第一章その2

 翌日の昼休み、竹岡の愚痴を聞きながら急いで弁当を食べてすぐに望と冬花の所へ急ぐ。

 光は昨日、日記帳を拾ったことを話してポケットから水色の日記帳を見せた瞬間、案の定冬花は驚愕の表情に豹変して盛大に叫んだ。

「えええええぇぇぇー日記ぃいいいいいい!?」

 周りの生徒たちの注目が一瞬だけ集まるが、冬花の驚きぶりから気にしてる場合じゃない。

「そ、それ大変なことだよ光……早く届けてあげないと!」

 望も珍しく青褪めることから、かなり深刻な事態だということは間違いない。

 そして冬花は興奮して吠えるチワワのように捲し立てる。

「光君見てないよね!? 絶対見てないよね!? 本当に見てないよね!? 日記は女の子にとって大切なもので、中身を見られることは裸どころか心の奥の奥の奥の底まで覗かれるのと同じよ!! もし見てたりなんかしたらあたし光君と絶交するうえにSNSやLINEで拡散するから!!」

 雪水さんって結構怖いことを言うんだね、光は表情を引き攣らせながら否定する。

「だ、大丈夫だよ雪水さん! 中身を見る度胸はないから!」

「嘘だったら絶っっっ対許さないからね!」

 冬花の目は本気だ。そしてどんな些細な嘘も見抜きそうで見ないでよかった。もし一ページでも見てたらと思うと背筋が凍るような気分だが、望は素朴な疑問を口にする。

「でもどうしてデジタル全盛の現代にアナログな日記帳なんだろう? スマホの日記アプリにすればいいのに」

 冬花も首を傾げながら言う。

「う~ん誰かに見られたくないとか? スマホとかほら、SNSや日記アプリとか鍵をかけてもなにかの拍子で解錠されたり、データが消失したりとか……日記帳なら燃やされたりしない限りいつまでも残るし」

 確かにデジタル全盛の現代だが、アナログの方が勝る部分もある。その子は何かの理由でアナログを選んだのだろう。

 だが問題はそこではない、早く見つけて返却しないといけない。

 光は日記帳を見つめながら二人に言う。

「それは本人に聞けばいいと思うよ、探すの手伝ってくれる?」

「うん、それでどんな子だった?」

 望が訊くと光は昨日のことを思い出す。

「確か……二組の桜木さん知ってるかな?」

「うん知ってる! 元テニス部で男子より強くて背が高くて綺麗でスタイルもいい! だけど超ピュアな乙女なの! もしかしてその人?」

 冬花は憧れの眼差しで瞳を輝かせる、残念ながらその人ではない。

「屋上に上がる前にすれ違って桜木さんと一緒に帰った子なんだ」

「一緒に帰ったなら同じクラスかな? すぐ見に行こう」

 望の言う通り昼休みの時間もあまりない、すぐに三人で二年二組の教室に向かった。

 だが簡単に見つかれば苦労しないし、顔は覚えてるが名前がわからない。扉から教室を見渡すが桜木春菜とあの女の子は見当たらない、今頃きっとどこかで不安な気持ちで昼休みを過ごしてるのだろう。

 冬花はがっかりした表情で見回す。

「見当たらないね、桜木さんとその女の子も」

「うん、もう昼休み終わっちゃうし……放課後桜木さんに頼んで渡そうか」

 望の言う通りだけど、光にはそれじゃいけないような気がしていた。

 だけどその女の子はどこに? 昼休みの終わりを告げる予鈴のチャイムが鳴る。

 光が二年四組の教室に戻ろうと、振り向いた時だった。

 目の前の艶やかなで長い黒髪からいい匂いがした、健康的で白い柔らかそうな頬に形のいい唇、憂いの眼差しと表情に、光は一瞬で間違いないと確信した。

 彼女の姿が一組の教室に入ると望は気付いてなかったのか、光を急かす。

「どうしたの光、授業に遅れるよ」

「ああ、うん……わかってる」

 光はすぐに四組の教室へと急ぐ。冬花の横を通る間際、彼女を見ると視線は一組――もしかすると気付いてたのかもしれない。

 やることは決めた。あの子に声をかけよう! そのことを冬花と望にLINEで送りそのまま授業に入った。五時間目の休み時間にスマホをチェックすると二人とも了解の返事が来た。


「それじゃ今日はここまで、また明日な!」

 幸い担任でテニス部顧問兼体育の大神おおがみ義人よしひと先生はホームルームを早々と終わらせてくれた。

 五〇歳を超えてるが厳つい筋肉質でノリもいい体育の先生に感謝しながら光はすぐに教室を飛び出して一組の教室に急ぐ、途中で望と冬花のいる三組の教室を横目で見るとまだ少しかかりそうだった。

 いいさ、一人でやるつもりだ。

 一組の方も少し前に終わったらしくぞろぞろと生徒が出てくる。あの子は……見つけた! 幸い一人で出てきた。声をかけるまたとないチャンス! だがそう簡単にはいけば苦労しない。

 名前も知らない女の子に声をかけようと、踏み出す足が徐々に重くなってやがて立ち止まってしまう。

 物怖じするな! 望や雪水さんなら自然に声をかける。光は静かに大きく息を吸ってゆっくり吐き、落ち着かせて歩み寄って声をかけた。

「あ、あの! 君、ちょっと……いい?」

 光は女の子に声をかけると彼女は振り向く、花弁のような唇が僅かに開き心が吸い込まれそうな瞳が少し驚いてる。

「えっ? えっと確か昨日の……」

「僕は四組の朝霧光。屋上行った時に見つけたんだけど……これ、君の?」

 光は自己紹介しながら昨日見つけた日記をそっと見せると、表情が固まって恥ずかしそうに耳まで顔を赤くし、泣きそうな顔になる。

「も、もしかして……中身見ちゃった?」

「だ、大丈夫! 見られたくないこと書かれてあるかもしれないと思ったから」

「よかった……ありがとう」

 彼女はホッと胸を撫で下ろすがまだ警戒してる様子だ、光は日記を返して屋上でのことを訊こうとした時だった。

「ちょっとあんた! 夏海なつみに何か用?」

 強めの口調で待ったをかけられて振り向くと、声をかけたのはショートカットで生真面目で堅そうな印象で、性格もキツそうな少々近寄りがたい感じの女子生徒だった。

「あんた……その子と一夏ひとなつの経験とやらでもするつもり?」

 もう一人はつり目にセミロングの尖ったルックスで、こちらも別の意味でキツそうな近寄りがたい雰囲気だ。視線は光よりも夏海という女の子の方に向けてるように見える。

「いや……落とし物を――」

「二人ともごめん! 私ちょっと朝霧君に頼んでいたことがあったの! 行こう朝霧君!」

「あっ、うん!」

 名字なんだっけ? 下手に名前で呼ぶわけにもいかず、ただ頷いて二人から逃げるように速歩きで向かう。大人しそうな見た目に反してかなり大胆だと光は胸をドキドキさせる。

「どこに行く? 中庭はどう?」

 光の提案で夏海はコクリと少し不安そうに頷くと、後ろから悲痛な声が響いた。

「夏海! あたし夏海が戻ってくるの待ってるから! あたしもみんなも、また夏海のフルートを吹く姿が見たいから!」

 振り向くとショートカットの女子生徒の方だった。フルート? そうかあの時――後で詳しく聞けばいい!



 ホールルームが終わり雪水冬花はポケットからスマホを取り出すと、光からいくつかのLINEメッセージが来ていてどうやら見つけて声をかけ、後で話すそうだが成り行きで一緒に中庭へ行くという。

 冬花は望と目を会わせて微笑みを交わして頷き合う。

 やっぱりあたしと望君は考えることが一緒、以心伝心だね。望と合流するなり、彼は嬉しそうに言う。

「もう見つけて声かけるなんて、流石だよね光は!」

「うん、早く中庭に行こう」

 三組の教室を出た時だった。丁度よく二年二組のホームルームも終わったらしく、乱暴に扉が開いて一人の女子生徒が悪態吐きながら弾丸のごとく飛び出してきた。

「ったく! 誰だよデマ流した奴は!」

 桜木春菜だ! 廊下に出て急ぐかと思ったら中庭を見下ろせる窓を開ける。すると身を乗り出し、冬花がまさかと思うと同時に躊躇いなく飛び降りて廊下が悲鳴で溢れる!

 冬花も声にならない悲鳴を上げた。

 運良くて骨折、最悪死ぬが次の瞬間には悲鳴が歓声に変わった。


「すげぇよ桜木! あいつピンピンしてるぞ!」「さすが桜木さん! かっこいい!」「あんな真似できる男子いないよね!」「っていうかそれ以前に真似しちゃ駄目だよ!」


 冬花は恐る恐る飛び降りた窓の外を見下ろすと、あろうことか光に詰め寄っていた。

「望君! あたしたちも急ごう!」

「ああ、ヤバイ予感がする!」

 望も頷いて中庭に続く安全かつ最短ルートで階段を駆け下りる。

 ふと冬花はどうして桜木さんは迷わず中庭に飛び降りたんだろう? という疑問が頭に浮かんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る