321話 土精の事情

「土理王さま?」


 珍しく土理王さまが落ち込んでいる。自信も威厳もたっぷりに侍従を何人も引き連れて歩く姿からは想像できない。

 

「御役のことだ。余が不甲斐ないばかりに息子を急遽、土師クリエイターに任命せざるを得なかった」

「それは……仕方ないと思います」

 

 何と答えれば良いのか分からなくて、当たり障りのない返答をしてしまった。

 

「いや、本来ならばグレイブの弟子から選ぶのが筋だ」

「じゃあ……」

 

 どうして弟子から選ばなかったのか、はっきりと尋ねることが出来ない。些細な一言で、落ち込んでいる土理王さまを傷つけたくない。

 

 出来るのは、曖昧な返事をして続きを促すことくらいだ。

 

地獄タルタロスの門番である土師は、他の御役によりも死に近いところにいる。だから死から遠い……生命力旺盛な若者を選ぶのが常だ」

「若者……ですか」

 

 若い御役と聞いて、真っ先に鈿くんを思い浮かべた。テンくんはいつも元気いっぱいで、確かに地獄とは縁がなさそうだ。

 

「例外は先代、今となっては先々代くらいだな。奴は老体に鞭打って勤めていた」

 

 今度は先々代という響きで、漣先生を思い出さずにはいられなかった。不審がられない程度に頭を振って、先生を顔を頭から追い出した。

 

「だが、坟の弟子ではまだ若すぎるのだ」

「若すぎるといけないんですか?」

「あぁ、まだこころからだも育っていない。下手をすれば地獄タルタロスに引きずり込まれる」

 

 それは怖い。寿命を全うするしない以前の問題だ。若ければ良いというものでもないのか。

 

 もし鈿くんが土師だったら、と思うと鳥肌が立った。


「坟は気力も体力も理力も旺盛で、そなたたちを地獄へ案内しても、耐えられると信じて疑わなかった。……余が読み誤ったのだ。坟は余のせいで落命したと言っても良い」

「そんなこと……」

 

 思いの外、土理王さまの精神的なダメージが大きいようだ。

 

 ベルさまにとっての漕さんみたいな存在だ。ベルさまだって僕だって、漕さんが亡くなったら悲しい。

 

 突然、後任を決めろなんて言われても悲しくてそれどころではないと思う。

 

「阪くんを選んだのは何故ですか?」

「以前、阪は垚に黙って土師クリエイター候補の採用試験を受けていたのだ。この度それを思い出した」

 

 やっぱり試験があるんだ。

 そういえば、ずいぶん前に漕さんも、水先人の採用試験でぶっちぎりで首席を取ったと言っていた。今思えば、結構優秀な精霊だったわけだ。

 

「年齢も問題ない。本人にとっては遊びのつもりだったのだろうが、思いの外、成績優秀でな。最終試験まで残ったところで垚にバレてしまい、辞退することになったのだ」

「垚さんはどうしても阪くんを土師クリエイターにはしたくないんですね」


 地獄の門を開けるグレイブさんは痛々しくて、思い出すだけでも辛い。

 

「息子を傷つけたくないという思いは当然だろう。しかし、垚が最も気にしているのは権力のことだ」

「権力?」

 

 土理王さまはさっきよりも少しだけ顔色が良くなっていた。話したことで気分が紛れたのかもしれない。

 

「阪が御役に就いたことで、ぎょうに権力が傾いているのだ」

「まぁ……それは確かに」

 

 土太子の息子が御役に就いた、と何も知らない精霊ひとが聞いたら、垚さんが権力を固め始めたと思うかもしれない。

 

「垚の忠誠を疑ってはおらぬ。しかし、周りはそうは見ないであろう」

 

 御役おんやくは、理王や太子になることはない。でもそれを知らない精霊が良からぬことを企むかもしれない。例えば、土理王さまを玉座から下ろそうとしたり、垚さんに取りつこうとしたり……。


「垚は息子が権力の醜い争いに巻き込まれることを避けたかったのだ」

「じゃあ、そうならないように、垚さんともっと仲良くできるとですね」

「何?」

 

 しまった。知ったような口を聞いてしまった。土理王さまの目がガッチリと僕を捕らえた。

 

「しかし、垚は……此度のことで余を快く思ってはおらぬだろう」

 

 大事な息子を土師にされたと嘆いている姿が頭に浮かんだ。


「土理王さまの今仰ったことを、そのまま垚さんに伝えたらどうですか?」

 

 土理王さまの瞳が小刻みに揺れている。きっと心も同じように揺れているのだろう。

 

「確かに垚さんは不満そうでした」

 

 免に備えて皆がまとまらなければならないときに、土精のトップ二人をバラバラにするわけにはいかない。

 

 土理王さまの顔がほんの少しだけ歪んでいる。水滴一粒くらい眉が寄っている。

 

「阪くんが権力争いとか覇権争いとかに巻き込まれるのを避けたいんですよね。土理王さまはその垚さんの気持ちを分かってるって伝えたらどうですか?」

「……分かっていて就けたのだ。今さら」

 

 言葉は投げやりでも少しずつ前向きな感情が流れてきた。元気が出てきたのかもしれない。

 

「だったら、尚更です。垚さんの心配が杞憂だったとなれば垚さんも分かってくれると思います」

 

 何で僕が土理王さまを慰めているのか、分からなくなってきたぞ。


「誠に杞憂で済めば良いが……」

「皆からの信任厚い土理王さまなら出来ます!垚さんのことも、阪くんのことも守ってあげてください!」


 結構勝手なことを言っているかもしれないけど、もうここまで言ったら止められない。

 

「そうか……そうだな」

「はい!」

 

 気のせいか謁見の間が少し明るくなった気がした。土の王館のトップである土理王さまが元気でないと、建物までが悄気しょげているようだ。

 

「よし、分かった。垚には余が良く話をする。土精を分断などさせるものか。……水太子、感謝するぞ」

「いえ、僕は何も」

 

 土理王さまからお礼を言われるなんて思っていなかったから、なんだかむず痒い。

 

「さて、水太子。先ほど免の配下について話は聞いたが、他に情報があれば提供して欲しい」

「えーっと」

 

 他に情報があったかどうか。頭の中を探してみる。ひくさんのことは話したし、めんの話もした。

 

「免自身のことで知っていることはないか?」

「免自身ですか?」

 

 そういえば免の話をしていない。敵側の大将なのに話題に上らないとは哀れな奴だ。

 

「余が把握しているのは侵入を許した際に得た情報だ。『愛しい者を取り戻すため』という目的と合成理術を使うこと。他人の皮を被ること。その程度しかない」

 

 免には分からないことがたくさんある。

 

 何度かあっても謎のままだ。

 

「そなたが一番多く会っていると聞いた」

「僕が……?」

 

 初めてあったのは月代。

 次の花茨では逸だった。

 免に直接会ったのは、暮さんと出会ってから……堕とし穴だ。

 

「賢者の石……」

「何か言ったか?」

「土理王さま、賢者の石の管理はどうなってますか?」

 

 自分でも大声が出たことに驚いた。二人しかいない謁見の間にビリビリと声が響いた。

 

「賢者の石というと辰砂しんしゃのことか? それなら王館に保管されているが、欲しいのか?」

「違います。免は辰砂を使うんです。それで僕を陥れようとしました」

 

 水に溶けにくいという性質のお陰で、魄に吸収されず集めて吐き出すことができた。でも時間が経てばどうなっていたか分からない。あのまま免に連れ去られ、新しい名が付いていたかもしれない。おぞましい。

 

「なるほど。……誰かいるか。辰砂の採掘場を押さえろ。金精管理の山は事情を説明し、一時的な閉山の要請を出すのだ」

 

 土理王さまがみるみる元気になった。すっかり元の調子を取り戻したようだった。

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