364話 竜宮城からの救援要請

あらい、気を付けろよ。まだ生きてるかも知れねぇ」

「ははははははははい」

 

 桀さんは屈みこんで、灰になった免の体を調べている。ハンマーの柄で灰を崩している。その桀さんの後ろに焱さんが立ち、警戒を強めている。

 

 免がいたところには灰が山を作っている。その中に何か隠れているかもしれない。免の罠という可能性もある。


「淼、単独で合成理術なんてやるわね! どうやったのか、聞かせてちょうだい?」


 垚さんの目が輝いている。探究心が前面に出てしまっていた。理力切れで倒れたばかりだというのに元気だ。

 

「垚、あとになさいよ。今、それどころではないでしょう?」


 鑫さんが垚さんを嗜めてくれても聞きやしない。顔がくっつきそうなほど近寄られて、思わず後ずさる。特に髪をジロジロ見られている気がする。

 

 今の僕にはあまり近づいてほしくない。まだ指が静電気を帯びているみたいだ。迂闊に触れば土太子といえど怪我をするかもしれない。

 

「生命反応はなさそうだな。体温が感じられねぇ」

「あ、なななななな何かありました」

 

 桀さんが何か見つけたらしい。灰の中に直に手を入れてゴソゴソとしている。一気に緊張が高まった。

 

 風に乗って灰が散っていく。皆、息を詰めているので、吸い込むことはなかった。それぞれ武器を手にして身構える。

 

 水晶刀は嫌に静かにしている。免と向かい合っていたときはカタカタと音を立てていたのに。本当に倒したと思っていいのだろうか。

 

「とととと取れました。これは……ままままま御柳木マヌカです」

「マヌカ? まぬがじゃなくて?」

 

 鑫さんが反射的に聞き返した。


「もしかして竹伯が言ってた奴?」

 

 そう呟くと全員の視線が僕に集まった。その中でも垚さんがいち早く反応して、何かを思い出したように顎に手を当てた。


御柳木マヌカってあれよね。まだ精霊界が出来て数十年だか、数百年だかのときにいた精霊よね。確か突然姿を消したっていう……」


 流石は垚さん。他属性のことまでよく知っている。竹伯の説明と同じだ。


「そそそそそそそうです。それ以来、御柳木マヌカは精霊界には自生していません」

 

 桀さんが焦げた木片を掲げて見せてくれた。真っ黒になっていて、僕にはそれが木だとは分からなかった。


「自生してねぇのに、なんで御柳木だって分かるんだよ。誰も実物を見たことねぇんだろ?」

「きききき木の王館には、当時の葉や蜜が少量保管されています。れれれれれれれ歴史資料として……」

 

 ガサガサッと何かが擦れる音がした。桀さんの話に聞き入っていたので、心臓が止まるかと思った。


 全員が視線を後ろに向けた。

 

 僕と潟で倒した黒い人型が一体起き上がっていた。破壊が荒かったのかもしれない。

 

 ザーッという掠れた音も合わせて発生している。この音は以前だったら何だか分からなくて、不快に思ったはずだけど、今なら電の力が動く音だと分かる。


「二百二十二体目……転送成功しました。本体の状態を検索スキャンします」

「しゃ……喋った?」

 

 さっき戦ったときは無口だった。同じものだとは思えないほどの言葉遣いだ。 


「残存回路二十%……歩行不可能。視界……修復可能。修復を試みます」

 

 何だか、聞き覚えのある話し方だ。

 

 声は強引に絞り出しているようだ。声というよりも音と言った方がいいかもしれない。


「右視界修復失敗。左視界八十度を確保」

 

 この無機質な話し方は、もしかして……。

  

「もしかして、AI《エーアイ》の隼さん?」

「隼? おじーさまのとこの地図か?」 

 

 話が通じる精霊ひとがいた。雨伯の孫である焱さんも隼さんのことを知っていた。


しずくの捜索を開始します」

 

 やっぱりそうだ。見た目はボロボロの黒い人型だけど、中身は隼さんだ。

 

「僕はここです!」

 

 隼さんの言う雨垂れのあまだれとは別人だけど、この際それは良いとしよう。

 

しずくの存在を確認」

「おい。俺もいるぞ」

「…………雷伯の第一子・あきらの存在を確認」

「面倒くさそうに言うな」

 

 確かに変な間が空いていた。

 

「隼さん。どうしたんですか?なんでそんな姿で。いつもの板は……あぁ、いやそんなことより、何かあったんですか?」


 竜宮城は泰山たいざん付近で警戒中のはずだ。開戦の前日、僕が養父上ちちうえに頼んでおいた。加重力装置の対策も済んでいるそうで、免の退路を断つ、と快く引き受けてくれた。


「雨垂れの霤へ、雨伯からの救援要請を伝達」


 ざわざわと急激に鳥肌が立った。

 

 養父上に警戒を頼んだとき、必要に応じて攻撃も許可してほしい、と言われた。多少の戦闘なら、いちいち僕やベルさまに報告する必要はない。

 

 ましてや養父上のことだ。ほどほどの相手なら、片付けてしまう可能性の方が高い。

 

 それなのに救援要請とは……一体、誰と戦っているんだ。


「現在、泰山上空で免及びその配下と戦闘中」

「はぁ?」

 

 焱さんが似合わない高い声を上げた。

 

 僕と垚さんは思わず灰の塊を見てしまった。免だった灰はちゃんとそこにある。

 

「驚き……というよりも、やっぱりという感じがするわね」

 

 鑫さんがガッカリしたように溜め息をついた。

 

 あれくらいでは倒せないのか。

 あれくらいって言っても僕なりに頑張ったと思ったけど。

 

 まだ戦うことになりそうだ。

 

「竜宮城へ行く。隼さん、場所は分かるよね?」

「待てよ、雫。俺も行く」

 

 焱さんが弓を抱え直した。

 

「駄目だ」

「は?」

 

 僕に即否定されるとは思っていなかったらしく、焱さんは中途半端に弓を持ったまま固まってしまった。

 

「焱さんは火の王館がまだ落ち着かないはずだよ。戻ってあげて」

「おい……」

「そんなこと言ったら、淼だって水の王館に戻るべきでしょ」

 

 垚さんが割って入ってきた。垚さんは、養家の救援に行くよりも、水太子として水の王館を守れと言っている。公私混同するなと釘を指してきたわけだ。

 

「雨伯には僕が命令を出た。その責任を果たしに行く。これも水太子の仕事だ」

 

 絶対に譲らないという意思を込めて、垚さんを見た。多分、睨んだと思われただろう。垚さんが一瞬息を飲んだ。

 

「もももももし、某が同じ立場ならそうします」

 

 花茨城に警戒を頼んだことでも想像したのだろう。あらいさんは垚さんの腕を引いて、僕から離した。

 

 鑫さんは何も言わない。月代連山は複雑な立ち場だ。口出ししにくいのだろう。僕は誰かに賛成して欲しいわけでもないし、反対されても僕は行く。

 

「勝手にしろ!」

 

 焱さんは自分が拒絶されるとは思っていなかったのだろう。僕には背を向けてしまった。

 

 でも焱さんには救援に行く理由がない。火太子の仕事を投げ出して、祖父を助けに行くことなんて出来るはずがない。

 

「僕が役に立たなかったら、義甥おいに救援を頼むことになると思う。その時はお願い」

 

 焱さんの返事はなかったけど、小さく頷いたように見えた。僕がそう思いたかっただけかもしれない。

 

 雲を集めて足場を作る。隣に隼さんも乗せた。

 

「桀さん。すみません、余裕があったらで良いんですけど、御上にこのことを伝えてもらえますか?」

「しししししし承知」

 

 桀さんの返事を聞いて雲を浮かせた。離れる直前、潟を水の箱に閉じ込めたままだと思い出した。

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