74話 金の太子と黄金虫
「……やっぱり銅だったのね」
鑫さまの表情が徐々に険しくなっていく。鑫さまは王太子だから焱さんみたいに退治とか調査とかに行くんだろう。金精の魄失が現れて気になっているに違いない。
「貴方たちが帰ってくる前に水理が
火山へ向かう前に
「それで……もしかしたらと思ったんだけど、焱と坊やの話を聞いて確信したわ」
首にまとわりつく髪が邪魔だったのか、手で軽く払う。シャランッっと金属が擦れるような音がした。髪飾りか耳飾りでもしているのだろうか。
「
今まで聞いているだけだった
「そうね……残念だけど間違いないわ。銅を本体に持つ精霊は何体かいるけど、それが黄金虫の姿ならあの子しかいない」
鑫さまが重いため息を吐く。二人ともそれきり黙ってしまった。沈黙が重い。淼さまが茶器を手に取った音が耳に響く。
「一族から
一族? 僕の視線に気づいたのか鑫さまが少し悲しそうに口角を上げた。
「『
含まれる好物が豊富で、地位も種類もバラバラな金精がたくさんいるらしい。けれど皆理力の繋がりがある親戚で、更に元を辿れば全員理王の孫や曾孫ばかりだそうだ。
「そして、そこを管理する月代四姉妹の長姉が金を司る妾」
鑫さまは胸に指を当てて自身を指す。月代姉妹とは、それぞれ
「月代連山は精霊が多いから、管理が大変なのよ」
僕も兄弟姉妹は多い。数は減っても百人くらいはいたはずだ。何人か降格になったけどほとんどが叔位で、まだまだ健在だ……と思う。自分の家のことだけど詳しくは分からない。
「昨年帰ったときには三万? くらいだったかしら?」
さ……三万!?
「でもね、名前がない子も多いのよ。だから人型になれるのは……そうね、半分くらいかしら」
それでも一万五千……。
桁が違った。想像できない。
「
そうか……。あの銅の魄失は
「顔だけ人型だったって言ってたわね?」
鑫さまの言葉に頷く。焱さんに矢を射られて姿を現したときのことだ。黄金虫は人型になるのかと思ったけど、成りきれずに顔だけ人型という不気味な姿だったのだ。
「あの子は決して名前がない訳じゃないわ。精霊としての誇りも名前も忘れて、執念だけで動いていたのね……」
黄金虫に人型の目で見下ろされたときのことを思い出して少し鳥肌が立つ。淼さまがチラッと僕を見たので腕を擦っていることに気づいた。
「
王太子としても身内としても戸惑っているのを感じる。複雑そうだ。
「銀にも会って、場合によっては登城させて
厳しい。身内にも容赦ない。
「古から精霊は皆、
僕の気持ちが顔に出ていたのだろうか。鑫さまがにこにこしながら僕を見ていた。話の内容は厳しいものだけど、鑫さまの微笑みは優しいものだった。
「さて、
少なくなった茶器の中身を飲み干して
「そういえば、噴火で昇っていく時に少しだけ岩が光っているのが見えました」
あの時、太陽の光を反射して金属が光ったように見えた。それに気を取られて落ちたんだけど、ちょっと言えない。
「……月代へ帰る前に貴燈へ寄った方がいいかしら」
「焱が様子を見に行くそうだから一緒に廻ったらどうだ?」
「雫は留守番だよ」
……はい、ごめんなさい。僕が一緒に行ったのは焱さんが何ヵ月もひとりで寂しいと思ったからだ。足手まといになるところも何回かあった。特に
それに今の話だと
「
あれ、焱さんのこと苦手なのかな。王太子同士でもそういうことあるのか。
「熱い男は嫌いじゃないけど、融けるほど熱いのは好きじゃないのよ。もっと大地のように包み込んでくれる男性が
「……」
えーと……どうしよう。キラキラした目でこっちを見ている。
「早く帰れ」
「あ~ん、冷たい! でも妾そういうのも好きよ!」
「焱と話してみるわ。日程が合えば数日内に行ってみるわね」
「あぁ」
部屋を出るのかと思ったら、
「
前髪が持ち上げられて鑫さまの顔が近づいてくる。額に何か柔らかいものがくっついたかと思ったらすぐに離れていった。
「?」
「これ以上は水理王に消されてしまうから止めとくわね~」
そう言いながら鑫さまは今度こそ足早に部屋から出ていった。前髪を軽く直しながら、静かになってちょっと落ち着いた自分に気がつく。
対面しているソファの片方に二人で掛けてるって何か変だ。鑫さまの茶器を片付けるついでに席を移ろうとしたら、隣の淼さまが何か呟いていた。
「本当に消してやろうか……」
……聞かなかったことにしよう。
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