばっと地面を蹴ると横っ跳びに隣の樹の陰に隠れる。
突然、アレクの左の死角からクライムが斬りかかった。アレクはそれも問題なく受け止めるが、クライムの剣はそれを擦り抜けて頭に迫る。
だが逆に、クライムの頭に手刀が叩き込まれた。
流石に効いたのか、距離を取って頭を押さえる。
それでも倒れもしないし膝も着かない。目はアレクを捉えたままだ。
アレクが見るに、彼の戦い方は剣を交えているというより、手段を問わず相手を仕留めに掛かっているようだ。故郷ではよく森で動物を狩っていたと言ったが、それが彼の基盤なのだろう。森の中でやけに機敏に動けるのも、予備の武器が多いのもそのせいだ。
最初の宣言はともかく、そんなクライムの戦い方は騎士の決闘とは程遠い。獲物を狩り、敵を殺し、生き延びる為の戦いだ。アレクもそれを否定はしない。だが、戦い自体が目的の戦い、劣勢を承知で挑む戦いではそんな鈍ら役立たずも良い所だ。だから、いつも思う。
「やっぱりお前に剣なんか似合わねぇな」
「そうね。私もそう思う」
「分かってるよアレク、レイ。でもこれからはそれじゃ駄目なんだ」
ふらふらになりながら剣を構える。
自分の欠点も分かっている。
根性だけは一人前だ。
ドラゴンを追う。
レイの話を聞いた後、一行は話し合ってそう決めた。
クライムとフィンは延々と喚き合い、レイはドラゴンに関われば命は無いと皆に説き続けていた。だが最終的にはその全てをアレクが正面から論破した。これもある種の習わしである。一行の命運を左右する重要な局面では、決定はいつもアレクの直感による事が多いのだ。
当然フィンもレイも大いに渋い顔をしたが、アレクはそれを意に介さない。二人が本心に反して意見しているのが透けて見えたからだ。やれ責任がどうの危険がどうの、余計な理屈を捏ねるなどアレクの柄ではない。彼はいつも物事を単純化して考える。
ドラゴンは身勝手に暴れまわる。
結果、多くの人間が理不尽に傷つく。
それでは道理が通らない、ならばどうするか。
「斬って捨てる」
アレクの結論は、クライムの我儘の斜め遥か上を行くものだった。だが最後には皆が納得して動き出す。クライムに至ってはやたらとやる気を出していた。こうやって決闘だ特訓だと言い出したのも、ドラゴンを追う以上は戦いが増えると思っての事だろう。
「馬鹿が。どうせ言い出しっぺは僕だからーとか馬鹿な事考えてんだろ」
「ああもう、そうだよ。でもアレクにだけは馬鹿とか言われたくない」
そうやって噛みついてくる。クライムはアレクの半分をこの上なく信頼しているが、もう半分は全く全然信頼していない。アレクにとっては不本意な問題だ。こいつは一体、自分の何が気に入らないというのか。
以前、金を盗んで女を買った事をまだ根に持っているのか?
それとも大蛇の魔物に襲われた時に囮にした事か?
余りに無防備な背中が見えたから、つい滝から突き落とした事か?
そう考えると思い当たるフシも多いのだから不思議な話である。
「やっぱりあれね。体に合っていなくても、長剣じゃないとクライムは岩の怪物に対抗出来ないわね。少し長めで、柄が太い、出来れば両刃。三番目に使っていた奴かしら。アレク、ちょっと取ってくれる?」
訓練の間も、レイはあれこれ口を挟んできた。
言っている事は適格だ。剣の心得があるのかも知れない。
アレクは樹の幹にめり込んだ剣を抜き取ると無造作に放り投げる。クライムは難なく柄の所で受け取った。そして剣の感触を確かめると、どこにそんな体力が残っていたのかもう一度挑んできた。
「懲りねぇ奴だな」
骨の髄まで型が染み込んだアレクと違い、クライムの剣は滅茶苦茶だ。誰にも師事せず見様見真似で形になった剣なのだろう。実戦にはほぼ耐えられない。軽い、遅い、鈍い、弱い、言いたい事は山程ある。これで岩の怪物相手にアレクの隣で戦えるつもりなのだから始末が悪い。
そうして苦も無くまた叩き伏せる。
本当に、懲りない奴だ。
「っ……! もう一度だ!」
だが、悪くはない、か。
***
「あー疲れた!」
「もー動けねー!」
「はいはい、お疲れ様」
アレクに一通り叩きのめされた後、僕達は近くの湖に飛び込んだ。
冷たい水が気持ちいい。汗と汚れを落として、顔も一緒に洗った。
森の中からは見えなかったけれど、ここからは丁度、湖に沿って木々が丸く切り取られたように空が見えていた。見上げると少し雲の流れが速い。空気も湿っていて風も強くなってきた。今は曇りだけど、この分だとかなり荒れそうだ。少し急ぐか。
汗を吸った服をきつく絞って岸辺に放り投げる。適当な布で体を拭いて、それを首から掛けた。見ればアレクも同じように上半身を拭いていた。量こそあれ一切無駄の無い筋肉、生きているのが不思議な位の沢山の刀傷。その全てがアレクのこれまでの人生と、そして生き方を物語っていた。僕もあれだけ挑んで結局一本も取れなかった。
「やっぱり、強いや」
剣を握っている時のアレクは、普段とは打って変わって真面目な目で僕を見ていた。
剣を一度交えるだけで、僕の弱さ、考え、自分でも気付かない本質まで見透かされているようだった。普段はあんなでも昔は生粋の騎士として生きていた人間だ。芯の強さは僕なんかとは比較にならない。だからこそ、建前でも方便でも、彼を兄貴分と呼ぶ事に、僕は抵抗がない。
そして僕は出来の悪い弟分だ。レイには似過ぎと言われたけど、今の姿は元々アレクを写し取ったものを作り替えたんだから仕方ない。大幅に変えて全くの別人に変われないのは、完全に僕の能力的な限界だ。実の兄弟ならこれくらい似てて普通なのかな。まあ、似ているのは外見だけ。実力は、正直、嫌になる。
「ねえ、アレクはどうやっていつも戦ってるの?」
結局、何か掴めた実感が少しも無いのが悔しくて、一応アレクに聞いてみる。一応だ。剣を握るアレクは信頼している。でも剣を離したアレクは全く全然信頼してない。
「あ? んなもん相手が来たらこう、叩っ斬ってぶん殴って、どうやってなんかねえだろ」
だよねー。
うん、知ってた。
剣を持っている時に難しい事なんざ考えるか、とアレクが鼻で笑う。考えずに強くなれるなら誰も苦労なんてしないと思うけど。そう首を捻っていると手元からレイの小声が聞えてきた。
「あのねぇクライム、これは教わる人を間違えてるわよ。アレクは何事も感覚で掴んで物事をごり押しする類だから、君とは完全に違う人種よ。君の強さは別にある。アレクには訊いたって無駄よ。教わったって無駄。と言うか存在が無駄」
「あ、ははは、そっか……」
アレクの女癖を聞いて以来レイの評価はガタ落ちだ。まあ、アレクも開口一番レイをババア呼ばわりしてるし、下手に二人を取り持たない方が身のためだろう。聞こえてんぞゴラ、とか喚いてるけど、無視だ無視。僕は聞こえてない。何も聞いてない。何も知らない。
「見つけた」
ふと、湖に小さな陰が落ちる。
そのままストンとアレクの頭に納まる白イタチ。
「まだこんな所にいたのか。何やってんだか」
やっぱりフィンだ。
「丁度終わった所よ。そっちもお疲れ」
「で、どうなんだよ。お前らの状況は?」
僕がアレクを付き合わせている間、マキノ、メイル、フィンの三人は村で情報収集をしていた。ここ最近急に現れたという岩のドラゴン、ともかく情報が無さ過ぎるからだ。フィンはアレクの頭に留まったまま話を続ける。半分嫌々と言った声色だ。
「ドラゴンに関しては余り分からなかったけれど、思った通り各地で動きはあったよ。国が表立って動かない今だからなのか、代わりに地方が表立って動いている。終わったなら二人も来てよ。今はそれを片っ端から見てるんだ」
二人、って言うのはレイとアレクか。フィン、相変わらず僕とは全く目を合わせない。反対意見を押し通されているから当然ではあるけど、機嫌は相変わらず最低みたいだ。
「そう、もうそんな形になってるのね。岩の怪物はどう? あちこちに撒き散らかされてるわよね」
「そっちは防衛目的で正規軍が当たってる。まあでも、それがドラゴンの怒りに触れないとも限らないから、街の外まで積極的に狩りに行く事はないみたいだね」
「ふん。いつまでそんな見て見ぬ振りが通用するかな」
僕らは湖から上がって服を着た。
湿気のせいで生乾きだけど、まあいいか。
ベルトを締めて上着を着て、マントの上から荷物を背負う。左腰に剣を一本、右腰にナイフを二本、後ろに更に二本、靴に一本、荷物に四本。手慣れた感じで準備をしていると、レイがふーんと声を上げていた。これ、呆れてるのかな。でも僕みたいに技術が無い人間には、こういった手数が結構生死を分ける。
さて、と。
「じゃあ僕達も村へ行こう、もうすぐ昼だ、腹ごなしもしたい」
「そういや朝から何も食ってねぇな」
「因みに村の食料は生ゴミの味がする。そのつもりで」
フィンは相変わらず滅入るような事ばかり言う。
困ったな。本当にどうすれば、機嫌を直してくれるだろう……。
「まっず!!」
何だこれ! 生ゴミの味はしないけど、冗談抜きに酷い!
「正気か!? お前らこんなの食ってたのか!?」
「トレントが懐かしいよ……」
「贅沢言わないの。腹が膨れれば文句はないでしょう」
僕らが村に到着する頃、元々雲行きの怪しかった空からは叩きつける様な雨が降ってきていた。
土砂降りの中、到着して早々に雨宿りも兼ねて昼食に入った店は、これ以上ないくらい陰気な場所だった。誰も彼もフードに隠れて下を向いて、活気って言葉がこの一帯には存在してないみたいだ。そしてご飯が不味い。猛烈に不味かった。
僕は肉を野菜で巻いた料理を、アレクは葡萄酒とパンを適当に頼んだけど、何だこれ、カビでも生えてたんだろうか。あまりに陰気な店で思わず外に出たけど、天気は更に悪化していて、外は足音も聞こえなくなるほどの大雨だった。マントの下まで濡れて服が重い。
歩いてみると、結局外も店の中と似たり寄ったりだった。この村はあばら家同然の家が立ち並び、女も子供も姿はない。ろくに整備もされていない道は完全に泥沼と化していて、ガリガリに痩せた馬がその上で勝手に用を足していた。歩く人達も目付きが悪く、時折諍いの声が遠くから聞こえて来る。悪いけど掃溜めって言葉がこの村には似合っている。アレクが呻いた。
「臭ぇな」
泥水と、鉄と、嘘の臭いだ。
メイルの話が無ければ寄ろうともしなかっただろう。ここは活気からも権力からも離れた場所だけに、余所者が集まるには絶好だと妙な評判があるそうだ。水面下で事が起きるなら間違いなくこのフェイルノートの村からだと、そうメイルは太鼓判を押した。
どうやら、それも当たりだったらしい。
さっきから頻繁にすれ違うマント姿は、どう見ても下を武器で固めている人達だ。ショーロで一緒に戦ったような傭兵や兵隊落ちが、今この村に集まっているみたいだ。ひょっとすると、僕ら同様ショーロの傭兵もこの場に来ているかも知れない。
「しっかし辛気臭ぇ連中だな。やる気あんのかこいつら」
「金を稼ぐと言う意味では勿論あるさ。誰かを救うと言う意味では当然ないね」
アレクのマントの下からくぐもった声が酸っぱい事を言う。なんか、一人の人間から二人分の声がするって言うのは、分かっていても不思議な感じがするな。
「ところで先に来ているって言うマキノはどこなの?」
と、思ったら僕のマントの下からも別の声が聞こえて来た。別に不思議な事でもないか。アレクのマントが変わらず酸っぱい声でそれに答える。
「マキノならもう結構奥の方まで行ってるよ。傭兵団の拠点らしき所もあるらしいけど、同じ所を回っても仕様がない。僕らが話を集めるなら、まずはこの辺りからするのが適当だろうね。せいぜい頑張って」
「面倒くせぇな畜生。こんな雨の中で聞き込みかよ」
そういう事になるのか。
手早く打ち合わせる。取り敢えず傍の目立つ店から見える範囲、って事で僕とアレクは手分けして辺りを回る事にした。マキノじゃないんだ。効率とかはこの際置いといて、僕は僕らしく地道に足で稼ぐ。
ショーロではディラン一人の助けを求める声に、相応の人数が集まっていた。もし同じ事を村単位、地方単位でやっているなら、ここにはもっと沢山の人達が集まっていてもおかしくない。資金も多い、規模も大きい、色んな人が来ているだろう。
その中に僕らと同じような人が、少しでもいれば良いんだけど……。
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