135話 林の視察
「全く……情けない」
倒れてしまった
「低位精霊が王太子と会う機会なんてないですから」
父親が理王だった潟さんにとって、王太子と面会なんて別に驚くことではかもしれない。でも低位出身の僕から考えれば桀さんの状態は仕方ないことだと思う。
「驚かせてしまった。先触れを出さなかったのはまずかったな」
同じく低位出身の
「……あ、あぁ。あ、雫さま」
「
のそのそと起きた
「お水飲みます?」
「い、いえ、結構です。木の太子にお会いした夢を見ておりました。身に余る光栄で……胸がいっぱいです」
「麿が何だって?」
「ま、ろ……?」
桀さんが両手を顔に当てたまま林さまを見て固まっている。まずい、さっきと同じように気絶されては困る。
「桀さん! 桀さん、しっかり!」
「あ……あぁ、雫さま。
桀さんがそう言いながら僕に槌を渡してきた。こんなので殴ったら少々では済まない。……って言うか持ち上がらない!
「
僕たちのやり取りを無視して林さまが強引に話に入ってきた。ちょっと笑っている。
「名は
「ヒィィッ!!」
桀さんがひきつった声を上げた。絶対勝てない敵に遭遇してしまったかのようだ。泡を吹きだしそうな勢いだ。
「間違いないか?」
「ふぁおぁいっ!! 間違いござぁむすん!!」
桀さん、しっかりー。気持ちは分かるけどしっかりー。
「先ほど持ってきたこの枝だが、麿も
桀さんは息も絶え絶えな返事をし、コクコクと上下に首を振る。首が吹っ飛んじゃいそう。
「他の者の枝である可能性は?」
「ハッひょざいますゅん」
その返事は肯定なのか否定なのか。
「かかかかかか
「散髪……つまり
散髪は木精の枝払いになるらしい。その枝は枯れてないのかな。枝に残った葉は元気がなさそうにしなっとしている。土も付いてるし。
林さまは枝を吟味して束の中から一本だけ抜き取った。
「雫、すまないけど水をもらえるか?」
「あ、はい。『
林さまに言われるまま水球をひとつ作り手渡した。林さまは片手で水球を持ちながら、何の
すぐに木の欠片を吐き出したけど、口の中がジャリジャリしそうだ。林さまは噛んだ端を水球に挿すと、倒れないように壁を支えにして床に置いた。
「時間が経っているので何本かは既に枯れている。あれが最も状態の良い物だったがあと数本試そう。その間に城内の様子を見せてもらおうか」
林さまは僕に水球を数個要求すると残りの枝から更に数本選んだ。さっきと同じように一本ずつ僕の水球に挿して壁に立て掛ける。不要な葉や芽を落とす動きに全く無駄がない。流石に手慣れている。
ひと通り作業を終えると今度は城内の視察に向かう。ガチガチに固まっている桀さんひとりでは可哀想なので、僕と潟さんも同行する。
城の破損状況や傷の内容など、林さまは細かく調べている。記録している様子がないけど全部頭に入れているんだろうか。
林さまが壊れた柱に手を付くと更に崩れてしまった。倒壊の危険があるので速やかにそこから離れる。
「
壁の傷を手でなぞりながら林さまが尋ねる。桀さんは相変わらず緊張していてうまく話せていない。僕と潟さんは事件の内容を前に桀さんから聞いているので、時々僕たちで捕捉した。
楚が
楚は鉄の
そして僕たちが着く前に芳伯は……。
今思えば僕たちがもっと早く来ていれば芳伯を助けられたかもしれない。
林さまは黙って聞いていたけど、眉間にシワが寄っていた。僅かに下がった眼鏡を直すこともせず、ただ不機嫌そうに床を眺めている。
「
「あぁ、ありましたね、そんなことが。
「楚は芳伯の甥だが
すごい自信だ。でもそんなに言いふらしたら逆に警戒されそうだ。当時の木理王さまや王太子がどう思ったかは分からないけど、淼さまだったらそんなことを言う輩を選ばないと思う。いや、絶対選ばない。断言できる。
隣で桀さんがすごい勢いで首を横に振っていた。桀さんも嫌らしい。芳伯のことを考えれば当然だ。
「楚は王太子になりそうな者たちを次々と陥れた。皆、弱味を握られたり、決定的な証拠がなかったりして訴えられなかった者ばかりだ」
「やり方が汚い」
思ったことが声に出てしまった。林さまは全くだよと返してくれたけど、床に向いた視線は何を映しているのか分からない。
「麿たちも被害にあったが幸い水理皇上に救われた。更にそれが切っ掛けで楚は降格になり、王館から出されるに至った。そして王太子には現在の
木理王さまに罪を着せることに失敗して降格。そして低位になったから王館にいられない。当たり前の話だ。でも楚から逆恨みされそうだ。
「
「やっぱり」
「
「あの性格です。楚は雫さまと会ったときには老いた姿だったそうですが、中身は野心が満ちたままだったのでしょうね」
「本来なら楚には相応しい罰を与えるところだ。だが、雷伯が引導を渡してくれて正直助かった。今回は重罪なのは明らかだが、中には麿の私怨だと言い出す輩もいるからな」
そんなこと言われるんだ。楚は有力精霊だったからもしかしたら派閥みたいなのがあるのかな。ちょっと月代の精霊たちに似たものを感じる。そういえば金の王館にいる月代の精霊たちはうまくやってるのだろうか。
ちょっと関係ないことを考えていたら林さまが僕のことをじっと見ていた。
「どうしました?」
「いや、止めを刺したのが雫だったら水理皇上の思惑は叶っただろうな」
僕の後ろで潟さんがあぁと声を漏らしていた。僕と目を合わせてくれない。桀さんは僕と林さまを交互に見比べている。
「どう……」
「さて、被害状況は大体分かった。
林さまは僕の言葉に重ねるように口を開き強引に話を切った。そのまま僕に背を向けて元の部屋に歩きだしてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます