第二章その4
翌日、夏休み初日は快晴で光は容赦ない陽射しと湿度、それから絶え間なく蝉が鳴き続ける辛島公園で待つ、集合時刻一五分前に来たが既に全身から汗が滲み出ていた。
光は普段からお洒落はあまり意識してなかったため、水色のジーンズに白シャツの上に半袖の青い上着を羽織り、アメリカの航空機メーカーのロゴキャップを被ってシンプルで清潔感ある服装にしていた。
「おはよう光君! お待たせ!」
冬花が大きく手を振りながら望とやってきた。動きやすいようにオドントグロッサムの花が描かれたTシャツにグレーのハーフパンツ姿と遊びに行く時の馴染みの服装だ。
「おはよう光!」
望もチューリップハットに水色のポロシャツにベージュのカーゴパンツを履いて、こちらも遊びに行く時の服装だ。あとの三人はいつも制服姿だから私服だと印象がガラリと変わるだろう。
「おはよう、みんな!」
しばらくすると春菜が来た。ボーイッシュな女の子らしくサンバイザーを被り、七分袖の上着を着て両手首にはブレスレット、灰色のホットパンツにスニーカーを履き、テニスで鍛えた強靭でしなやかな美脚を惜しげもなく見せていた。
「おはよう、間に合ったかな?」
続いて千秋が到着。ショートポニーテールを解いてセミロングにし、薄緑色のオフショルダーのワンピースにピンクのミュールを履いてきた。普段のクールビューティーな印象はガラリと変わり、柔和な印象で思わず見惚れる程だ。
早速春菜は笑みを浮かべながら歩み寄って褒める。
「千秋、あんた結構可愛いじゃん」
「あ、ありがとう」
千秋は目を逸らしながらも素直に言うと、春菜は意地の悪い笑みに変わる。
「その素直じゃないところを直せば完璧よ!」
「う、うるさい!」
上げて落とされた千秋は頬を赤くしながら言い返す。
「おはようみんな」
そこへ夏海が到着した。彼女はカンカン帽を被り、白い半袖フリルのブラウスに青のロングスカート、薄緑のミュールで、カンカン帽を除けば服装の組み合わせがなんとなく「ローマの休日」に出てくるオードリー・ヘップバーンみたいだった。
「お……おはよう風間さん」
光は思わず目が眩みそうだった。
綺麗だ……僕の好きな女の子はこんなにも美しく、それはまるで夏に咲く高嶺の花だ。ヒマワリでもアサガオでもない、なんだろう? 思い当たる花がない。それほど輝いて見えて、冬花は瞳と表情を輝かせていた。
「夏海ちゃん超可愛い! すごく綺麗!」
「あ、ありがとう冬花ちゃん……今日はいっぱい――いいえ、今日からいっぱい遊ぼうね」
夏海は恥ずかしそうに頬を赤らめながらも、強く頷いた。
「うん! みんなでいっぱい遊ぼう!」
冬花は無邪気で幼い子どものように大きく頷き、みんなを見回す。
そう、楽しい日々はこれから始まるのだ。 一行は辛島公園からすぐそこにある大型複合商業施設――サクラマチクマモトの方へと足を向ける。
そこはショッピングモール、コンサートホール、バスターミナル、ホテル、会議場、映画館もあってよく望や光と三人で遊びに来ていた。
今日から夏休みということあってか、買い物客に混じって周辺の学校の制服を着た者もいる。
みんな今日からの夏休みに心を踊らせてる表情で、雪水冬花は自分達もその中にいるんだと思うと、自然とテンションが上がってみんなに訊く。
「ねぇどこから行こうか? 水着買いに行く? それとも浴衣?」
すると一斉に示し合わせたかのうように、それぞれの表情で違う方向に指を差す。
春菜はドヤ顔で下、千秋は無表情で前、夏海は愛らしい笑みで上、望は不敵な笑みで左、光は遠慮がちに右、見事にバラバラで千秋は呆れながらスマホで案内図を見る。
「……先に水着を買いに行きましょう、ここからなら一番近いわ」
千秋の提案で向かうことになった、光と望は既に持ってるので一旦別行動を取る。
ファッションショップに入ると千秋は楽しそうに品定めする夏海と春菜から距離を置き、なんとなく羨んでるようにも、妬んでるように見つめてる気がした。
「千秋ちゃん」
「冬花? 冬花は水着買わないの?」
「うん、夏休み前に買っちゃったから……千秋ちゃんは?」
「去年買ったけど……結局着る機会なかったから」
千秋は春菜と同じ元テニス部だ、毎日部活の練習漬けで日焼けした肌はすっかり白くなって憂いの美人だと羨ましく思うくらいだ。
「冬花はいいわね……春菜や風間さんとすぐに打ち解けて」
逆に自分が羨ましがられるとモジモジと照れ臭い気分になる。
「そんなことないよ、望君は幼馴染みで光君も大切な友達。それに春菜ちゃんや夏海ちゃんも優しいし、千秋ちゃんだって影ながら夏海ちゃんや春菜ちゃんを見守ってくれたんだよね?」
「……私はただ春菜と仲良くなりたかっただけよ、でも伝えたいことってなかなか上手く伝えらないのよ」
千秋は唇を噛んで本音を苦しそうに吐き出す。伝えたいけど上手く伝えられない、もどかしいよね千秋ちゃん、あたしも伝えたいけど上手く言葉にできないことってあるよね。
でも、千秋ちゃんは春菜ちゃんと絶対仲良くなれるとあたし信じてるから。
「千秋ちゃんって春菜ちゃんとダブルスで組んだり、部活で競い合ってたりしたんだよね?」
「うん、周りからは私は春菜のライバルだって、でもそうじゃないの……本当は一緒に遊んで、一緒に笑ったり、泣いたりしたい」
千秋の表情は少しずつ苦悩を見せ始める。
「部活やめたのに……どうして私じゃなくて風間さんなの? それを妬ましく思ってる自分が嫌い、これじゃ春菜の友達に一番相応しくないのに……どうすればいいかわからないのよ」
千秋の表情が震えている、今にも泣き出しそうだった。このなんとも言えない気持ちをどうしたらいいのか、わからないよね。だから冬花はつま先を立てて千秋を優しくギュっと抱き締めた。
「冬花……」
「わからないよね……あたしね、中学の頃望君に告白されたの。あたしもどうしていいかわからなくて、おどおどしちゃって……結局有耶無耶なまま望君を傷つけちゃった」
「冬花は……如月君のこと……今はどう思ってるの?」
「望君のこと大好き、胸を張って言いたいけど……それ今まで積み上げてきたものが壊れちゃいそうで怖いの……素直な気持ちを伝えるのって一番難しいもんね」
「うん……わかる、なんか……冬花となら……いい友達になれそう」
「もうとっくに友達だよ、あたしたち」
冬花は優しく微笑む。
「……うん」
千秋も安心したかのように微笑んで頷いた。
「どうしたの二人とも、抱き合ったりなんかしてさ」
水着を買い終えた春菜が歩み寄り、夏海も心配した表情を見せてる。
冬花は春菜と夏海の方を向き、無邪気で素直な笑顔で首を横に振る。
「ううん大丈夫……ただね、お互いに勇気を出して素直になろうねって励まし合っただけ」
「そうか……青春だね!」
春菜は少し考えると納得した様子で微笑むと、冬花は「うん!」と誇らしげに頷いた時だった。
光と望が深刻な表情で駆けつけ、望が肩で呼吸しながら言った。
「みんな……さっき吹部のクラスメイトとすれ違って訊いたら……吹部の奴らが来てる!」
穏やかな空気が一瞬で動揺と緊張したものに変わり、千秋が平静を装いながらも全方向に神経を張り巡らせているのをなんとなく感じた。
「私が前を歩いて吹部がいないか見張るから、みんなは風間さんを隠しながら進んで……ここを出ましょう」
「OK水着は買ったし浴衣とランチは……ここを出てから考えよう」
春菜は周囲に視線を配りながら言うと、夏海は申し訳なさそうにみんなに言う。
「ごめんねみんな、あたしのために」
「大丈夫だよ風間さん、もしなにかあっても……僕たちがなんとかするから」
光は滅多に見せない強さと優しさのこもった眼差しと柔らかい口調で諭す。
あんな顔を見せるなんて光君やっぱり夏海ちゃんのこと好きなんだね、冬花は微笑んで望と目を合わせると、望も同じこと考えてるのかニヤけて頷いた。
数分前。
上の階で朝霧光は望のクラスメイトで、吹部の男子――
望がいなかったら確実にテンパっていただろう、望が応対して彼には不釣り合いな程同じ吹部の知性的なそばかす美人の小坂先輩とデート中だったという。
曰く今日は練習休みで自主練しようにも柴谷先生が音楽室を閉めてしまったらしい。
光は思い切って訊いてみた。
「吹部の一部の人たちが風間さんを復帰させようって動いてるけど、どう思う?」
梶田君は両腕を組みながら意見を述べる。
「俺は風間が無理して復帰しなくていいと思う、復帰するなら尊重するけど……復帰させようって動いてる連中は寧ろ笹野の洗脳が解けてない奴らだと思う」
「私は笹野派って呼んでるけど、そいつらは練習中毒――いいえ、練習依存症よ……それに一度部活に入ったからには卒業までには続けるべきって主張して、あろうことか笹野の復帰を望んでる者もいる……素晴らしい模範的な社会人の素質があるわ」
小坂先輩はそう皮肉を言っていた。特に守屋恵美は笹野派二年生の急先鋒だという、梶田君は周囲を見回して小声で言う。
「如月……最近、風間たちと仲良くしてるんだよな。あいつら快く思ってないうえに今日ここに来てるぜ」
「それ本当!? だったらすぐに知らせないと!」
望はすぐに光と目を合わせてすぐに頷くと、小坂先輩が一言告げる。
「如月君、確か二年三組だったよね? この前の昼休みにクラスメイトの雪水ちゃん、遊びに来てたからよろしく伝えておいてね」
「冬花が? わかりました! ありがとうございました!」
望は驚きながらも頷き、梶田君と小坂先輩のいる三階から降りて夏海たちのいる二階のファッションショップへと急いだ。
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