369話 狂った計画
手から水晶刀が抜けていることを自覚した途端、後方に吹き飛ばされた。どこで方向が変わったのか分からないけど、背後は泰山で……背中から岩肌に叩きつけられた。
息が詰まる。
打ち所が悪かったようだ。呼吸が勝手に浅く短くなっていた。
立入禁止に気を付けてはいたけど、背中から入山することになるとは思わなかった。 内蔵が口から出てきそうだ。
瞼の裏では光の洪水が収まらない。強い光に目をヤられたらしく、目を開いているのか閉じているのかよく分からない。
「逸、何をしているんです!」
動けないでいると、免が逸を叱責していた。
「出来ないわ!」
逸が免の命令を拒絶している。目を開けても辺りは白いままで、辛うじてぼんやりと人型が映っている程度だ。息を潜めて二人のやり取りを聞く。
「何を今更。精霊界の時を戻しても
向こうは僕がどこにいるか分かっていないらしい。ペラペラと計画を喋っている。免にしては余裕のない話し方だ。
養父上が言っていた通りだった。免は世界全体の時を戻すことを諦めたようだ。今の話だと、
「
「雑魚の魂など放っておきなさい」
若くて弱い精霊たちが犠牲になっている。魂が生んだ気流は収まる気配はなく、耳を横切る風の音が、弱小精霊たちの悲鳴に聞こえた。
目はまだ霞んでいて、
水晶刀……落としたのだろうか。ベルさまに何て言おう。
「
「水晶刀の傷痕で確認したから区別は出来るわ。でも……」
「ここまできて、引き下がるわけにはいかない。
免と逸にも問題が生じているようだった。免の切羽詰まった声は異常だ。まるで時間に追われているみたいだ。
「早くしなさい! 泰山の口が閉じる前に。人間の魂もそんなに残っていない!」
そうか。
人間の魂から得た理力を使って泰山を開いているのか。そして
「あ、引っ掛かったわ! ………っ、あ」
瞼から光の洪水が引いていった。少しチカチカするけど問題ではない。
武器もなしに一人で二人の相手をするのは、かなり苦戦を強いられるだろう。でも幸いにも今の僕はひとりで合成理術を扱える。
手を開閉して感触を確かめた。パチパチと青白い光が指先で踊っている。タイミングを見て飛び込むしかない。
「こ…………これは、ま、まさか」
「
岩陰から身を乗り出した途端、
「今度は何だ!」
免がイライラしている。今までで一番ひどい荒れ方だ。思い通りに進まないことで、いつもの冷静さを欠いていた。
すぐ近くで
免に引き寄せられていた精霊の魂がそれぞれの場所へ戻っていく。本体である
夜空を覆っていた光の海も徐々に溶けていく。明るすぎて見えなかった星の輝きが、空に戻ってきた。
「
「ぅ…………水……王」
今、水理王と言わなかったか?
免がこちらへ近づいてきた。岩から顔を出すと、逸の頭に足を乗せようとしていた。
「っ……そっ『
相変わらず長い理術名だと、どうでも良いことを考えながら免に合成理術を放った。
咄嗟に放った理術だったけど、免にとっても不意打ちだったらしい。本当に免かと疑いたくなるほど、目を見開いていた。
免に電撃を与えた。免はただ耐えている。悲鳴の代わりに煙が上がっていた。
その隙に
「雫……
帽子や服の灰色が濃くなったころ、免は口を開いた。まだ電撃の名残でパチッという音がしていた。
「私の分身・
免の質問に答えている余裕はなかった。自分の中から急速に塩分が抜けていくのを感じた。
今の合成理術で先代さまの理力を使いきったのか?
「
免は発狂寸前だ。いや、もうすでにおかしくなっているかもしれない。
免は地をひと蹴りして頂上まで飛んでいった。雲を呼んで免のあとを追う。
「対戦闘機狙撃用・
免から中途半端な大きさの柱が放たれた。そんなに大きな物をどこに隠し持っていたのか。
けれど大きい分、
「っ!」
避けても避けても追いかけてくる。次第に距離が詰まってきた。免は頂上に辿り着いていた。このままでは水の星へ渡ってしまう。
「『絶対氷結』!」
振り返って柱と向き合った一瞬、理術を放って柱を凍らせた。柱は凍りついても動きを止めず、僕を泰山に突き落とした。
「ぐ……ふ……がはっ、か……はっ」
「爆発を止めましたか。でも抵抗するだけ無駄です。対人狙撃用・電磁脳撃銃」
免から筒を向けられた。
「……っう、ぁあぁああああぁぁあぁあ!!」
痛い痛い痛い!
頭が痛い。割れそうだ。目の奥が……頭の奥に激痛が走っている。今までに味わったことのない酷い痛みだ。
「対人用ですが、精霊にも有効ですね。このまま死んでください。貴方の魂を使って精霊界を滅ぼし、その
免が何か言っている。
痛くて痛くて、気が付いたときには岩を引っ掻いていた。爪が割れて血が滲んでいるけど、指よりも頭が痛い。
必死に顔をあげて免を見た。筒の先が僕に向けられたままだ。あれさえなければ、この痛みから解放される……はずだ。氷の粒で撃ち抜けば……。
「『氷……』」
理術名が出てこない。
思い出そうとする気力さえ、頭痛に奪われていく。
「『
自分のものではない声が理術を唱えた。免の持つ筒を氷粒が撃ち抜いていて、頭痛が徐々に緩和されていった。
免の視線が僕から外れる。泰山の頂上付近から空へ向かって顔を真っ直ぐに上げている。
頭痛が収まった割には頭がクラクラする。手をついてゆっくり頭を上げると、背中に親しい気配を感じた。
「あなたは……」
呆然とした免の声が降ってくる。発狂した声でも冷静な声でもない。
「お初にお目にかかる。
会いたい
……でも、ここでは会いたくなかった
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