64話 揺れる火山

「かわしたか。だが、いつまで持つかな」

 

 メルトさんは杖を握り直して持ち手を捻った。スッと引き抜くと細い剣が現れる。こういうの仕込み杖って言うんだっけ。

 

「俺たち混合精ハイブリッドは初級理術しか使えない。例え高位でもな」

 

 確かに煬さんが使う術ひとつひとつに大きな理力は感じない。ただ数が多いので全体で見ればかなりの力になる。

 

「だがその分、二属性の理術を使うことが出来る」

 

 煬さんが鋭くなった杖の先で地を突き刺すと、刃のように尖った溶岩が足下から勢いよく突き出てきた。刺さったら大怪我だ。間一髪で避けられたけど、次が来たらかわせる自信がない。

 

「水精のお前には土の理術が効きそうだな?」

 

 水精は火に強い。その分土に弱く、一方、金は力の元になる。煬さんは土の力も持っているから、僕との相性は最悪だ。 

 

「それとも怖いマグマの方が良いか?」

 

 煬さんが杖を深く刺し込むと、立っていられないほどの揺れが起こり、周りの岩壁からマグマが噴き出してきた。粘着質が高そうなマグマだ。地表に吹き出した時点で溶岩に変わりつつある。

 

 一本一本が意思を持った太い縄のように動いている。煬さんが杖を引き抜いて僕に刃先を向けると、マグマとも溶岩とも取りにくい塊が一斉に向かってきた。数が多過ぎて避けきれない。氷盤でも氷壁でも防げるかどうか。あとは僕が出来るのは……。

 

「水の塵 命じる者は 雫の名 かたを作らず 吹雪いて走れ『マイ氷風雪乱射ブリザード』」

 

 火山には似合わない吹雪を生み出して燃える溶岩を凍らせた。この理術は防御にも攻撃にも最適だけど、視界が悪くなるのが弱点だ。先生にも何度もそう言われている。

 

 煬さんがどこにいるのか確認しようと少し頭を動かしたら、足の力が抜けて膝から崩れ落ちた。固い地に顔を強かに打ち付けた。

 

 あれ? 何で?

 

 立ち上がることが出来ない。打ち付けたのとは別の痛みを感じる。頭の奥から響くような痛みだ。痛すぎて吐き気がする。

 

「『土壁』」

 

 風の音に混じって煬さんの声が聞こえる。吹雪を遮りながら僕に近づいてくるようだ。

 

「ここは火の理力に満ちている。水の理術は扱いにくいだろう?」

 

 目の前に煬さんの鈍く輝く足が現れた。マグマを滑り落ちた際に変形させてしまった足だ。もう直っている?

 

「大方、本体の水を使ったんだろうが、身の丈に合わない上級理術を使えば本体を傷つける」

 

 煬さんの手が僕にかかって片手で持ち上げられた。首が締まって苦しい。

 

「め、るっ……」 

「観念しろ。ここは俺の火山だ。逃げ場はない」

 

 杖の刃先が胸に突きつけられたのを感じる。煬さんの腕はびくともしない。それでも左右の色が違う目に僕への怒りや憎しみは感じない。

 

「すぐ、楽にしてやるからな」

 

 じたばたと暴れる僕を宥めるように、優しい口調で宣告をされる。刃先が強く押し当てられて服が突き破られた。

 

 ダメだ……まだ僕は!

 

「ぁ……だっ!」

 

 てっきり突き刺す痛みが来ると思ったのに、別の痛みの襲われる。煬さんが急に手を離したので尻餅をついてしまった痛みだ。

 

「け、ほ……げほっはっ」

 

 急に解放されて息がうまく出来ない。喉に手を当てて自分を落ち着かせる。

 

 何があったんだ。煬さんが思い止まってくれた?


 少し都合よく考えて煬さんを見ると、煬さんは杖を落として手を押さえていた。その手は赤く染まっているように見える。

 

「わっ!」

 

 頭に何かが落ちてきた。落ちてきたと言うよりも乗られたような。それとも僕の頭痛のせいでそう感じるだけなのか。上を見ても何だか分からない。煬さんが僕の頭をじっと見ている。

 

「ふん、火付役インスティゲーターの癖に遅い登場だな」

「いんすて……ひょうさん!?」

 

 まさか、颷さんが助けに来てくれた? 僕のこと嫌っているのに? 力の入らない膝を軽く叩いて何とか立ち上がる。

 

「ぁいた!」

 

 飛び立つ瞬間にべしっと頭を叩かれた気がする。頭を押さえながら颷さんの姿を探していると、煬さんが腕を抑えてうずくまっていた。直後に颷さんが目の前に着地する。この僅かな時間で何があったのか。

 

 やっと颷さんの姿を確認できた。僕と大して変わらない大きさの颷さんは、嘴が真っ赤に染まっていた。

 

「水精嫌いで有名なお前がどういう風の吹き回しだ?」


 颷さんはさっきより少し小さくなっていた。大きさによって色も変わるらしく、赤い炎のなかにくすんだ緑色の羽が見える。

 

「……あぁ、そうだったな」

 

 二人の間では話が出来ているらしい。僕にはさっぱりだ。颷さんが煬さんと向き合っている隙に温泉を覗き込む。溶岩の格子に手をかけてこちらを見上げている沸ちゃんと目があった。

 

 髪が湯に揺らいで両目を開放していた。桃色の目と……今日の晴天をそのまま映したような空色の目だ。水面が揺らいでいるせいで余計に輝いて見える。

 

「いや、犯した罪の重さは変わらない。今さら弁明しようとは思わない」

 

 沸ちゃんが手を伸ばしてきたように見えたけど煬さんが立ち上がったので、温泉から離れる。腕の怪我はほとんど瘡蓋かさぶたになっていた。治りが早すぎて驚いてしまう。

 

「火山での怪我ならすぐ治るさ」

 

 僕の視線に気づいた煬さんが丁寧に解説をくれた。一方、颷さんは僕をチラッと見て、そんなことも知らないのか、と言うように鼻で笑う。鼻がどこにあるか分からないけど、颷さん……今、味方だよね?

 

 再び煬さんと向き合うと、拾った杖を肩にかけながら僕たちの様子を眺めて、薄く微笑んでいた。

 

「終わりにしようか、二人まとめて……」

 

 爆音が響いた。ものすごい揺れで立っていられない。しゃがんで手をついても、平衡感覚がおかしくなりそうだ。地鳴りも続いている。


 ……これがメルトさんの本気の攻撃。

 

 そう思ったのに、煬さんは唖然とした様子で上を見ていた。その表情には少しの焦りが見える。

 

「ギルッ!」

 

 煬さんは火をくぐってどこかへ行ってしまった。見上げていたから上に行ったのかもしれない。大きな揺れはおさまったけど、小刻みな震動が続いている。

 

 助かったのかな?

 

 頭痛と揺れでふらつく足を誤魔化しながら温泉に駆け寄る。悪戦苦闘しつつも格子を壊して、沸ちゃんを引き上げた。

 

「雫、早く貴燈山ここから出て!」

 

 沸ちゃんは開口一番そう言うと、階段目掛けて駆け出そうとした。腕をつかんで引き留める。

 

「待って! 何が起こってるの?」

「多分弟が暴れてるの。早く抑えないと火山が」

 

 ひょうさんが小さくなって沸ちゃんの肩に乗った。耳元で何かケキョケキョ言っている。

 

「え! えんさまが上にいるの!?」

「え?」

 

 僕には颷さんの言葉は分からないけど、思いがけず焱さんの所在が分かった。でも状況を整理するとあんまり良くない。

 

「ど、どうしよう、雫! ギルが殺されちゃう! 」

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